スタートアップへの資金支援
政府は2022年をスタートアップ創出元年と位置づけているが(注1)、「経済財政運営と改革の基本方針2022」において指摘されているように、スタートアップは、経済成長の原動力であるイノベーションを生み出すとともに、環境問題や子育て問題などの社会課題の解決にも貢献し得る、新しい資本主義の担い手である。2022年度の『中小企業白書』では、スタートアップ企業について、「日本国内の未公開企業(外国人が起業した国内の会社及び日本人が起業した海外の会社を含む)」、「ユニークなテクノロジーや製品・サービス、ビジネスモデルを持ち、事業成⻑のための投資を⾏い、事業成⻑拡⼤に取り組んでいる企業」、「これまでの世界(⽣活、社会、経済モデル、テクノロジーなど)を覆し、新たな世界への変⾰にチャレンジする企業」といった整理をしている。
『中小企業白書(2022年度)』によると、日本のスタートアップ企業への投資額は、2014年には1,779億円であったものが、2021年には1兆1,430億円へと6.4倍に増えている。スタートアップに対する金融面からの支援が拡大してきていることは確かである。
しかし、1兆円を超えるとはいえ、その金額はまだ日本経済の成長のエンジンに対する投資額としては十分ではない。例えば、スタートアップへの投資額は日米で比較すると33倍もの開きがある(注2)。また、主たる投資者であるベンチャーキャピタルの投資額の対GDP比は0.03%にとどまり、米国の0.40%とは比べものにならず、G7諸国の中ではイタリアに次いで低い。その理由としては、国内の年金基金等のアセットオーナー等によるベンチャーキャピタルへの資金供給が限定的であることがしばしば指摘されている(注3)。
ベンチャーキャピタルへの資金流入の拡大を図る努力は続けていかなければならないが、他に有望なルートはないだろうか。そうした観点で、2021年の投資額1兆1,430億円の内訳を見ると、ベンチャーキャピタルが3,899億円(34%)、海外法人が3,311億円(29%)、国内事業法人が1,793億円(16%)であるのに対して、金融機関は360億円(3%)にとどまっていることが分かる。
地域金融機関の金融仲介機能強化への期待
ここでは、(筆者の専門との関係で)スタートアップに対する資金供給において民間金融機関の存在感を高めることができないかを考えてみたい。預金で資金を集める民間金融機関が、リスクの大きいスタートアップ投資を行うことに慎重であることは十分に理解できる。一方で、家計金融資産の54.9%(1,102兆円 2022年6月)(注4)が現金・預金で保有されている日本においては、民間金融機関や家計の行動変容に大きな潜在力があると考えられる。
『中小企業白書(2022年度)』によると、日本で起業が少ない原因として起業家自身が考える最も多い理由が、「失敗に対する危惧(起業に失敗すると再チャレンジが難しい等)」(39.2%)である。「経済財政運営と改革の基本方針2022」において、「個人保証や不動産担保に依存しない形の融資への見直しや事業全体を担保とした成長資金の調達を可能とする仕組みづくり等を通じて、成長資金の調達環境を整備する」とされているのも、こうした問題の重要性をとらえているといえる。この点では、金融機関に残る経営者保証に依存した融資慣行からの脱却が状況を大きく変えることになるかもしれない。
金融庁によると、新規融資に占める経営者保証に依存しない融資の割合は、2017年度の16.5%から着実に上昇しているものの、2021年度でも29.9%にとどまっている(注5)。また、個別銀行のレベルで見ると、20%未満の銀行が23行(2019年下期)から大きく減って2行(2021年)となったものの、66.7%を超えるのは3行から4行にわずかに増えているだけである。
こうした中で、金融庁は、経営者保証の必要性などの理由を具体的に説明しない限り経営者保証を徴求するのが難しくなるように、監督指針の改正を進めている(注6)。中小企業庁においても、経営者保証に依存しない融資慣行の確立のために、中小企業の収益力・ガバナンスの強化や信用保証制度の見直しなどを多面的に進めている。
こうした改革によって、スタートアップの成長に向けて今まで以上に金融機関の融資資金が円滑に流れるようになると期待できる。ただ、金融機関が預金で集めた資金を使ってスタートアップに融資するだけではリスク管理上の限界が強いので、本来的にリスクを取ることのできる資金の流れが必要である。つまり、ベンチャーキャピタル等に対して、個人の資金が提供される資金循環の強化も必要である。
この点でも、地域金融機関が役割を果たせる可能性が高い。現在の地域金融機関の経営問題の1つは運用できないほどの預金が集まっていることであり、地域金融機関は(販売手数料収入目的だけではなく)ALM(Asset Liability Management)的な観点からも、投信販売に力を入れてきた。ただ、それが地域のスタートアップに資金が流れるようなものにはなっていない。日本では、現行法令上、投資信託への非上場株式の組み入れは禁止されていないが、投資信託の健全な運用を確保する観点から必要な枠組み(例:流動性リスクへの対応や非上場株式の評価の方法)を整備する必要があると指摘されている(注7)。こうした面で改善がなされれば、家計資金をスタートアップに流す仕組みを強化することができるはずである。
金融を超えた支援への期待
さらに、筆者として地域金融機関に期待したいのは、お金を流すことだけではない。スタートアップが生まれ成長していくための幅広いスタートアップ支援も重要である。例えば、地域における起業マインドの醸成(自ら起業をするということだけではなく、起業を積極評価する風土)といった基盤的なものもあれば、スタートアップ企業に不足する経営ノウハウの支援や、他の企業との連携支援といった実務的なものもあろう。
2021年5月の銀行法の改正によって、銀行および銀行グループの業務範囲規制が大幅に緩和されている。こうした規制緩和による機会の拡大を積極的に活用して、スタートアップ支援の幅を広げていくことが望まれているのである。実際、先端的に取り組んでいる金融機関もある。いくつか例を挙げよう。
静岡銀行のスタートアップ支援の特徴は、スタートアップが多いのが首都圏であるという現実を受け入れて首都圏のスタートアップに積極的に投資をしつつ、それによって形成された異業種ネットワークを使って、銀行業自体を変革させる新たなビジネスを創出しようとしたり、地元企業の活性化や新事業への展開を支援したりしようとしている点である。銀行業自体のイノベーションにつなげる例としては、「しずぎん投資ファンド」の投資先であるiYell社の「建てピタ しずおか」(住宅購入希望者の相談にのって最適なハウスメーカー・工務店を紹介するサービスなど)を採用した、新しい住宅ローンビジネスへの挑戦がある(注8)。
地元企業の活性化に関しては、TECH BEAT Shizuokaというプラットフォームを運営している。これは、静岡県内の企業と首都圏のスタートアップを結び付け、静岡の企業のニーズに合わせた先端的なサービスをスタートアップに提供してもらい、両者の成長を後押ししようというものである。2022年7月に開催された商談会では、人工知能(AI)やデジタルトランスフォーメーション(DX)などの技術に強みを持つスタートアップ56社が参加し、2日間で3,300名の参加者があり、公式の商談は328件を数えたとのことである(注9)。
その他に、企業の裾野を広げるために、創業・第二創業スクールの開催(2022年は9月に連携している山梨中央銀行と共同開催)や、「しずぎん起業家大賞」(2022年度が第9回)の運営を行っている。また、2021年 8 月に経済産業省が創設した「ディープテック(大規模研究開発型)ベンチャーへの民間融資に対する債務保証制度」の指定金融機関に地域銀行として初めて指定されている。これは、経済産業省に事業活動計画を認定されたベンチャー企業が、経済産業大臣に指定された民間金融機関からの借り入れの際に、独立行政法人中小企業基盤整備機構の債務保証制度を利用できる制度である。
地元企業とスタートアップを結びつけた別の事例として、広島銀行の事例も紹介しておこう。広島銀行は、広島県と連携して「広島オープンアクセラレータ-」を運営しているが、そこで地元のダイクレ社が、スタートアップとしてエントリーしたカンバイ社の提案事業「防水製品の広告媒体化」を採択したことを起点として、「浸水防止シート付デジタルサイネージ」を開発している(注10)。地元企業の強みとスタートアップの新しい技術を結び付ける触媒としての役割を地域銀行が果たしているのである。
スタートアップ支援の本業化
米国では、新たに生み出された雇用の半分が高成長スタートアップによって創出されているといわれており、スタートアップがさまざまなイノベーションを主導し、米国経済の成長を牽引してきたといえる(注11)。こうした米国の経験を見ると、既存企業の持続的な成長を支援していくことも重要であるが、それだけでは停滞する地域経済のトレンドを大きく変えることにはならないといえるであろう。
一方、2021年の新規上場企業139社の立地を見ると21都府県にとどまり、残りの26道県ではゼロであった。さらに、東京都本社企業が88社(63.3%)であり、これに神奈川県、千葉県、埼玉県の10社を加えると新規上場企業に占める首都圏シェアは7割を超える(注12)。地方圏では、スタートアップが生まれていないことを表している。多くの地域金融機関がスタートアップ支援に力を入れているのもそうした危機感があるからである。
幸い、本稿で述べてきたように、地域金融機関の取り組みにも前向きの変化が見られる。彼らの持つ地域ネットワークの強みを生かして、地域に活力を与えるスタートアップ企業の育成が本業だといえるように、地域金融機関にはがんばってほしい。