経営者保証不要の融資慣行の確立に向けて

家森 信善
ファカルティフェロー

加速化する経営者保証改革

日本の金融機関の融資慣行として担保・保証への依存の高さが課題となってきた。しかし、こうした融資慣行には変化の兆しがある。政府も2022年12月に「経営者保証改革プログラム」を打ち出し、この変化を加速化しようとしている。ただし、無理に経営者保証を外すことをすれば金融の円滑化に支障を来す恐れもある。税理士との連携を充実させて、金融機関の事業性評価を高めることで、経営者保証に頼らなくても融資できるしっかりした企業を育てていくことが求められている。

担保・保証から成長可能性へ:融資慣行変化の兆し

かつては中小企業者が融資を受ける場合には、代表者が個人保証(経営者保証)を行うことは当然の金融慣行であった。債権回収の可能性を高めるというのが直接的な効果であるが、情報の非対称性の大きな中小企業貸出において、経営者保証は経営者に対する規律付けとなり、情報問題を緩和する役割を果たし、結果として金融の円滑化につながったと評価されてきた。しかしながら、近年、そのデメリットに注目が集まるようになった。すなわち、経営者が過度なリスクを負うことになることから思い切った事業展開を行うことを躊躇させたり、創業を思いとどまらせてしまったり、さらに、経営が窮境に陥っても経営者やその家族の生活が破綻してしまうことを懸念して、早期の事業再生に経営者が取り組むのを躊躇させるなどの弊害が指摘されている。

こうした問題意識から、官民が協力して経営者保証の見直しが行われてきた。例えば、2013年12月には、全国銀行協会と日本商工会議所が事務局となり「経営者保証に関するガイドライン」を公表し、経営者保証徴求の基準を明確化した。2014年に金融庁は、『平成26 事務年度 金融モニタリング基本方針』において、「担保・保証に必要以上に依存することなく、借り手企業の事業の内容や成長可能性などを適切に評価」することが必要だと指摘した。2019年12月には、「事業承継時に焦点を当てた『経営者保証に関するガイドライン』の特則」が、2022年3月には、「廃業時における『経営者保証に関するガイドライン』の基本的考え方」がそれぞれ公表された。そして、2022年12月には経済産業省、金融庁、財務省が「経営者保証改革プログラム」を発表した(注1)。

こうした官民の努力の結果、担保・保証に依存する融資慣行には変化の兆しがある。筆者は、経済産業研究所ファカルティフェローとして2017年1月に、全国の地域金融機関の支店長に対するアンケート調査(回答者 2858人)を実施した(注2)。その中で、融資判断においてさまざまな項目の重要性を尋ねてみた。その結果が表 1である。「非常に重視する」の比率で見ると、「経営者の資質・やる気」(これは、事業性評価によって理解すべきこと)が54.4%と最も多く、逆に、「提供された保証・担保の質」はわずか3.9%であった。

表 1 融資判断における重要性(%)
表 1 融資判断における重要性(%)
(出所)家森信善編『地方創生のための地域金融機関の役割-金融仲介機能の質向上を目指してー』(中央経済社 2018年2月)54ページ参照。

ただし、保証・担保への依存のうち、物的担保は大きく減り、第三者保証もほぼなくなっているのに対して、経営者保証への依存はあまり減っていないことが、中小企業実態調査に基づく中小企業庁の試算から明らかになっている(図 1)。

図 1 中小企業における経営者保証、第三者保証、物的担保の提供状況(法人のみ)
図 1 中小企業における経営者保証、第三者保証、物的担保の提供状況(法人のみ)
(出所)中小企業政策審議会 金融小委員会(第6回) 2022年9月20日 事務局資料。

経営者保証改革の真の意味

政府が2022年12月に打ち出した「経営者保証改革プログラム」において、民間融資に関して、金融庁が監督指針を改正し、金融機関が経営者保証を徴求する際には、①どの部分が十分ではないために保証契約が必要なのか、②どのような改善が必要なのか、といった点を経営者に説明し、その記録を保存することが求められるようになった。これを受けて、これまでは経営者保証を外すことを例外扱いにしていたのを、逆に、経営者保証を求めることを例外扱いにするような金融機関が増えてきている(注3)。まさに、経営者保証に過度に依存しない融資慣行の確立に向けた変化の兆しが見られるのである。

筆者はこうした動きを歓迎しているが、同時に、目指すべきは、経営者保証を外すことではなく、経営者保証が不要な健全な経営体を作ることであると強調したい。つまり、企業の本源的な収益力を改善・回復・向上させることが目標なのである。そのためには、金融機関による本業支援に大いに期待したいのはもちろんである。

しかし、持続的な収益力の強化には、規律ある経営が重要であり、ガバナンス体制の整備が鍵になる点ことを見過ごしてはならない。こうした問題意識を持って、筆者が座長を務めていた中小企業庁・中小企業収益力改善支援研究会は2022年12月に、「収益力改善支援に関する実務指針」を公表した。

この「実務指針」では、「経営者は、正しい経営判断をし、経営の透明性を確保する観点から、経営状況(資産負債の状況、事業計画とその進捗状況等)について、信頼性の高い情報を開示・説明することが重要である」と指摘した。

経営者保証解除に向けた正確な会計の重要性

経営者保証ガイドラインの3要件とは、「①法人と経営者が明確に区分・分離されている」、「②財務基盤が強化されており、法人のみの資産や収益力で返済が可能である」、「③金融機関に対し、適時適切に財務情報が開示されている」であるが、これらは、すべて正確な会計が行われていることが前提である。公私混同が生じている企業では、会計がきちんとできるはずがない。不正確な会計情報では、その企業の財務基盤を判断することも困難であり、その不正確な情報を金融機関に提供しても意味はない。従って、中小企業のガバナンス強化には、適正な会計が行われていることが大前提となる。

中小企業においてこの会計情報の正確性を確保するために、筆者は、企業の身近にいて、企業との厚い信頼関係を構築している税理士の役割に大いに期待している。例えば、月次レベルで顧問先企業の会計を把握している税理士がいれば、企業は不正確な会計を行えないであろう。

税理士法に基づく書面添付制度を根拠にして、経営者保証を免除する金融機関がこれまでも存在していた(注4)。書面添付を行うには、税理士は月次の巡回監査を行うなどして、企業を適時に十分に理解していなければならない。従って、書面添付があれば、会計情報の正確性に加えて、税理士による規律付けが期待できるために、経営者保証の代替として利用できると一部の金融機関が考えたのである。このように、これまでも税理士の機能を活用して、経営者保証による規律付け機能を不要とする取り組みがあったのである。こうした経験も踏まえると、経営者保証に依存しない融資慣行を確立していくためには、税理士の機能を一層広く活用することが有効であろう。

現在、経済産業研究所ファカルティフェローとして実施しているプロジェクトでは、金融機関支店長アンケートを実施する予定である。この調査を通じて、金融機関支店長から見た税理士連携の現状や取り組み姿勢を明らかにし、経営者保証に頼らない融資慣行の確立に向けての課題を明確にし、政策提言を行いたいと考えている。

脚注
  1. ^ https://www.meti.go.jp/press/2022/12/20221223006/20221223006-1.pdf
  2. ^ 家森信善編『地方創生のための地域金融機関の役割-金融仲介機能の質向上を目指してー』(中央経済社 2018年2月)参照。
  3. ^ 例えば、「地銀、経営者保証求めず 10行超、融資慣行見直し 起業や事業転換促す」『日本経済新聞』2023年5月9日。
  4. ^ 書面添付制度については、日本税理士会連合会による解説(https://www.nichizeiren.or.jp/taxaccount/document/)および坂本孝司「「租税正義の守護者」となるために」『TKC』2022年11月号(https://www.tkc.jp/tkcnf/message/20221101/)を参照。

2023年8月2日掲載

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