新春特別コラム:2022年の日本経済を読む~この国の新しいかたち

経済安全保障としての経済制裁-省庁、業界の壁を越えた協働を

竹内 舞子
コンサルティングフェロー

1.はじめに

経済安全保障は喫緊の課題であるが、経済安全保障に関連する各施策の多くはこれまでも実施されてきた。その1つは経済制裁であり、その内容は大別すれば、物資・技術の貿易制限、資産や金融サービスへのアクセス制限、そして制裁対象個人や組織の活動制限に分けられる。

経済制裁は外交交渉を支える効果的な手段の1つである。例えば北朝鮮に関しては2005年にマカオの銀行であるバンコ・デルタ・アジアに対する米国の金融制裁に伴い、この銀行に北朝鮮が保有していた2,500万ドルの資産が凍結されたことが、北朝鮮の核施設の封鎖、活動停止を含む合意につながる要因の1つであったとみられる(注1)。また、2018年に北朝鮮が対話に転じた背景には2016年から2017年にかけての安保理制裁の強化も影響したと考えられる(注2)。経済制裁は日本の安全保障上の脅威への対応に重要な役割を果たしているが、その一方で、日本からの北朝鮮向け輸出や送金の事案は後を絶たない。輸出管理や送金規制に関して、日本政府の担当省庁や関連企業では知見が蓄積されているものの、それが他分野に共有されているとは言い難い。経済制裁の履行を強化するためには、業界別、分野別の枠組みを超えた横断的な取組が必要である。

2.資金の動きを利用した不正輸出検知

経済制裁の対象となる国が物資を調達する過程では、その経路を隠すためにさまざまな手段が用いられる。例えば、A国への輸出が禁止されている物資をX国のメーカーから調達するためには、その物資をB国向けにまず輸出し、そこからA国に向けて陸路で輸送するというのが「迂回輸出」の例である。X国のメーカーでは何らかの情報がない限りそれがA国向けに密輸出されることを事前に知ることは難しい。このような状況で、不正輸出であることを知る手掛かりの1つとなり得るのが、支払いの情報である。実際の北朝鮮向け迂回輸出の事例では、X国からB国への売買契約の締結後に、代金の支払者としてZ国の企業が追加された。このZ国企業の社長は北朝鮮でビジネスを手掛けている者であった。

一般に、物資の調達が行われるのであれば、何らかの形で対価が支払われる可能性が高く、そのための資金の移転が行われているはずである。したがって、「モノ」の移転に伴う「カネ」の動きに着目することで、片方だけを追っていては見えない制裁対象国とのつながりが発見できる可能性がある。

3.貿易管理を取り入れた金融リスク検知

国際的な資金移転の監視は近年一層難しくなっている。暗号資産の普及により、従来型の銀行を介した送金の監視や米国によるドルの監視の枠外における活動が増加していることがその主要な要因である(注3)。さらに、一般の金融機関による国際資金移転のシステムを通さない非公式な資金移転のネットワーク(代替的送金システム)が存在し、不正な送金にも利用されている。

その一方で、金融活動の監視は安全保障の観点からも重要であるという国際的認識の広がりは、当初マネー・ロンダリング(以下マネロン)対策のための国際連携枠組みとして設置された金融活動作業部会(Financial Action Task Force on Money Laundering(以下「FATF」))のマンデートに、2001年にテロ資金供与、2012年に拡散金融が追加されたことにも示されている。

マネロン、テロ資金供与、拡散金融を単純化して比較すると以下のようになる。
(1)マネロン(資金の源泉が問題):非合法的な手段で獲得した資金を、合法的収入のように装う過程。資金は最終的に元の持ち主に戻る。
(2)テロ資金供与(資金が渡る相手が問題):合法・非合法な手段で獲得した資金を、テロリストに渡すこと。
(3)拡散金融(資金の使途が問題);金融サービスや合法・非合法な手段で獲得した資金を、大量破壊兵器やミサイルの製造・開発・調達などのために提供すること。

これら3類型の活動で利用される手口には共通点もあるが(注4)、このように活動の性質が違うので、金融機関が顧客のリスク管理を行う上で評価すべき要素も異なる。例えば、美術商や高級ヨット販売業者は、高価格品を利用したマネロンに利用されるリスクが高い(注5)。これに対し大量破壊兵器開発国との商業活動の多い地域の金融機関や企業は拡散金融のリスクが高い。しかしながら、日本の金融機関においては3類型の活動の違いを踏まえた対応はいまだ課題の1つのように見受けられる(注6)。

金融活動の監視がより困難になる一方で、監視すべき金融活動の範囲はテロや大量破壊兵器拡散といった金融機関だけでは追いきれない分野に及んでいる。この状況に対処するための手段の1つとして、「カネ」の移転に関係しうる「モノ」の流れに着目する方法が考えられる。例えば不正輸出事案における送金ルートを手掛かりに、不正な送金網の発見につながる情報を得られる可能性がある。

2021年に公表されたFATF第4次対日相互審査結果を受けて、日本政府内にマネロン・テロ資金供与・拡散金融対策政策会議」が設置されたが、不正な金融活動としてこれらの活動を一元的に扱うだけではなく、これらの活動の中でも貿易が密接に関連する分野(貿易を利用したマネロン(注7)や拡散金融など)について、貿易管理関連省庁と金融関連省庁そして情報関係省庁の連携を促進すべきである。

4.おわりに

経済制裁の履行が経済安全保障上の重要な活動であることは言うまでもない。日本の安全保障上の脅威への対処の手段としてだけでなく、日本の市民や企業を不正な活動から守る手段でもある。他方で履行の確保は容易ではない。官庁の枠、業界の枠を超えた情報共有でいち早く懸念情報を見つけることがその手段の1つとなると考える。

脚注
  1. ^ 井原純一外務省大臣官房参事官答弁、『第166回国会衆議院経済産業委員会会議録』第12号2頁(2007年5月23日)。
  2. ^ 竹内舞子「国連による北朝鮮制裁の有効性―その効果と課題―」『国際安全保障』第48巻第2号(2020年9月)24‐25頁。
  3. ^ U.S. Department of Treasury, The Treasury 2021 Sanctions Review, October 2021.
  4. ^ 例えば、資産の源泉や送金元を隠すための様々な手口(複雑な送金経路の利用など)はマネロンだけでなくテロ資金供与や拡散金融でも用いられる。
  5. ^ マネロンの手口の1つとして不正な手段で得た資金で絵画や高級ヨットなどを購入し、別の国に移動させて隠したり転売したりすることがある。
  6. ^ 筆者が金融機関等に対し行った調査では、マネロンに対するリスク評価を行っているとの回答数に比べ、テロ資金供与や拡散金融に対するリスク評価を行っているとの回答は少なかった。また、リスク検知は懸念企業名や個人名との照合が中心である(その他のリスク要因や、システムに登録されていない企業・個人が見落とされる可能性がある)との回答が複数あった。
  7. ^ 貿易を利用したマネロン(trade-based money laundering)の例としては、電化製品など価格の幅が大きい商品を利用し、実際の価格より高い価格で買うことで(合法的な取引での利益に見せかけた)資金を移転させる手口などがある。

2021年12月27日掲載

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