新春特別コラム:2020年の日本経済を読む

欧州における環境原理主義の台頭と問題点

有馬 純
コンサルティングフェロー

2019年1月のコラム「COP24の評価と今後の課題」においてパリ協定の実施細則がCOP24で概ね合意されたことを評価しつつ、COPの世界と現実世界の乖離に対する懸念を述べた。2019年になってからの一連の国際動向をみると、この懸念が現実のものになり、欧州を中心に「環境原理主義」(Environmental Fundamentalism, Eco-Fundamentalism)ともいうべき動きが生じていると感じる。

グレタ・トウーンベリさんに体現される環境原理主義

パリ協定では産業革命以降の温度上昇を1.5℃~2℃以内に抑制すべく、今世紀後半にネットゼロエミッションを目指すこととされている。しかし2018年10月にIPCCが発表した1.5℃特別報告書では1.5℃安定化のためには2050年頃に世界全体でネットゼロエミッションを実現する必要があり、そのためには2030年には現状比で45%の排出削減が必要との削減パスが示されている。世界最大の排出国である中国(世界の約3割)が2030年ピークアウトとの目標を出していることを考慮すれば、およそ実現可能性のない絵姿なのだが、環境関係者の間では1.5℃目標達成が至高の目標になっている。

その代表例が環境関係者の間で「21世紀のジャンヌダルク」と呼ばれるグレタ・トウーンベリさんである。彼女は2019年9月の国連気候行動サミットで「今後10年間で(温室効果ガスの)排出量を半分にしても世界の気温上昇を1.5℃以内に抑えられる可能性は50%しかない」「私たちは、大量絶滅に瀕している。なのに、あなた方はお金のことや、永遠に続く経済成長というおとぎ話ばかり。よく、そんなことが言えますね!(How dare you!)」と言い放った。2030年45%減でも足りないというのである。これは温暖化防止を全ての課題に優先させるという環境原理主義そのものである。

しかし世界が直面する課題は温暖化防止だけではない。2015年に国連が採択した持続可能な開発目標(SDGs)は貧困、飢餓、健康・福祉、教育、水供給、雇用、経済成長等、17もの課題を列挙している。気候変動対策は17の目標の1つであるが、他の全てに優先するものではなく、17の目標間のプライオリティも各国の事情によって大きく異なる。グレタさんの出身国スウェーデンでは気候変動が最重要課題かもしれないが、貧しい発展途上国にとって経済成長が最重要課題なのは当然だ。2015年に国連が世界の973万人を対象に16のグローバル課題のうち自分にとって最も重要な課題を選ばせたところ、教育、ヘルスケア、雇用期間がトップ3を占め、気候変動対策は最下位であった。回答者の7割は途上国の出身であり、COPの世界と現実世界のギャップはかくも大きい。

1.5℃がデファクトスタンダード化する欧州

グレタさんを中心とした学校ストライキの動き、酷暑等、異常気象の頻発、欧州議会における環境政党の躍進等を背景に欧州における気候変動の政策プライオリティが上昇している。フォンデアライエン欧州委員長は「欧州グリーンディール」を一丁目一番地(最優先課題)と位置づけ、2050年ネットゼロエミッションを含む気候法制の導入、2030年NDCの野心レベル引き上げ、EU-ETSの対象拡大、サステナブルファイナンスの推進と欧州投資銀行の一部を欧州気候銀行に改組、国境調整措置の導入等に取り組むとしている。英国、フランス、ドイツ等はパリ協定合意後、2050年にかけて80%減を目指すとの長期戦略を提出していたが、2019年になって相次いで2050年ネットゼロエミッションを含む国内法制を導入している。これは1.5℃目標が欧州主要国においてデファクトスタンダード化していることを意味する。

サステナブルファイナンスに関する議論では石炭は言うに及ばず、比較的クリーンとされる天然ガスを含め、化石燃料への融資はおしなべて「サステナブルではない」との烙印を押されている。欧州はISOを通じてこのアプローチを世界標準にしようと企図しているが、IEAの世界エネルギー見通しによれば、2040年時点で世界の一次エネルギー供給に占める化石燃料のシェアは74%を占め、成長センターであるアジア太平洋地域のエネルギー需要の伸びの56%も化石燃料だ。化石燃料関連プロジェクトへの融資が世界中で排除されれば、今後の途上国のエネルギー安定供給やインフラ整備に大きな齟齬をきたすだろう。

国境調整措置もさまざまな火種をもたらす。欧州が1.5℃目標を目指し、野心レベルを引き上げれば必然的にエネルギーコストの上昇を招く。国境調整措置は国際競争力や雇用への悪影響に関する域内産業の懸念に対応するものだが、WTOとの整合性に疑義があることに加え、輸入品に体化されたCO2排出量を計算することは技術的にも非常に難しい。一方的に導入されればパリ協定に背を向けるトランプ政権の米国のみならず、化石燃料シェアの高い中国、インドを直撃することになる。トランプ政権はただちに報復措置をとるだろうし、中国、インドは「環境保全に名を借りた保護主義である」と猛反発するだろう。

温暖化防止は原理主義ではなくプラグマティズムで

欧州地域が域内でどのような政策をとろうと自由だが、かつてのキリスト教布教活動よろしく、他地域に押し付けることはさまざまな摩擦を招く。古来、原理主義が人類を幸福にしたことはない。温暖化問題は息長い取り組みが必要な課題だ。欧州の環境活動家のように化石燃料もダメ、原発もダメといったアプローチは対策コストを引き上げるのみである。マクロン政権が炭素税増税を強行しようとしてイエローベスト運動を招いたことは記憶に新しい。長期の脱炭素化を実現するためには革新的技術を開発し、安価に普及するしかない。日本は目標数値ばかりがクローズアップされやすい温暖化議論の中で、技術に立脚したアプローチを堅持すべきだ。温暖化防止に必要なのは掛け声やスローガンよりもプラグマティズムである。

2019年12月26日掲載

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