新春特別コラム:2020年の日本経済を読む

事業性評価と自然災害リスク-中小企業強靱化法の成立と地域金融機関への期待-

家森 信善
ファカルティフェロー

中小企業強靱化法の成立

2019年も大きな自然災害が全国で発生し、被災した多くの中小企業の皆さんが災害から立ち直るために懸命に努力されている。よく知られているように、事前の準備(例えば、事業継続計画BCP : Business Continuity Plan(注1))があると、事業の復旧・復興は迅速になる。しかし、多くの中小企業は、BCP作成のための十分な支援を受けることができないために、事前の準備ができておらず、BCPがある中小企業は2割前後にとどまっている。

こうした状況を受けて、「中小企業の事業活動の継続に資するための中小企業等経営強化法等の一部を改正する法律」(中小企業強靱化法)が国会に提出され、2019年5月に成立し、7月に施行された。衆議院、参議院ともに全会一致であったことから、同法が社会に強く望まれていたことが分かる。この中小企業強靱化法の柱の1つは、中小企業・小規模事業者の事業継続力を強化する観点から、中小企業が策定した「事業継続力強化計画」を経済産業大臣が認定することにより、信用保証枠の追加、低利融資、防災・減災設備への税制優遇、補助金の優先採択等の支援を提供することである。

中小企業庁が定める「事業継続力強化計画基本方針」では、「事業継続力強化に資する対策及び取組」として、「中小企業者が自力で全ての事前対策を講ずることには一定の限界があるため、中小企業者を取り巻く関係者による働きかけや支援が重要となる」という観点から、「親事業者、政府関係金融機関その他の者による事業継続力強化に係る協力」を定めることになっている。そして、その関係者の取り組みとして、「政府関係金融機関、地域銀行、信用金庫、信用組合等の地域金融機関が行う、中小企業者のリスク認識に向けた注意喚起、事業継続力強化に向けた取組への支援、事業継続力強化に向けた取組を支える資金の融資、地方公共団体等との連携による支援」が例示されている。

損害保険会社だけではなく、地域金融機関を中小企業の事業継続力強化に向けた取り組みの重要なプレーヤーに位置付けている点が大きな特徴であり、地域金融機関はこの期待に応えなければならない。

自然災害に対する中小企業の備えと地域金融機関による支援についての調査

しかし、地域金融機関による自然災害に対する中小企業の強靱化を支援する取り組みについての調査は行われてこなかった。そこで、われわれは、経済産業研究所の研究プロジェクトとして、2019年5月に地域金融機関の支店長7,000人に対してアンケート調査「自然災害に対する中小企業の備えと地域金融機関による支援についての調査」を実施したところ、2,623人からの回答を得ることができた。そこからは、次のようなことが見えてきた。

①取引先企業のBCP策定状況をしっかり把握できている金融機関は少なく、取引先企業にBCP策定を働きかけたことのある金融機関も少ない。例えば、「取引先企業のうちBCPを策定している企業の割合」を尋ねたところ、55%の支店長が「わからない」と回答している。

②地域金融機関が単独で全てのことができるわけではなく、他の主体と連携することが不可欠である。しかし、BCPに関連する信用保証制度や復興支援ファンドなどについて知っている金融機関は少なく、地元の自治体のBCP支援策に対する理解も乏しい。例えば、「地元の自治体(都道府県)には中小企業のBCP策定に対する効果的な支援策がありますか」と尋ねたところ、自治体が中小企業に対するBCP支援策を設けているのに対し、71%の回答者が「どのような支援があるのかわからない」と答えている。

③一方、事業性評価への取り組みは大きく進展しており、職員の事業性評価の能力も向上している。それを裏付けるための人事評価の仕組みなどにも大きな改革が行われている。例えば、「法人営業担当者の持つ事業性評価が3年前と比べてどう変化したか」を尋ねたところ、「向上」という回答が60.1%であった。2017年1月に地域金融機関の支店長7,000人に実施した調査「現場からみた地方創生に向けた地域金融の現状と課題に関する実態調査」での同じ質問への回答(43.5%)に比べて大きく増加している(注2)。

④(BCP分野ではないが)信用保証協会、日本政策金融公庫や税理士等の外部機関との連携にも一定の進展が見られる。

⑤しかし、事業性評価にBCP関連の視点は取り込まれていない。例えば、「大きな災害発生時、貴支店の主要な取引先企業の事業継続を支援するために、金融面でどのような対応を実施・検討されていますか」と尋ねたところ、7割の回答者が「運転資金の提供を予定している」と回答しており、主要取引先が被災すれば全力で支援する姿勢は見られる。しかしながら、「災害発生後の資金繰りを予測している」のは2割にとどまっている。これは、企業との間でリスクに関するコミュニケーションが十分にとられておらず、企業と共に事前に備えておく姿勢がまだ乏しいことを示している。

強靱化の観点を事業性評価に組み入れよ

われわれの調査からは、現在のところ、中小企業強靱化法が期待しているようには、地域金融機関はBCP支援を行えていないことが分かった。一方で、事業性評価の取り組みは着実に進展している。なぜなら、地域金融機関にとって事業性評価の力を付けることが生き残りの唯一の道だからである。

金融機関が中小企業強靱化法で期待されている役割を果たせるか否かは、事業性評価の枠組みの中にBCP策定などの自然災害に対する経営強靱化という観点を組み込むことができるか次第であるといえる。この点、筆者は楽観視している。なぜなら、事業者の強み弱みを理解するために自然災害リスクの考慮は不可欠であり、事業性評価の取り組みと整合的だからである。地域金融機関には事業性評価の本質を踏まえ、中小企業の事業継続力の向上に取り組んで欲しい。

脚注
  1. ^ BCPとは、企業が自然災害、大火災、テロ攻撃などの緊急事態に遭遇した場合において、事業資産の損害を最小限にとどめつつ、中核となる事業の継続あるいは早期復旧を可能とするために、平常時に行うべき活動や緊急時における事業継続のための方法、手段などを取り決めておく計画のこと
  2. ^ 「現場からみた地方創生に向けた地域金融の現状と課題に関する実態調査」については、家森信善編著『地方創生のための地域金融機関の役割-金融仲介機能の質向上を目指して』(中央経済社 2018年)を参照して欲しい。

2019年12月26日掲載

この著者の記事