新春特別コラム:2019年の日本経済を読む

フューチャー・デザイン 将来世代のための新しい政策決定システム

小林 慶一郎
プログラムディレクター・ファカルティフェロー

今年の正月元旦に、「フューチャー・デザイン」という言葉が、いくつかの新聞の特集記事や社説に登場した。筆者が確認できるだけで、北海道新聞、信濃毎日新聞、京都新聞、日本農業新聞でフューチャー・デザインが紹介されている。

フューチャー・デザインとは、高知工科大学の西條辰義教授と大阪大学の原圭史郎准教授・RIETIコンサルティングフェローたちのグループが2012年から提唱し始めた政策決定のメカニズムだが、その基本的発想は驚くほど直感的でシンプルである。

世代間問題

われわれが直面する政策課題には、世代を超えた長期的な時間軸で考えるべき問題が多い。例えば、地球温暖化や財政の持続性の維持といったマクロ的な政策課題もあれば、橋や道路、上下水道の維持管理という自治体レベルの課題もある。これらは問題の時間軸が数十年~百年単位となる世代間問題である。これに対して、政策決定の現場にいる国会や地方議会の議員、政府や自治体の官僚、業界団体などは、せいぜい数年単位でものごとを考える傾向が強い。

世代間の問題は、現在世代がコストを支払うと、現在世代は何も得られないが、数十年先または百年先の将来世代が大きなリターンを得る、という構造を持っている。たとえば財政問題でいえば、現在世代が増税の痛みというコストを支払うと、将来世代は財政破綻のない安定した経済環境というリターンを得ることになる。この構造がある限り、現在世代の一員である議員、官僚、業界団体などには、世代間問題を解決しようとするインセンティブはない。なぜなら、世代間問題を解決するには現在世代がリターンを得られないことを知りながら、コストの支払いに合意しなければならないからである。現在世代のコストが大きいとなると、将来世代のためにそのコストを引き受けようと思えなくなる。意思決定をするのは現在世代であり、将来世代は現在の意思決定に参加することはできない。そのため、将来世代の利益が適正には守られないのである。

フューチャー・デザインとは

このジレンマを解決しようとするのがフューチャー・デザインである。その発想は単純だ。将来世代の利益を守る人がいないのであれば、「将来世代になったつもり」の人間を作って将来世代の代理をさせればいい。これはウォーゲーム(戦争の机上演習)などでよく用いられるロール・プレイイング・ゲームと同じ論法である。西條たちは、将来世代になったつもりの人間のことを「仮想将来世代」または「仮想将来人」と呼んだ。

人は、仮想将来世代となることによって、つまり将来世代のロール・プレイをすることによって、本当に思考経路や思考の視点が変化し、将来世代の利益を明晰に意識するようになる。その結果、本当に将来世代の利益のために思考し、行動するようになる。これがフューチャー・デザインの仮説である。

この仮説を裏付けるいくつかの実験事実が、フューチャー・デザインの研究者たちによって発見されている。特に印象的な実験が2015年に行われた岩手県矢巾町での住民討議である。原圭史郎たちはランダムに選ばれた矢巾町の住民を「現在世代グループ」と「将来世代グループ」に分け、町政(上水道事業など)の将来ビジョンを議論してもらった。将来世代グループは、2060年に生きる将来世代になったつもりで、現在から2060年までの町政を論じた。大きな違いは当時黒字だった上水道事業についての議論で起きた。現在世代グループは、水道料金を値下げして黒字を住民に還元することを主張したが、将来世代グループは上水道の設備更新の投資のために資金を蓄積する必要があることを重視し、水道料金の値上げを主張した。矢巾町はこの実験のあと、現実に水道料金を値上げすることができた。

政策研究のゴール

同様の住民討論の実験が、吹田市、松本市などいくつかの自治体で実施されており、仮想将来世代になることが人々の思考過程に影響を与えている可能性が示唆されている。学術研究としては、仮想将来世代となることで思考過程が変化することを科学的・定量的に証明する必要があるが、まだ十分なデータが集まっておらず、実験の手法も比較可能なかたちに統一されていない。科学的研究によって仮想将来世代の有効性が確認されれば、次のゴールは仮想将来世代を国や自治体の政策決定のプロセスに導入することである。前述の矢巾町では、フューチャー・デザインを推進するための部署が近々設置される。フューチャー・デザインの基本は単純なロール・プレイイング・ゲームであるので、中央省庁や企業などの組織においても、実験的に、仮想将来世代を導入することは可能だろう。たとえば省庁内での予算策定の作業において、仮想将来世代のチームを作って今年の予算案をチェックする、というような実験はすぐにでもできる。

ますます重要性が増す世代間問題に対処するために、フューチャー・デザインの研究と実践が進むことに大いに期待したい。

2019年1月7日掲載

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