新春特別コラム:2018年の日本経済を読む

日本の経済政策で考えるべき課題

小林 慶一郎
ファカルティフェロー

日本経済については、足元の経済指標は力強さが続いていて順調に推移している。日本経済の成長を高めるために考えるべき中長期的な課題として、以下の2つのポイントを挙げておきたい。

株式の政策保有と企業統治改革

第1は、コーポレートガバナンス(企業統治)改革の進展である。安倍政権下で特筆すべき経済政策として企業統治改革がある。その特徴は、単体としての企業のガバナンス構造を改革するだけではなく、機関投資家から企業を結ぶ資金の流れ(インベストメントチェーン)の全体を対象にするという考え方である。機関投資家の行動規範であるスチュワードシップコードと企業の行動規範であるコーポレートガバナンスコードが相次いて制定されたが、企業行動の変化は遅々として進んでいないようである。たとえばガバナンスコードを遵守すると宣言しても、形式的なものにとどまるというケースも多い。また金融機関がスチュワードシップコードの採用を検討する際に、あくまで顧客から委託された資金の運用のみをスチュワードシップコードの適用対象とみなし、自社の株主の資本はスチュワードシップコードの対象とならない、とする解釈が一般的である。これは本来の趣旨からすれば、極端に狭い解釈であり、株主資本も対象とするのが自然であろう。

ガバナンスの変化を起こりにくくしている1つの要因として、いまだに企業間の株式持ち合い比率が実質的に高止まりしていることがあるのではないか、という意見がある。株式持ち合い比率は、バブル崩壊後、近年かなり低下してきたという認識が広くあり、上場企業の持ち合い比率は10%に低下しているという新聞報道もあった。しかし、集計方法を変えて、議決権ベースで集計すると安定株主比率は34%に達するという研究もある。一説には株主総会における議決権では、安定株主比率が50%を超えるケースも多いともいわれている。安定株主比率が高ければ、インベストメントチェーンを通じて機関投資家から企業に対する経営改善の働きかけは弱められ、結果的にガバナンス改革が停滞する原因となる。

ただ、企業の株式持ち合いについては、いまは数字が錯綜していて、どれが事実なのかがハッキリしない。そもそも正確なデータが存在していない。自社の株主が政策保有目的で保有しているのか、投資目的なのか、を開示する義務がないから、自社の株主の保有目的を示す統計が存在しないのである。しかし、株主総会を運営する担当者たちが自社の主要株主の保有目的を把握していないはずがないから、統計作成者(政府や取引所など)が各企業に開示を求めれば、「自社の株主の保有目的」は難なく集計できるはずなのである。株式持ち合いについて、このようにして正確な実態把握から始めて、事実の客観的な分析を進める必要がある。

経済政策としての高齢者の資産管理

第2のポイントは、「ファイナンシャル・ジェロントロジー(金融老年学)」である。これは認知症など意思能力に問題を抱えた高齢者の資産を適切に管理運用することによって、本人の生活を支え、同時に日本経済全体の活力を維持するにはどのようにすべきかという政策分野である。65歳以上の高齢者3000万人が日本の家計金融資産1800兆円の過半を保有している。そのうち認知症発症者が現在約500万人。2030年には700万人に達する。つまり優に100兆円規模の資産が今後、認知症の高齢者に所有されることになる。現在、こうした資産は現預金のかたちで放置されていることが多い。株式への投資についても、証券業界の自主規制により、証券会社は高齢の顧客に対しては新たな投資勧奨ができず、塩漬け状態となっている資金が多いと聞く。認知症の高齢者の財産管理に特化した成年後見人制度(法務省所管の制度)は、家庭裁判所の運用が保守的に傾いているため、元本保証のある現預金での運用だけが認められているといわれる。経済の素人である家庭裁判所に、適切なリスクをとってリターンを高めるという発想を求めるのは酷かもしれないが、ある程度のリスクとリターンのバランスをとらなければ、本人のためにも、日本全体のためにもならない。そもそも成年後見人の仕事(財産の管理運用)には経済の知識や発想が必要なのであり、それを法曹界のみに任せるという制度設計に問題があったのではないか。さらに、成年後見人の活動は、多くの場合、認知症を発症した高齢者の後見人であるにもかかわらず、介護や福祉の関係者との連携も不足しているケースが多いという。高齢者の財産管理については、法曹界、金融・経済界、さらに高齢者福祉の専門家との幅広い連携が必要であるが、そのような分野横断的なシステムづくりはほとんどできていない。

高齢者の生活へのサポートが縦割りで分断され、すべてを安心して任せられる仕組みになっていないことが、現役世代の老後の不安を高め、消費を委縮させているのではないかと思われる。

足元の景気が明るいうちにこそ、このような中長期の問題への取り組みを開始し、将来不安を払しょくすることが真に成長戦略として求められるのではないか。

2017年12月27日掲載

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