新春特別コラム:2018年の日本経済を読む

雇用代替≠雇用消滅:AI・ロボット時代の雇用・教育政策

近藤 恵介
研究員

新春コラムは執筆者個人の責任で発表するものであり、経済産業研究所としての見解を示すものでは有りません。

AI・ロボットによって雇用が奪われるという議論は常に尽きることのない話題である。経済産業省「新産業構造ビジョン」においても、就業構造に訪れる大きな転換の予測をしながら今後の日本が目指すべき方向性が示されている(経済産業省、2017)。重要なことは、AI・ロボットによる技術革新は、我々の生活にとってマイナスの影響ではなく、大きくプラスの影響を与えるということである。もちろん何もしないままでは技術革新の恩恵を十分に受けることはできない。個人、企業、政府のそれぞれが、将来を見据えながら今後の対策や戦略や政策を取っていくことが必要である。

技術革新による労働代替とその先の社会

AI・ロボットに関連する技術革新によって雇用の一部は既に代替が始まっているし、今後も代替は進むであろう。代替という概念は、現在雇用されている人々がAIやロボットに代替されるということだけではない。本来、人間によって雇用されるはずであった仕事をAIやロボットが行うということも含んでいる。

このような雇用の代替の話を聞くと、将来的には雇用がすべて消滅してしまうのではないかと不安になる人々も多いように感じる。しかし、雇用の代替が起こったとしても、人間の雇用の全てが消滅するという事象は、かなり極端な例であると考えられる。このような確率が低くてもインパクトを持つ事象は我々の注意を惹きつけてしまいがちであることに注意しなければならない。

そもそもなぜ労働を代替するような技術革新を起こす必要があるのか。そのような根源的な問いについて、吉川(2016、p. 87)は、「経済全体で労働に対する需要が旺盛で人手が足りなくなり、賃金が高くなる結果、ある種の仕事について『省力』のために機械が導入されてきた」と述べている。また、近年では労働者の安全を確保するという視点もあるだろう。人手不足による長時間労働や生命に危険を伴う労働環境の改善という目的でも機械化が考えられている。技術革新が起こる目的は、労働を奪うという概念からきているのではなく、労働代替を通じて雇用環境を改善し人間の生活を良くするためという概念から起こっている。

労働が代替されるとはほんの一部の過程を切り取っているだけに過ぎないということを認識しなければならない。もちろん、このような技術革新が意図しない副作用として過剰に労働を代替する可能性もあるが、我々がより本質的に考えなければならないことは、労働代替の先にある。

今後10、20年先までを見れば、我々の仕事の「一部のみ」が、AIやロボットなどによって代替されるだけにとどまるであろう。代替の先にある社会では、人手不足もあるなか、我々が人間の力を最大限発揮できる分野に集中できるよう、AIやロボットができることはそちらにお願いしようということである。

将来的には、業務の何割かをAI・ロボットにサポートしてもらいながら、我々人間はより高い生産性を発揮できる業務に取り組むことができるようになる。場合によっては、一部の職業では業務全てをAI・ロボットにサポートしてもらうことになるかもしれない。ただし実際に職業における業務全体が代替されるような場合はそこまで多くなく、上で述べたような人手不足による長時間労働からの解放や危険な労働環境における労働者の安全確保という課題解決の手段としての労働代替が最も多いように思われる。

人間の力を最大限発揮できるような業務を率先して行うためには、AIやロボットを使いこなすということがより重要である。そのためには、追加的な能力を身に付ける必要があるため、より高みを目指す個人は教育に投資をするだろうし、同時に政府による支援も必要になってくる。企業も効果的な生産活動を行うため、AI・ロボット利用に応じた業務内容の在り方を考える必要が出てくる。

AI・ロボット時代の雇用・教育政策に向けて

今後の雇用・教育政策を考える際、AI・ロボットを活用しながら仕事をするということがより重要性を増してくる。AI・ロボットによって労働が代替されるという直接的な不安より、AIやロボットを使いこなせる人・企業とそうでない人・企業との間の競争により格差が生じることをまず考える必要がある。

社会全体としては、AIやロボットのような技術を使える人材が増えることでより高い生産性を達成できる。そのようなスキルを身に付けることで個々の生産性が高まるだけでなく、そのような人々が相互にやり取りする際にも生産性が高まることが期待される。このようなネットワーク外部性が考えられる場合は、政策的介入によって支援していくことが望ましいと考えられる。

既に労働市場にでている人たちに加え、これからの子供たちが何を学ぶべきかも同時に議論していかなくてはならない。問題の重要性はわかっていても、具体的に何をどのようにやったらいいのかがわからない点に本質的な政策的課題がある。

たとえば、リカレント教育の重要性も叫ばれているが、研究者の意見からすると大学院教育を勧めてしまいがちである。しかし、大学院で学位を取ることだけが唯一の方法ではない。学位や資格として目に見えなくても、より柔軟な形で新たな知識を身に付けることは可能であり、他の多くの可能性もサポートできる政策であるべきだろう。子供たちのプログラミング教育の必修化も重要であるが、何をどのように教えるのかについてまだまだ議論すべき余地はある。

政策立案において、各分野の専門家の協力が不可欠であり、事前にどれだけのエビデンスがあるのかどうかを検証するとともに、事後評価も継続的にできるような制度設計をすることが重要である。AI・ロボット時代の雇用・教育政策の「質」という点から、今後の政策的な議論が求められている。

参考文献
  • 経済産業省 (2017)「新産業構造ビジョン」(2017年12月18日アクセス)
  • 吉川洋 (2016) 『人口と日本経済』、中央公論新社、中公新書No. 2388

2017年12月27日掲載

この著者の記事