セクター特化型職業訓練プログラムはなぜ最強のリスキリング政策なのか?

小林 庸平
コンサルティングフェロー

AI(人工知能)がとどまるところを知らないスピードで進化を続けている。Anthropic社は2026年4月にClaude Mythosを開発したが、一般公開はセキュリティー上のリスクを高めるとしてしばらくの間限定公開とする措置を取った。その後、2026年6月にはMythos級のAIであるFable 5を一般公開したが、米国政府が輸出管理の対象に指定したことによって、わずか数日で公開を停止した。このようにAIは単なるひとつのテクノロジーの進歩にとどまらない幅広い影響を持ち始めている。それは今まで機械化・自動化が難しいと考えられてきたホワイトカラーの仕事にまで影響を及ぼし始めており、生産性の向上や雇用の喪失、格差の拡大などさまざまな社会経済的インパクトが予想されている。

人類の歴史を振り返ると、蒸気機関、電力、コンピューター、インターネットなど、経済全体に大きな影響を与える汎用技術(General-purpose technologies)は数多くあった。それらの技術は、生産性を上昇させ、働き方や社会のありようを大きく変容させてきたが、それでも私たちは仕事を続けている。テクノロジーは人間の働き方を変容させたものの、仕事がなくなる状況には至っていない(宮本 2026)。こうした点を踏まえると、AIの進歩に対してわれわれが取るべきは、AIの進歩にできるだけ上手に適応し、社会厚生が高まるように受容していくことだと考えられる。この時に重要となるのが、働き方の転換やスキル向上であり、政府も「戦略分野・社会インフラ関連分野の人材育成・確保を推進するための関係府省庁連絡会議」を立ち上げ、本格的な取り組みを開始した。

人材育成やリスキリングの重要性は論をまたないものの、残念ながら、過去の経験に照らすとその効果は必ずしも芳しくない。Katz et al. (2022)は、大学進学促進政策や、若者や不利な立場にある大人に対する職業訓練プログラムの多くは効果を発揮していないとしている。しかしながらその例外といえるのが「セクター特化型職業訓練プログラム(Sector-focused training programs)」である。本稿では、セクター特化型職業訓練プログラムの概要と、それが大きな効果を発揮した理由を探り、日本の人材育成・リスキリング政策への示唆を得たい。

セクター特化型職業訓練プログラムYear Up

セクター特化型職業訓練プログラムとは、端的に言えば「労働需要が強く、賃金上昇やキャリアアップを見込める産業・職種に特化した職業訓練プログラム」である。多くの人材育成・リスキリングプログラムが期待した効果を達成できないなか、セクター特化型職業訓練プログラムは大きな効果を上げているものが多く、その代表例がYear Upである(Katz et al. 2022)。

Year Upは、起業家Gerald Chertavian氏が立ち上げた若者の就労支援を目的としたプログラムである。Year Upの対象は、主として高卒で所得の低い18〜24歳だが、プログラムの構造を示したものが図1である。Year Upではまず、①地域の成長企業を発掘する。そして、②その企業が求める人材ニーズに即した就労支援メニューを作成する。例えば現在であれば、AIを使いこなすためのスキル習得プログラムなどが考えられる。次に、③就労の抱える若者を発掘し、④半年間の座学プログラムを実施する。座学において、企業が求めるスキルを身に着けてもらう。座学終了後は、⑤半年間の有給インターンに参加する。インターンでは、座学で身に着けたスキルを実践すると共に、企業および若者の相性を見極める機会にもなっている。インターン終了後、企業は、⑥雇いたい場合はオファーを出す。

図1 Year Upの構造
図1 Year Upの構造

驚くべきはYear Upの効果である。図2は米国・保健福祉省がYear Upの効果をランダム化比較試験によって検証したものである。図には、Year UPに参加した群と参加しなかった群の平均賃金の推移が示されている。座学およびインターンを実施している1年間(0〜3四半期)はプログラム参加群の賃金が低くなるが、その後は一貫してプルグラム参加群の賃金が高く、期間を通じて4割ほど賃金が高い。そしてその効果はプログラム開始から7年(28四半期)が経過しても減衰しない。就労により失業給付が削減され、社会的便益は7年間で1人あたり約3.4万ドル(約500万円)に達した。政策コストの約2.5倍のリターンがあった計算になる。

図2 Year Upの効果
図2 Year Upの効果
(出所)Office for Planning, Research and Evaluation(2011)

Year Upはなぜ効果を発揮したのか?

多くの人材育成やリスキリングプログラムが期待した効果を達成できない中で、なぜYear Upは大きな効果を発揮できたのか。以下の5点を指摘できる。

第一が、汎用性の高いスキルへの投資を行っていることである。AIやITといった汎用性の高いスキルの習得は、労働者の労働市場における競争力を高め、転職のきっかけになりやすい。そのため個々の企業は、汎用性の高い人的投資に消極的になる。Year Upをはじめとしたセクター特化型職業訓練プログラムでは、当該セクターで求められる汎用性の高いスキルを対象としており、市場の失敗を補正している。

第二が、労働需要側(企業側)の人材ニーズを教育訓練プログラムに反映している点である。教育訓練を行ったとしても、そのスキルに対するニーズがなければ雇用や賃金にはつながらない。Year Upでは企業側のニーズを踏まえてプログラムを作成することで、ニーズにマッチした人材の供給に成功している。

第三が、座学とインターンを組み合わせている点である。Year Upは座学で基礎知識を学んだうえで、インターンを行うことによって、知識を生きたスキルに転換するとともに、労働者と企業のミスマッチの解消を行っている。その結果、企業側としても採用リスクが少ない。

第四が、労働移動を促していることである。スキルが上がったとしても、それが活用され、賃金に反映されなければ効果が発揮されない。Year Upは労働移動を促すプログラムになっていることで、投資の効果が表れやすい。

第五が、改善のための評価(Formative evaluation)を組み込んでいることである。前述の通り、Year Upはランダム化比較試験によってその効果が確認されているが、効果の有無を確認するために評価を行っている(Summative evaluation)のではなく、プログラムを改善するために評価を行っている。つまり評価のために評価しているのではなく、評価に基づいてプログラムを日々改善している。

テクノロジーの進歩に伴って、今後、世界全体で働き方の大きな変化が予想される。その時に重要になるのが、テクノロジーの進歩を上手に使いながら、働き方を転換させていくことである。その意味で、人材育成やリスキリングの重要性は高まっていく。しかしながら、そうした政策は失敗するケースも少なくないため、Year Upをはじめとしたセクター特化型職業訓練プログラムの経験を踏まえながら、効果的な制度設計をすることが求められる。

参考文献
  • Katz, L. F.; Roth, J.; Hendra, R.; Schaberg, K.(2022) "Why Do Sectoral Employment Programs Work? Lessons from WorkAdvance". Journal of Labor Economics, 40 (S1), 249-291.
  • Office of Planning, Research and Evaluation(2011)"Benefits that Last: Long-Term Impact and Cost-Benefit Findings for Year Up"
  • 宮本弘曉(2026)『AI大格差』日本評論社

2026年6月29日掲載

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