EBPM推進のカギとなる「KPI設定に関する誤解」の解消

小林 庸平
コンサルティングフェロー

池田 貴昭
三菱UFJリサーチ&コンサルティング(株)

筆者らは日ごろ、国や自治体のEBPM(Evidence-Based Policy Making:エビデンスに基づく政策形成)推進のお手伝いをしているが、政策担当者からは頻繁に「EBPMに取り組みたいのだが、どういったKPIを設定し目標水準をどのように決めれば良いか?」という相談を受ける。こうした相談の背景には、「妥当なKPIを設定し、それを測定・評価することがEBPMである」という理解があると思われる。しかしながら多くの場合、KPIを設定し測定したとしても、EBPMを行うことは難しい。

そこで本稿では、KPIを設定・測定することによる政策マネジメント(以下「KPIによる政策マネジメント」と呼称)とEBPMの考え方が、具体的にどのように異なっていて、EBPM推進のためにはなぜその峻別が重要になるのかを論じたい。

KPIによる政策マネジメントとEBPMにおける成果評価の考え方の違い

KPIによる政策マネジメントとEBPMにおける成果評価の考え方の違いを整理したものが表1である。

そもそもKPI(Key Performance Indicators)とは業績を評価するための指標のことである。KPIによる政策マネジメントの目的は、KPIを設定しモニタリングすることによって、政策の進捗状況や成果・実績、目標の達成状況をできるだけ簡素に幅広く把握し、政策立案に生かすことにある。こうした手法は評価学では業績測定(Performance Measurement)と呼ばれ、日本の政策評価の枠組みでは「実績評価」と呼ばれている(注1)。行政事業レビューシートに記載されている指標もこの発想に立脚しており、地方自治体において広く導入されている「行政評価」も基本的には業績測定である。

一方でEBPMは、「エビデンス=政策の因果効果」を重視した政策形成だと言える。しかし政策と成果の因果関係を明らかにすることは決して簡単ではない。そのためEBPMでは、幅広い政策の因果効果を網羅的に検証するのではなく、必要性の高い政策や重要な政策に絞り込んで効果を検証することが必要となる。EBPMとKPIによる政策マネジメントを大きく分けるポイントは、「その政策がなかりせば、どのようにその指標が推移したか」をどの程度精緻に考えるかである。このような「なかりせば」の発想は「反実仮想」(Counterfactual)と呼ばれ、統計的に因果関係を分析する手法である「因果推論」における中心的な概念である。EBPMとは、因果推論をその発想の基盤とした政策形成手法といえるだろう。しかし後述するように、KPIによる政策マネジメントを積み重ねるだけでは、残念ながら政策の因果効果に迫ることは難しいのである。

表1:KPIによる政策マネジメントとEBPMにおける成果評価の比較
項目 KPIによる政策マネジメント
(業績測定、実績評価、行政評価)
EBPM
目的 政策・施策・事業等の成果や効率を定期的に測定し評価すること(因果関係には必ずしもこだわらない) 政策と成果の因果関係を明らかにすること
対象範囲 幅広い政策・施策・事業 効果を検証したい政策
(出所)小野(2018)を参考に作成

KPIによる政策マネジメントとEBPMでは指標に求められる条件も異なる

こうした目的の違いによって、KPIによる政策マネジメントとEBPMでは、成果指標に求められる条件も異なってくる。それを整理したのが表2である。

KPIによる政策マネジメントの特徴は、できるだけ簡素に幅広く政策の状況を把握することにある。そのため、定期的・継続的に測定できる指標である必要があり、データの収集コストも安価であることが望ましい。一方で、厳密な因果効果の検証は求められないため、対照群(政策の非対象者)のデータは必ずしも必要ではなく、評価の基準も事前に設定された目標水準に達しているかどうかで判断するという簡素な方法がとられる。

一方EBPMで利用する成果指標の場合、政策の因果効果の検証に主たる関心があるため、データの収集は必ずしも定期的である必要はなく、収集に一定のコストを要することも許容され得る。しかしながら因果関係を精緻に検証するためには、政策が行われなかった場合と比べてどの程度指標が改善したかを明らかにする必要があるため、対照群(政策の非対象者)のデータが必要となることがほとんどである。通常の政策運営では、政策対象者のデータは収集していたとしても、非対象者のデータを収集できていないケースは多く、この点はEBPMを行う上でしばしばハードルになる。

表2:KPIによる政策マネジメントとEBPMにおける成果指標の比較
項目 KPIによる政策マネジメント
(業績測定、実績評価、行政評価)
EBPM
タイミング
(測定頻度)
定期的・継続的に把握可能 効果検証に必要十分なタイミングで把握できれば良い(必ずしも定期的・継続的である必要はない)
データ収集コスト 行政情報などを用いてできるだけ安価に取得できることが望ましい 評価が単発であればデータ収集に一定のコストを要しても問題ない
対照群(政策の非対象者)のデータ 処置群(政策対象者)のデータだけでも問題ない 精緻な因果関係を検証するためには不可欠
評価の基準 事前に設定された目標水準に達したかどうか 政策が行われなかった場合(対照群)と比較してどの程度指標が改善したか
(出所)筆者作成

EBPM推進のために、KPI設定との適切な使い分けを!

このように、KPIによる政策マネジメントとEBPMは、目的と発想が大きく異なっており、それぞれ長所と短所がある。KPIによる政策マネジメントの長所は簡便さにあるが 、短所は因果関係に関する情報がほとんどもたらされないことにある。一方でEBPMの長所は政策の因果効果を特定できることにあるが、短所は手間やコストがどうしてもかからざるを得ないことである。

日本の行政現場では、それぞれの目的や長所・短所が整理されないまま、一緒くたに議論されてしまっているきらいがある。日本におけるEBPMをより一層進展させるためにも、2021年には両者の違いを踏まえた上で、目的に応じて使い分けていく発想が求められる。


本稿は、経済産業省の委託により三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社が実施した「令和元年度産業経済研究委託事業(エビデンスに基づく政策形成の実践等に関する支援及び調査)報告書」の第Ⅱ章第4節を、加筆修正したものである。こうした形での成果物の利用をご承諾いただいた経済産業省大臣官房政策評価広報課には感謝申し上げる。

脚注
  1. ^ 南島(2020)参照。
  2. ^ 佐々木・西川(2001)参照。
参考文献
  • 小野達也(2018)「ロジックモデルを用いた評価指標の設定」(平成29年度政策評価に関する統一研修(さいたま会場))
  • 佐々木亮・西川シーク美実(2001)「パフォーマンス・メジャーメント」『日本評価研究』第1巻第2号、pp.45-52
  • 南島和久(2020)『政策評価の行政学』晃洋書房

2021年1月4日掲載

この著者の記事