マルチプルエネルギーとは
本研究シリーズでは、これまでガソリンスタンド(以下、SS)を単なる燃料供給の場から、災害時にも機能し続ける「継続的エネルギー供給拠点」へと再定義するための多角的な構想を提示してきた。Part 1(注1)では研究の背景と「マルチプルエネルギー」、「デジタルトランスフォーメーション(DX)」、「フェーズフリー」という三つの核となるコンセプトを整理し、Part 2(注2)では停電時でも自立して稼働し、電気やガス、燃料油を供給する「マルチプルエネルギーステーション」の構築について詳述した。さらにPart 3(注3)では、デジタル技術を駆使して人的パニックを回避し、情報のフェーズフリー化を実現する「コミュニケーションプラットフォーム」の重要性を洗い出した。
最終回となる本稿のPart 4では、これら一連の構想を現実の社会に定着させるための「公共部門とのリレーション確立」に焦点を当てる。従来の物理的な設備導入への補助という枠組みを超え、深刻な人手不足や現場の運用負荷を考慮した「ソフト面からのアプローチ」と、複雑化した既存制度の「再編」による、真に実効性のある社会実装のあり方を提言する。
変容するエネルギーセキュリティと「公」の役割の再定義
現在、日本のSSを取り巻く環境は、かつてないほど不安定である。国内では脱炭素化の加速に伴う需要減退とSS数の減少が続く一方で、地政学的リスクの高まりは、エネルギーセキュリティが日常の延長線上にある危うい均衡の上に成り立っていることを改めて突きつけた。こうした背景の中で、SSはもはや一企業の私有財産ではなく、地域のレジリエンスを担保する「公共の資産」としての性格を強めている。しかし、そのネットワークの維持を民間の自助努力だけに委ねることは、すでに限界に近い。行政と民間が平時から「価値を共に創造」し、非常時に確実に機能するリレーションを構築することが、今まさに求められている。
能登半島地震が突きつけた「情報の空白」という課題
2024年1月1日に発生した能登半島地震(注4)は、官民連携における深刻な課題を浮き彫りにした。内閣府の被害状況報告を分析すると、発災直後のSSの稼働状況把握に大きなタイムラグが生じていることが分かる。具体的には、地震発生翌日の1月2日時点で把握されていたSS数は531件であったが、1月6日には1,439件へと約3倍に増えている。これは、発災から数日間、公共部門が多くのSSの状況を把握できていなかったことを意味する。また、状況確認中のまま数日間にわたり連携が取れないSSも多く、全体像の把握には5日以上を要した。このような情報のタイムラグは二次的なパニックを招く要因となるため、平時からのデジタルベースでの連絡報告体制の確立が不可欠である。
ハードからソフトへ:投資のパラダイムシフトと現場の救済
これまで、災害対応力の強化といえば、自家発電機や地下タンクの大型化といったハードウエア(設備)への導入補助が中心であった。これらは引き続き重要であるが、現在のSS業界が直面している最大の壁は、深刻な「人手不足」と「運用の負荷」である。災害対応機器の多くは、非常時に際して複雑な操作や事前の訓練を要する。しかし、混乱する発災直後の現場において、限られた人員がそれらを完璧に使いこなすことは容易ではない。どれほど立派なハードを備えても、それを動かす「人」の負荷が過大であれば、インフラとしての機能は停止してしまう。今、必要とされているのは、ハードを補完し、現場の判断を助ける「システム(ソフト)」への投資である。訓練や経験に頼り切るのではなく、システムが運用を直感的にガイドし、省人化を実現する。この「ソフトによる課題解決」こそが、官民連携の新たな地平を切り開く鍵となる。
公共部門とのリレーションを深化させる三つの具体的提言
本研究は、社会実装に向けた具体策として、以下の3点を提言する。
- POSシステムへの行政連携機能の標準実装:災害時の報告業務を効率化するため、POSデータを自治体の災害対策本部へリアルタイムで共有する仕組みの構築を提案したい。これにより行政は迅速な支援が可能になり、SS側は報告業務の負担から解放される。
- ソフトウエアによる「訓練レス」な災害対応の実現:デジタル技術を通じて、非常用機器の接続や運転を誰でも直感的に操作できるソリューションの導入を提案したい。こうした「現場を助けるソフト」の導入に対しても公的な支援を拡充することが不可欠である。
- 既存制度の整理再編と非常時運用の一元化:現在重層的に存在する「中核SS」(注6)や「住民拠点SS」(注7)のほか各自治体の指定・優先給油所といった認定制度を整理・再編し、デジタルプラットフォームを通じた一元的な運用体制の構築を提案したい。
マルチプルエネルギーステーション化への公的支援と法的調整
SSの公共的な価値を高めるには、Part 2(注2)で論じた「マルチプルエネルギー」への対応が欠かせない。都市部では耐震性に優れた都市ガス(注8)を活用した分散型電源の構築が有効である。また、東京都が推進する「環境配慮型」のような支援策(注9)を、本研究が提案する災害対策型の機能付加と統合し、ハイブリッドな支援枠組みを構築することが有効である。さらに、新たなエネルギー供給機能を導入する際の法的制約の緩和や調整において、公共部門のリーダーシップが求められる。
未来への展望:SSは地域の「レジリエンス・ハブ」へ
SSはエネルギー供給のみならず、24時間365日地域を見守る「地域の安全・安心のプラットフォーム」へと進化するポテンシャルを秘めている。自治体の「防災都市づくり計画」(注10)の中にSSを明確に位置づけ、地域全体の供給網を強化すべきである。また、中小企業に対するBCP(事業継続計画)策定支援(注11)を公共部門が促進することで、甚大な被害を受けても立ち直れる「回復力」のある社会が実現する。
おわりに
日常と非常時を区別しない「フェーズフリー」(注12)を日常の中に溶け込ませ、最新技術で現場の負担を軽減することで、SSは地域の安全保障拠点へと進化する。本構想が具体的な政策として社会実装され、次なる大災害から人々の命を守る礎となることを期待して本研究の結びとする。
追記
本コラムは、事業構想大学院大学修士課程(専門職)(注13)での研究成果である、伊藤将人「ガソリンスタンドを「災害時の継続的エネルギー供給拠点」とする公共的価値創造事業」に基づく。