災害時におけるサービスステーション(SS)の混乱回避に向けたコミュニケーションプラットフォームのデザイン
都市への人口集中が進む現代社会では、災害発生時に災害そのものに加え、人的パニックによる混乱が大きな課題となる。特にサービスステーション(SS)では、ガソリンを中心としたエネルギー供給体制の維持・復旧、そして被災者救援・復興活動への対応が災害対策の中心となる中で、これらの対策を効果的に機能させるためには、SSにおけるパニックの回避が不可欠である。
これまでのコラム(注1、注2)では、Part1で研究の背景とコンセプチュアルデザインを整理し、続くPart2ではマルチプルエネルギーステーションの構築について分析した。本稿Part3では、このSSにおけるパニック回避に焦点を当て、コミュニケーションプラットフォームの構築について分析する。具体的には、下記の図で示したフェーズフリーを意識したコンテンツの構築、顧客との共創による新たなサービスの創造、情報伝達の高速化をもたらすDXの活用、および地域に特化した災害情報の発信の重要性を分析する。

災害時には、地域住民の行動が無秩序となり、SSには給油を求める被災消費者が長蛇の列を作るケースが多い。2011年の東日本大震災では、自動車やオートバイなどの移動手段や暖房器具に必要な燃料を確保するため、地域住民は営業中のSSを探し出して長時間行列した。震災翌日には、震源から遠く離れた首都圏でも同様の事態が発生。ガソリンの在庫状況が不明確な中で、不安に駆られた住民が営業中のSSに殺到した結果、需給バランスが大きく崩れて在庫が底を突き、臨時休業を余儀なくされる店舗が続出した。このようなパニック時においてSSに並ぶ被災消費者の人々の多くは、「不安だから入れておかなければ」という心理からSSに押し寄せていることもあり、必ずしも緊急でガソリンを必要としている状況ではない場合がある。
近年、災害発生時の二次災害を防ぐため、鉄道の計画運休に代表されるように、予防的な行動が推進され定着しつつある。その結果、「災害時にはガソリンを満タンにして備える」という行動をすべきとの認識が広まった。しかし、この「備え」の行動の連鎖がかえって住民の不安を煽り、混乱を招く可能性がある。そこで本研究は、コミュニケーションプラットフォームを活用し、災害発生前から地域住民との連携を強化することで事前に準備を行い、災害発生時のSSの混乱を抑制する方策をデザインする。
これまでの災害時の被災消費者の行動分析をより精緻に行うことで、災害発生時、そしてその後の時間の推移によって起こりえる事象を予測することが可能である。これにSSの営業状況やガソリンなどの在庫状況を掛け合わせることで、被災消費者が取るべき最適な行動の仮説を立てることが可能である。これをコミュニケーションプラットフォームで発信することで、パニック発生の抑制につなげることが可能となる。
フェーズフリーを意識したSSコンテンツの構築
近年、防災や災害対応の分野では、フェーズフリーの概念が定着しつつある(注3。これは、平常時と災害時の区別を取り払い、普段利用している商品やサービスを災害時にも適切に使えるようにする取り組みである。例えば、防災公園は平常時には憩いの場として、災害時には防災拠点や避難地として機能する。東京都には63カ所の防災公園があり、これは約22万人に1カ所の割合である注4)。
一方で、災害時の燃料供給拠点として極めて重要な役割を担うSSは、東京都内に約900カ所存在する(注5)。この数は防災公園と比較してはるかに多く、さらに住民にとって身近な存在となっている。SSにフェーズフリーの概念を積極的に採り入れることで、災害時のQOL(生活の質)維持確保に貢献し、都市全体の防災機能向上に役立つことができると考えられる。
そこで本研究はSSにおける災害時対応に関する情報のフェーズフリー化を提案する。現在、石油元売各社は給油顧客への販売促進を目的にアプリケーションを開発し、積極的に会員獲得を推進している。給油客の4割ほどがこうしたアブリケーションを利用していると言われており(注6)、多くのドライバーが普段の給油の際に利用するツールとなっている。
この、日常使用しているアプリケーションに、災害対応に役立つ機能を搭載することは極めて有益である。例えば、通常時の営業情報に加えて、災害時にユーザーに対して整理券を発行できる機能を持たせることで、来店客の集中を分散させ、混乱を抑制することができる。このように、通常時に利用されるプラットフォームに対して災害時の情報をシームレスに提供することで、災害発生時に住民の不安を軽減し、SSの機能を最大限に活用することが可能となる。
情報伝達の高速化とDXの活用
SSにおけるフェーズフリーな情報提供を実現する上で不可欠なのが、情報伝達を高速化するデジタル技術の活用である。顧客に正確な情報を提供するためには、まずSS側の正確な状況把握が求められる。
例えば、能登半島地震の際には、内閣府がSSの稼働状況の全体像を把握するまでに、地震発生から5日以上を要している(注1)。これは、どのSSが稼働しているかという最も基本的な情報でさえ、タイムリーかつ正確に把握できていないという大きな課題を示している。一方で、石油元売各社は配送のために主要なSSの地下タンク残油量を把握している。こうした既存の情報を組み合わせることにより、タイムリーな営業状況の把握、必要に応じた給油数量制限の設定、さらには来店制限まで、実効性のある取り組みが可能となる。現状のアナログ的な災害時対応オペレーションは、情報通信がダウンしている災害直後の混乱期には依然として有効であるものの、情報通信が回復するタイミングではパニック回避に対してDXを活用した情報伝達の仕組みがより効果的となると考えられる。
DX活用を進める上で、通信ネットワークの容量確保は重要な課題である。災害時には災害対応アプリケーションへのアクセス集中が想定される。このため、中核SSへの衛星通信の配備など、緊急時の拠点として必要な通信要件の整備を検討することが必要となる。同時に、通信環境が不安定な状況でも確実に情報を届けられるよう、災害対応に関連するコンテンツはデータ容量が少なくネットワークに負荷が低いシンプルなものとするなど、コンテンツの最適化も同時に考慮する必要がある。
地域に特化した災害情報の発信
南海トラフ地震や首都直下地震の発生が想定される都市部では、防災拠点やSSへの集中が過去の災害をはるかに超える規模で起きることが予想されている。災害時に想定される状況は地域ごとに異なる。そのため、各自治体は防災ハザードマップや防災拠点マップを作成し、災害への備えを進めている。SSが持つ燃料供給拠点としての機能を災害時にも最大限に活用するには、こうした地域固有の情報との連携をさらに深め、集中すべきなのかそれとも分散するべきなのかを見据えてエネルギー供給をスムーズに実施する体制を構築することが求められる。
SSにおけるコミュニケーションプラットフォームの構築は、地域のハザード情報とSSの稼働状況を連携させ、住民が自宅や現在地から最も適切で混雑の少ないSSを選べるようにすることで、適切な燃料供給を促すことが可能となる。
次稿では、本コラムのまとめとして、公共部門とのリレーション確立についての詳細を論じる。
追記
本コラムは、事業構想大学院大学修士課程(専門職)(注7)での研究成果である、伊藤将人「ガソリンスタンドを「災害時の継続的エネルギー供給拠点」とする公共的価値創造事業」に基づく。