開廃業(参入と退出)は、産業や経済の新陳代謝を促し、市場メカニズムが効果的に働くための源泉だ。開業(参入)と廃業(退出)は一般的に正の相関がみられており、成長のみられる産業または経済では双方とも活発だ(本庄、2010; Geroski、1995)。しかし、『中小企業白書』によれば、日本の開廃業率はいずれも国際的に低水準が続く(中小企業庁、2023)。産業や経済の新陳代謝のために、開廃業、とりわけスタートアップ創出は政策的に重要な課題だ。
COVID-19で開業は減少したか
2020年3月13日、「新型コロナウイルス対策の特別措置法」(新型インフルエンザ等対策特別措置法の一部を改正する法律)が成立し、同法第32条に基づく「緊急事態宣言」が4月7日に発令された。その翌月2020年5月、日本の株式会社の設立(登記)は5,565社と、前年同月7,769社から28%減少した。これは、リーマンショックが影響した2008年11月を下回り、2007年1月以降、月別設立数の最低を記録した。
新型コロナウイルス(COVID-19)感染拡大が日本の開廃業にどのように影響したか、筆者の知る限りでは、十分な検証結果は得られていない。そこで、日本の代表的な経済活動の組織、株式会社を対象に、設立と解散を用いて開廃業の実態を明らかにする。使用したデータは、法務省「登記統計 商業・法人」から得た2007年1月から2023年6月までの値を用いる(注1)。
図1に、新型コロナウイルス感染期とそれ以前の4期、36カ月について、株式会社の設立と解散の件数(月あたり)のボックスプロット(box plot)を示す。新型コロナウイルス感染期について、2023年4月、緊急事態宣言が発令され、2023年5月、新型コロナウイルス感染症を5類感染症に変更したことから、2020年4月から2023年3月までの36カ月(3年間)とし、他の期間と比較する(注2)。図1に示す通り、メジアン、4分位範囲でみる限り、設立はそれ以前と比較して新型コロナウイルス感染期(2020/4-2023/3)に減少していない。この期の月あたりの平均は7,640社であり、むしろ若干の増加がみられる。2020年5月の設立の落ち込みは一時的で、平均的に以前より減少した傾向はみられていない。加えて、『中小企業白書』によると、有雇用者事業所の開業率は2020年で5.1%、2021年で4.4%であり、いずれも2019年の4.2%を上回る(中小企業庁、2023)。他方、解散は、観測期間中、停滞が続く。新型コロナウイルス感染期に、廃業は増加していない。

開廃業のトレンドは変化したか
2007年1月から2023年5月までの観測期間について、設立と解散(対数)をそれぞれトレンド項で回帰したところ、トレンド項について設立は正で有意、逆に、解散は負で有意となった(注3)。この結果を前提に、分割時系列分析(interrupted time-series analysis; ITS)を用い、新型コロナウイルス感染拡大によるトレンドの変化を図2に示す。図2では、開業(設立の対数)と廃業(解散の対数)をそれぞれ従属変数とし、2020年4月以降のトレンドの変化に注目する。図2に示す通り、株式会社の設立および解散は、新型コロナウイルス感染期におけるトレンド項が正となった。少なくともこの期に開業(設立)の減少はみられていない。

COVID-19で開業は減少せず
上記に示した通り、現時点で、新型コロナウイルス感染拡大がスタートアップ創出を阻害した証拠を得られていない。宿泊、飲食サービスなど、いくつかの産業が低迷する中、日本全体で開業(設立)は減少していない。その理由について、在宅勤務やオンライン会議などの「ニューノーマル」(new normal)の下での経済活動が広まり、情報通信や医療診断など、新たな事業機会の創出がある。また、新型コロナウイルス感染拡大に伴う緊急経済対策や近年のスタートアップ振興が開業(設立)を後押ししたかもしれない。
他方、解散は図1で新型コロナウイルス感染期での減少がみられたが、当該期間内に限れば若干の増加傾向がみられる。2020年5月、緊急経済対策の一部として、民間金融機関において実質無利子・無担保融資、いわゆる「民間ゼロゼロ融資」によって不採算企業の廃業が抑制されたが、2023年7月以降、融資の返済が集中することで今後廃業(解散)の増加が予想される(注4)。
バブル景気崩壊後、日本の産業や経済の低迷が続き、それに伴い開廃業が減少した。新型コロナウイルス感染拡大で少なくとも開業が減少したと思われたが、意外にもその傾向はみられていない。これを転機に開廃業を通じた新陳代謝が進み、日本経済の活性化につながることに期待したい。