輸出管理が国際貿易に与える影響~半導体産業における日韓貿易紛争による検証~

牧岡 亮
リサーチアソシエイト

張 紅詠
上席研究員

近年、国家・経済安全保障上の理由から貿易規制が用いられることが多くなっている。本稿では、2019年に韓国に対して適用された日本による半導体産業の輸出管理の影響を検証する。この研究によれば、輸出管理の対象となった化学物質の日韓間における貿易は大幅に減少したが、両国の対米貿易は増加した。さらに、韓国では国内生産を促進する政府のプログラムにより、対象となった化学物質の生産量が増加した可能性がある。結論として、特にグローバル・バリューチェーンが浸透している産業では、このような複雑な貿易の再配置による影響を考慮した政策を検討する必要がある。

近年、国家・経済安全保障上の懸念に対処するために貿易政策が利用されることは増えつつある。例えば、2018年の米国の対中貿易制限、2022年のウクライナ侵攻に伴う米国の対ロシア貿易制裁、2019年の米国の中国半導体産業に対する輸出規制が挙げられる。これらの貿易政策に関する研究も、ここ10年で活発化している(Amiti et al. 2019、Fajgelbaum et al. 2020、Bown 2021、Fajgelbaum et al. 2021、Latipov et al. 2022、Hayakawa et al. 2023等)。多くの研究で関税が国内経済に与える影響を分析している一方で、広範囲なグローバル・バリューチェーン(GVC)をもつ産業において、非関税貿易政策が輸出入に与える影響についてはまだエビデンスが比較的少ない。このような貿易政策は、生産工程がGVCに特徴づけられる産業において、どのような影響を与えるのか。輸出管理に対応して企業が生産・調達パターンを変更する産業において、一方的な輸出管理は有効なのか。最近の論文(Makioka and Zhang 2023)において筆者たちは、国家安全保障の名のもとに実施される非関税貿易政策が、GVCに特徴づけられる半導体産業の貿易に及ぼす影響について、最近の日韓貿易紛争をケーススタディとして検証した。

2019年7月、日本政府は半導体生産に不可欠なフッ化水素、レジスト、フッ化ポリミイドの3つの化学物質の韓国に対する輸出管理の厳格化を発表した。その結果、それらの化学物質を輸出する日本の業者は、包括輸出許可ではなく、輸出取引ごとにエンドユーザー、製品仕様、技術などの情報を報告し、個別の輸出許可を申請することが求められるようになった。半導体産業はGVCの典型的な例である。設計、製造、半導体組立・テスト(OSAT-Outsourced Semiconductor Assembly and Test)のすべての段階において、米国、台湾、中国が圧倒的な販売シェアを持つ一方、設計そのものは欧州と日本、製造はイスラエルと韓国、OSATはシンガポールと日本を拠点とする傾向にある。連鎖的な特徴を持つため、保護貿易政策が全生産工程と調達パターンに影響を与える可能性がある。

日本の輸出管理厳格化の導入前は、韓国の半導体産業は、3種の対象化学物質についは日本からの輸入に大きく依存していた。例えば、日本企業は対象化学物質のうち、2つは韓国輸入量の90%以上を供給している。これらの対象化学物質は、韓国の総輸出の20%を占める半導体製造に使用されている。本研究では輸出管理が日本の輸出、韓国の輸出入に及ぼす因果関係について、差の差推定法と合成コントロール法を用いて分析する。また、日本と韓国の国内製造が輸出管理に対してどのような反応を示すかを調査するために、予備統計も提供する。

分析結果

5つの結果が得られた。第一に、日本のフッ化水素の韓国向け輸出は輸出管理の厳格化により87.9%減少したが、他の2つの規制化学物質であるレジストとフッ化ポリミイドには減少が見られなかった(図1)。後者は、2019年12月に日本の経済産業省がレジストの一部の取引について、3年間の包括輸出許可を認めたことなどが一因と考えられる。

図1 対象化学物質3品目の日本から韓国輸出の影響
図1 対象化学物質3品目の日本から韓国輸出の影響
注)この図は、Makioka and Zhang(2023)の表6の偶数列と同様、四半期、韓国、製品ダミーの三重相互作用の係数を示すが、四半期集計データを用いて、製品・国・月ごとの固定された影響も含む。そのため、2017年の係数は推定値(2017年の12カ月はすべて省略)。縦の破線は、輸出管理の厳格化が施行された2019年の第3四半期を示す。

第二に、同厳格化によって日本のフッ化水素の対米輸出が増加したため、概ね、日本の半導体関連製品の生産量の減少はなかった。また、日本企業が厳格化された化学物質の輸出を米国に代替、あるいは米国を経由して韓国に輸出した(迂回貿易)可能性を示唆している。後者の可能性については、次の結果と一致する。

第三に、韓国では、米国、台湾からのフッ化水素およびベルギーからのレジストの輸入が増加しており、これは、日本からベルギー、米国、台湾といった経済圏に調達先を再配分したことと一致する(図2中段)。さらに、半導体製造装置の輸入において、オランダから54.7%、ドイツから72.6%減少している。これは、日本の化学物質の輸出の厳格化により、生産工程において化学物質と補完的に使用される半導体製造装置が購入されなくなったという事実を反映していると考えられる。実際、オランダのASML社は、世界市場におけるリソグラフィ(半導体製品の生産工程の1つ)装置の75%を供給しており、最先端のチップ製造に必要な極端紫外線リソグラフィ装置を世界で唯一供給している企業である。一方、極端紫外線リソグラフィ工程では、高品質なレジストも使用されているが、これは日本の輸出管理の厳格化によって制限されている。半導体製造工場は、半導体ウェハーを製造するには材料と装置を組み合わせる必要がある。

図2 輸出管理の厳格化が韓国の輸出入に与える影響
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図2 輸出管理の厳格化が韓国の輸出入に与える影響
注)図は、韓国の日本からのフッ化水素の輸入量(左上)、韓国の日本からのレジストの輸入量(中上)、韓国の日本からのフッ化ポリミイドの輸入量(右上)、韓国のベルギーからのレジストの輸入量(左中)、韓国の米国からのフッ化水素の輸入量(中中)、韓国の台湾からのフッ化水素の輸入量、韓国の中国への半導体製造装置の輸出量(左下)について合成コントロール法の結果を示す。各図表の、青線は、各グループの対輸入値または対輸出値。赤破線は、合成コントロール群の対応値。縦の赤線は、日本の輸出管理の厳格化の時期(2019年7月または2019年第3四半期)を示す。

第四に、韓国の半導体製造装置の対中輸出は、日本の輸出管理の厳格化導入時に大幅に増加していると思われる(図2左下)。これは、韓国企業が輸出管理厳格化のもとで必要な化学物質を確実に調達するために半導体生産の一部を中国に移転したため、中国向け半導体製造装置の出荷必要となったという解釈と整合性がある。

第五は、輸出管理の厳格化後、韓国企業や日本企業の韓国現地法人における3つの化学素材の生産量が増加したことである。前者は、韓国政府が2019年8月に戦略物資(3つの化学物質を含む)の国内生産を促進するために7年間にわたる7兆8000億ウォン(約60億ドル)の投資を発表したこと整合的である。また後者は日本の多国籍企業(MNEs)が輸出管理の厳格化を理由に、これらの化学物質の生産を韓国にシフトしたという話と矛盾しない。

結論

GVCが浸透する現代の世界経済において、国家・経済安全保障を目的とした貿易政策は、企業の調達戦略、生産拠点、多国籍企業の生産決定といった変化を通じて、意図しない影響に直面する可能性がある。この研究結果は、現在の世界経済において、一方的な輸出規制の有効性が限定的であることを示唆している。政策決定時にこれらの影響を考慮することは、政策への意図しない悪影響を軽減するために必要である。特にメカニズムを解明するために、より詳細な企業レベルデータを用いたさらなる研究が必要である。

編集部注:本稿のもととなった主な研究は(Makioka and Zhang 2023)であり、経済産業研究所(RIETI)のディスカッション・ペーパーとして最初に公表。
https://www.rieti.go.jp/en/publications/summary/23030011.html

本稿は、2023年4月27日にwww.VoxEU.orgにて掲載されたものを、VoxEUの許可を得て、翻訳、転載したものです。

本コラムの原文(英語:2023年5月8日掲載)を読む

参考文献
  • Amiti, M, S Redding and D Weinstein (2019), “The Impact of the 2018 Tariffs on Prices and Welfare", Journal of Economic Perspectives 33(4): 187-210.
  • Bown, C P (2020), “How the United States Marched the Semiconductor Industry into its Trade War with China”, East Asian Economic Review 24(4): 349-388.
  • Fajgelbaum, P, P Goldberg, P Kennedy and A Khandelwal (2020), “The Return to Protectionism", Quarterly Journal of Economics 135(1): 1-55.
  • Fajgelbaum, P, P Goldberg, P Kennedy, A Khandelwal and D Taglioni (2021), “The US-China Trade War and Global Reallocations”, Working Paper.
  • Hayakawa, K, K Ito, K Fukao and I Deseatnicov (2023), “The Impact of the Strengthening of Export Controls on Japanese Exports of Dual-use Goods”, International Economics 174: 160-179.
  • Latipov, O, C Lau, K Mahlstein and S Schropp (2022), “Quantifying the impact of the latest U.S. tariff sanctions on Russia - a sectoral analysis”, IIEP Working Paper 2022-08, The George Washington University, Institute for International Economic Policy.
  • Makioka, R and H Zhang (2023), “The Impact of Export Controls on International Trade: Evidence from the Japan-Korea Trade Dispute in the Semiconductor Industry”, RIETI Discussion Paper Series 23-E-017.

2023年6月16日掲載