Special Report

輸出展示会と(新型)コロナウイルス

牧岡 亮
研究員(政策エコノミスト)

本稿では、輸出展示会に関する筆者の研究成果を紹介する。新型コロナウイルス感染症の蔓延は、各産業に甚大な影響を及ぼしているが、元来フェイストゥフェイスを基本としている展示会産業もその例外ではない。一般社団法人日本展示会協会(2020)によれば、同感染症が広がりを見せた2月下旬以降、中止・延期になった展示会の数は約450本にものぼる 。その損失は、展示会を開催する主催者、展示会会場企業、展示会支援企業、そして実際に商品を展示しビジネスをする出展企業や来場企業など、広範囲に及ぶと考えられる。

そもそも展示会とは、企業や個人が商品・製品を販売するために販売先(バイヤー)と商談を行ったり、市場動向(ニーズ)等の情報収集、情報交換等を行う場として定義されている。そこでは売り手と買い手の効率的な出会いが達成され、企業のビジネスを活性化させることが期待されている。また対面的やり取りを通じて情報が共有されることで、新たなイノベーションの創造や市場ニーズの発掘も期待されている。

筆者はこれまで、輸出展示会が企業の輸出活動等に対してどのような効果があるのか、ということを研究してきた。以下では2つの研究を紹介することを通じて、新型コロナウイルス感染症の蔓延によって輸出展示会のようなフェイストゥフェイスでのやり取りが制限・自粛され、企業間商取引が停滞する可能性があることを示す。また最後に、企業間商取引の停滞がオンライン取引の促進などの政策によって軽減される可能性に言及する。

輸出展示会・商談会参加の効果

Makioka (2020) では、日本貿易振興機構(JETRO)より提供を受けた輸出展示会への参加支援を受けた企業のリストと、経済産業省企業活動基本調査を接合することで、同支援の輸出やその他の企業活動に対する影響の因果効果分析を行った。分析方法は以下の2つである。第一に、支援を利用した処置群企業と支援を利用していない対照群企業を企業特性に関してマッチさせた上で、差の差推定法を用いた分析を行った。第二の分析手法は、展示会開催国・輸出先国に関する情報を用いた固定効果推定法である。

図1:展⽰会参加の輸出確率に対する効果
図1:展⽰会参加の輸出確率に対する効果
脚注:本図はMakioka (2020)のマッチング差の差分析法より得られた結果。展⽰会効果の推定値、11.2ポイントは1%⽔準で統計的に有意。傾向スコアマッチング法以外の⼿法でも同様の結果。

分析結果は以下の3点である。第一に、JETROの支援により輸出展示会に参加することによって、企業の輸出確率が11.2ポイント増加し(図1)、その効果は特に中小規模企業で大きい傾向にあることが分かった。第二に展示会参加の輸出確率に対する効果は、地理的・文化的に近接するアジアや中国などの地域では観察されなかったが、欧米諸国においては有意な効果が観察された。第三に輸出展示会に参加した企業は、輸出のみならず市場調査のアウトソーシングを増加させていることが分かった。

これらの結果は、輸出展示会へ参加することで、相手市場や取引相手との情報の障壁や契約・不確実性の費用が減少して、輸出への参加が増加することを示唆している。またそれらの障壁が比較的大きいと考えられる、中小規模企業、欧米市場で特に効果が大きいという結果は、その示唆と整合的である。この研究結果は、先行研究と比較して、企業の過去の輸出歴や国際事業部門に従事する従業員シェアなどの、より豊富な変数を制御した上での推定結果であるため、信頼のおける結果であると考える。

輸出展示会の効果に対するSARSの影響

上述の研究は、企業の輸出展示会参加への自己選択の問題を、輸出意欲に関して観察可能な代理変数を制御することで、輸出展示会への参加の輸出等に対する効果を検証した(注1)。しかしながら、同分析では輸出支援の利用と同時点に変化した観測不可能な変動(例、特定海外市場での特定企業に対する需要増加)は完全には制御できておらず、課題として残されたままであった。そこで現在進行中の研究では、2003年春に中国広東省で集団発生した重症急性呼吸症候群(SARS)と、それによる企業の中国広州交易会への参加に与えた影響を自然実験として用いることで、貿易展示会参加の中国企業の輸出に対する影響を分析している(注2)。広州交易会とは、毎年春・秋に中国広州で開催される貿易展示会のことで、輸出取引額約300億米ドルの世界最大規模の展示会であるため、企業輸出への影響を分析するのに適している。またこの広州交易会は、2002年11月にSARSの症例が最初に報告された広東省で開催されており、図2で分かる通り2003年春開催においては、参加する買い手企業数が大幅に減少している。本研究では、この外生的な買い手数の減少を用いることで、広州交易会の企業輸出国数に与える影響を分析している。

図2:広州交易会に参加した買い⼿数とSARSの影響
図2:広州交易会に参加した買い⼿数とSARSの影響
脚注:広州交易会ホームページの情報より筆者作成。縦線は、SARSにより中国への渡航⾃粛勧告が出された2003年春。図⽰していないが、筆者が使⽤する分析データ中、2003年春開催の売り⼿企業の参加者数は、トレンドと⽐べてほとんど変わらない。

暫定的な分析結果は以下の通りである。まず各年・季節の広州交易会に参加した輸出企業とそれ以外の輸出企業の、平均輸出国数を比較したのが図3である。2002年春開催に参加した輸出企業と比較して、2003年春開催の広州交易会に参加した輸出企業の次期輸出国数は減少している一方で、不参加企業の同数字はそれほど減少していないことが見て取れる。ただ図2で確認したように、広州交易会への参加企業数が年々増加傾向にあることから、比較的小規模企業も同交易会を通じて輸出市場に参加し始めていることが予想され、仮にSARSが発生しなかったとしても輸出国数平均値は減少傾向にあることが予想される。そこで次に図4では、各企業の輸出国数を年・季節―省・地域ダミー変数、企業ダミー変数、年・季節―主要輸出品目ダミー変数、年・季節―所有形態ダミー変数に回帰した後の残差を示している。この残差をプロットすることにより、時間とともに変化する地域ごとの特質、時間について不変の企業ごとの特質、時間とともに変化する輸出品目ごとの特質を制御した下での、広州交易会参加企業と不参加企業の間での、輸出国数の変化を見ることができる。その結果は図3と同様に、SARSが蔓延して広州交易会に参加する買い手の数が減少した2003年春開催の参加企業の輸出国数の方が、不参加企業の輸出国数よりも小さくなっていることが見て取れる(図4)。

図3:広州交易会への参加企業・不参加企業の次期輸出国数の⽐較
図3:広州交易会への参加企業・不参加企業の次期輸出国数の⽐較
脚注:広州交易会参加企業(実線)と不参加企業(点線)の次期輸出国数の平均値の⽐較。例えば、2002h2上にある点は、2002年秋期に広州交易会に参加した企業(参加していない企業)の、2003年上半期の輸出国数平均値を表している。縦点線は、SARSにより広州交易会への参加買い⼿企業数が減少した、2003年春開催を⽰す。
図4:広州交易会への参加企業・不参加企業の次期輸出国数の⽐較(推定式からの残差)
図4:広州交易会への参加企業・不参加企業の次期輸出国数の⽐較(推定式からの残差)
脚注:広州交易会参加企業(実線)と不参加企業(点線)の次期輸出国数に関する、推定式の残差平均値の⽐較。例えば、2002h2上にある点は、2002年秋期に広州交易会に参加した企業(参加していない企業)の、2003年上半期の輸出国数平均値を表している。縦点線は、SARSにより広州交易会への参加買い⼿企業数が減少した、2003年春開催を⽰す。

これらの結果を差の差分析法を用いて推定した結果が、表1である。第1列は複数の固定効果を用いた差の差推定法の推定結果を、第2列から第5列までは輸出国数の減少傾向に対処するため、処置群・対照群ごとの線形トレンドを制御した分析、2002年から2003年を通して全期で輸出している企業に分析サンプルを絞った分析、傾向スコアマッチング法によって参加企業と似た特質を持つ不参加企業を対照群に用いた分析、による推定結果をまとめている。広州交易会参加企業の輸出国数は、不参加企業のそれと比較して、2003年春のSARS蔓延による広州交易会への参加買い手企業の減少によって、5%から7%程度減少していることが分かる。これは広州交易会に参加した売り手企業が、SARS蔓延により参加を見合わせた買い手企業とフェイストゥフェイスで営業交渉・情報交換することが妨げられ、従って輸出国数が低下したことが推察される。この分析結果は、JETROのデータを用いた先の研究とも整合的であり、推定値の大きさもおおむね等しい。

表1:広州交易会の効果に対するSARS の影響
表1:広州交易会の効果に対するSARS の影響
脚注:ここでの結果は、主に玩具、遊戯⽤具などの輸出品⽬に絞った分析結果である。“SARS”は2003年上半期のダミー変数を表す。カッコ内の標準誤差は企業レベルでクラスターされている。***は1%有意⽔準、 **は5%有意⽔準、 *は10%有意⽔準を表す。

これに関連する最近の研究としては、SARSの中国企業の貿易(輸出・輸入)に与える影響を分析したFernandes and Tang (2020) がある。彼女らの研究は、世界保健機関(WHO)より報告された、SARSの影響を受けた中国国内の10省・地域を処置群とし、国内のそれ以外の省・地域を対照群として、企業レベルデータを用いて差の差分析法で分析している。その研究と比較して本研究の推定値は、地域レベルでの需要・供給ショックを取り除いた上での、フェイストゥフェイスでの商談機会を失うことを通じた、感染症蔓延の企業輸出に対する影響と解釈することができる(注3)。また筆者の前回研究と比較した際の本研究の特徴は、広州交易会への参加に関する自己選択を決定する要素が分析期間を通じて変わらないとすれば、差の差分析法を用いることによってそれらの要素を相殺し、自己選択の問題を解決しているという点にある。

おわりに

これらの結果は、感染症拡大により輸出展示会を通じたフェイストゥフェイスの商取引の場が機能しなくなることを通じて、企業の輸出国数が5%から7%程度減少することを示している。しかしながらインターネットを通じた取引が発達した現在においては、オンラインによる展示会・商談会が促進されている。例えば令和2年度の第一次補正予算では、非対面・遠隔の海外展開支援事業に対して40億円の予算が割り当てられており、電子商取引(EC)サイトやデジタルプラットフォームを活用したオンライン商談会等、人の移動を伴わない海外展開支援を構築しようとしている。このような海外展開支援は、フェイストゥフェイスの展示会・商談会を完全代替しないまでも、補完することによって、感染症流行下やその後の企業の海外展開をサポートする可能性がある。今後はそれらの効果検証を行うことが期待されるであろう。

謝辞

本稿執筆にあたり、荒木祥太研究員には貴重なコメントを頂きました。深く御礼申し上げます。

脚注
  1. ^ 自己選択の問題とは、例えば、輸出展示会に参加するということと企業の輸出ステータスとの正の相関関係は、輸出展示会の企業輸出に与える影響の因果関係を識別しているかもしれないし、他方で輸出を行うような意欲のある企業は輸出展示会を利用しやすい(自己選択)という逆の因果関係を示しているだけかもしれない。
  2. ^ 本研究は、ブロック大学Xue Bai准教授、ペンシルバニア州立大学 Kala Krishna教授、清華大学 Hong Ma教授との現在進行中の共同研究である。しかしながら現段階でのすべての誤りは、筆者に帰する。より詳細な分析結果は、ディスカッションペーパーとして報告する予定である。
  3. ^ 筆者の研究の特徴は、展示会へ参加した企業と参加していない企業を比較することで、省・地域ごとの時間とともに変化する固定効果、主要品目の時間とともに変化する固定効果を制御できる点にある。それらの固定効果が、SARSによる各地域、各主要輸出品目の需要・供給ショックを制御しているとすると、筆者の研究の推定値はこのように解釈することができる。
参考文献

2020年8月24日掲載