<ポイント>
- SBIRなどのスタートアップ・中小企業に対する施策は、通常企業間にランダムに施されるのではなく専門家等の審査により決定されるため、施策を受けた企業と受けていない企業はさまざまな観点で異なる可能性があるため、効果の分析には注意が必要
- ひと昔前の実証研究では、採択企業と非採択企業の違いに対して、企業属性に関する観察可能な変数を制御した重回帰分析という比較的シンプルな手法で解決を試みており、先述の因果推論の問題を十分に解消しているとは言えない
- 最近の実証研究では、回帰不連続デザイン法や操作変数法を用いることで、厳密な因果関係を導出することに注力している
本稿では、米国の中小企業技術革新研究プログラム(SBIR)や中小企業技術移転プログラム(STTR)、それに類似する他国のプログラムに関して、最近の経済学実証研究をサーベイする(注1)。まずそもそも政策の処置(因果)効果は、政策の処置を受けた事業のアウトカムと、それらの事業が「仮に」処置を受けなかった場合のアウトカムとの差として定義される。しかしながら後者のアウトカムは現実には観察することができないため、通常政策の処置を受けていない企業(対照群と呼ばれる)から推定し、それらの平均を比較することで政策の因果効果を導出している。
ここでの問題は、適切な対照群を見つけてくることが困難なことである。なぜならSBIRなどのスタートアップ・中小企業に対する施策は、通常企業間にランダムに施されるのではなく専門家等の審査により決定されるため、施策を受けた企業と受けていない企業はさまざまな観点で異なる可能性があるからである。例えば、政策処置群企業と対照群企業は売上高、従業員数、固定資産残高などのデータから観察可能な点で異なっている場合には、計量経済学の手法を使ってそれらの違いを制御することができる。他方で、企業の資質や将来性、経営者の能力などの観察不可能な点で異なっている場合には、分析によって違いを制御することが難しく、政策の処置効果にバイアスが生じる可能性がある。すなわち、たとえ施策を受けた企業のパフォーマンスが施策を受けていない企業のそれよりも施策後に成長していたとしても、その変化が施策の影響から来ているのか、もしくは単なる属性の違いから来ているか(例、将来伸びそうな事業を施策に選出している)を区別できず、施策の因果効果推定がうまくできているとは言えない。このような因果効果推定の問題を念頭に置きつつ、以下では最近のサーベイ論文と研究を概観する。
1. 既存のサーベイ論文
Zuniga-Vicente et al. (2012) は、公的機関のR&D補助金支給が企業のR&D投資を促進しているか、もしくはR&D補助金支給が企業のR&D投資を代替している(クラウドアウトしている)かに関して、1960年代から2010年頃までに行われた77の実証研究をサーベイしている(注2)。そこでは、77の研究のうち60%程度の研究において、公的機関のR&D補助金支給が受給企業の追加的なR&D投資を促している傾向にあることが分かっている。しかしながらそれらの多くの研究は、採択企業と非採択企業の違いに対して、企業属性に関する観察可能な変数を制御した重回帰分析という比較的シンプルな手法で解決を試みており、先述の因果推論の問題を十分に解消しているとは言えないため注意が必要である(Hunermund and Czarnitzki 2019)。そこで以下では、公的機関のR&D補助金の効果に関して、より精緻な分析枠組みを用いた最近の研究を紹介していく。
2. 最近の実証研究:回帰不連続デザイン法を用いた研究
第一の精緻な分析枠組みとしては、回帰不連続デザイン(RDD)法が考えられる。この手法では、評価点が採択点を上回る事業のみが補助⾦の採択事業となるという性質を⽤いて、採択点をカットオフとして、カットオフをわずかに上回る事業者とわずかに下回る事業者のアウトカム変数(例、企業の収益率)を⽐較することを通じて因果関係が導出される。カットオフ付近の事業者を比較することにより、それらの事業者は補助金の採択・非採択のステータス以外の点では類似していることが考えられるため(そして、実際にデータを用いてその仮説を間接的に検討することができる)、観測可能・不可能な特質の両方に関して、採択企業と似た非採択企業を分析の対照群として選ぶことができる。
このRDD法を用いて公的機関によるR&D補助金の効果を分析した最近の研究として、Bronzini and Iachini (2014)やHowell (2017)、Santoleri et al. (2020) などが挙げられる。例えばBronzini and Iachini (2014) は、イタリア北部の地域(Emilia-Romagna)で施行された補助金事業の企業の投資に対する影響を分析している(注3)。この補助金事業では、産業研究(industrial research)や研究の実用化(precompetitive development)を行う地域内企業に対して、前者のプログラムであれば事業費用の50%まで、後者のプログラムであれば事業費用の25%までを負担する(補助額上限:250000ユーロ)。RDDを用いて同補助金採択企業と非採択企業を比較した結果、全体としては公的補助金が追加の企業投資をもたらしているとは言えないことが分かった。しかしながら分析を小規模企業に絞った場合、公的補助金が追加の企業投資をもたらしていることが分かった。この影響は年齢の若い企業や、すでに銀行から75000ユーロ以上の短期信用の融資を受けている企業(企業の金融的脆弱性の代理変数)にのみ観測されるため、公的補助金が企業の資金制約を和らげる経路を通じて影響を与えている可能性があると結論付けている。
Howell (2017) は、米国エネルギー省におけるSBIR制度を通じた公的補助金が、採択企業のイノベーションや収益、その後のベンチャーキャピタルからの資金提供、企業存続などに与える影響を、RDDを用いて分析している(注4)。その分析の結果、プログラムの第一段階であるフェーズ1での採択は、①企業の知的財産数が30%程度増加(イノベーションの代理変数)、②ベンチャーキャピタルの投資を受ける可能性が10-19%上昇、③収益を増加、④企業存続や成功裏での市場退出(つまり、新規上場や買収による退出)が増加していることが分かった。またこれらの影響は、若い企業や新しい技術(例、太陽光、風力、地熱など)を用いる企業、ハードウェア産業の企業など、資金制約がより高いと思われる企業で特に大きいことが分かった。その一方、フェーズ2での採択の効果はフェーズ1の効果と比べて小さく、知的財産の数に対して小さな効果が観測されるにとどまっている。
Santoleri et al. (2020) は、米国のSBIRをモデルとして実施されている欧州の補助金事業であるSME Instrumentに関して、同補助金の受給が企業のさまざまなパフォーマンスに与える影響を、RDDを用いて分析している。その分析の結果、同プログラムのフェーズ1においては統計的に有意な補助金の効果を見いだせていないものの、フェーズ2においては補助金非受給企業と比べて受給企業の、①企業投資(特に、無形資産への投資)が多い、②知的財産数が15-30%程度大きい、③資産変化率が46-96%高い、④雇用者数変化率が21-30%程度高い、⑤収益変化率が20-45%高い、そして、⑥外部から未公開株式投資を受ける可能性が11.7-12.6ポイント高いことが分かった(注5)。またこれらの結果は、若い企業や小規模企業、外部資金調達が困難な産業や自己資金により投資資金調達が困難な産業に属する企業、欧州内で経済発展が遅れている国や金融市場が未発達な国に位置する企業において、特に大きいことが分かった。この結果は、SBIRに類似するシステムが米国以外の国でも小規模企業のR&D投資を促進するのに有益であり、また特定の地域や産業以外でも効果を発揮する可能性があることを示唆している。
3. 最近の実証研究:操作変数法を用いた研究
その他の分析手法を用いた最近の研究として、操作変数法を用いたものが存在する。操作変数法とは、回帰分析において推定式の説明変数(本稿の文脈では、企業が補助金を受給するか否かに関する変数)には関係しているが、推定式の誤差項(本稿の文脈では、例えば企業の収益というアウトカムに関して、説明変数では説明できない企業収益の要素)とは関係のない第三の変数を用いて、説明変数のアウトカム変数に対する因果効果を推定する分析手法である。例えば労働経済学における大学教育の生涯年収に対する影響を分析する際に、個人の大学教育の選択とは関係しているが、その個人の生涯年収を説明するような観測不可能な要因(例、能力)とは関係していないと考えられる「大学教育選択時の住所から大学までの距離」は、この分析の操作変数として使われることが多い。
この操作変数法を用いて、公的機関のR&D補助金が企業のR&D投資に与える影響を分析した最近の研究として、Einio (2014) やAguiar and Gagnepain (2017) などが存在する。例えばEinio (2014) は、フィンランドの技術革新支援提供機関(Finnish Funding Agency for Technology and Innovation, Tekes)によるR&D補助金が企業のR&D支出、雇用、売上高に与える影響を、操作変数法を用いて分析している。この分析における操作変数としては、人口密度により決定された「地域間でのR&D補助金の配分ルール」を用いている。この地域間での配分ルールは、企業のR&D補助金への応募インセンティブに影響を与えるという意味で企業のR&D補助金受給の有無と関係しており、他方で企業のアウトカムに関する誤差項とは関係していないと考えられる。従ってこの外生的変動を用いて、企業の補助金受給のアウトカムに対する因果効果を推定できる。その分析の結果、補助金の受給は企業のR&D支出や雇用者数、売上高に正の影響を与えていることが分かった。
最後にAguiar and Gagnepain (2017) は、欧州における企業の研究共同事業に対するR&D補助金(EU Framework Program)の受給が、企業のパフォーマンスに与える影響を、操作変数法を用いて分析した。ここで用いられる操作変数は、それぞれの企業が属する産業に割り当てられる基金の量である。この各産業の基金の量は、今回の分析で用いられた第五回EU Framework Programにおいては、産業の将来性や成果、パフォーマンスなどによって決められているのではなく、社会経済的な問題の所在(例、安全な電子注文・決済の必要性、駐車場の有無・道路渋滞・公共交通機関に関する情報提供システムの必要性)に基づいて決められている。従って各産業の基金の量は、各産業に属する企業の労働生産性などのパフォーマンスとは直接関係しておらず、他方で企業の補助金プログラムへの参加に対して外生的に影響を与えていると考えられる。その分析の結果、同補助金は採択企業の労働生産性を少なくとも44.4%の上昇させる一方、それらの企業の利益幅には影響を与えないことが分かった。
4. おわりに
本稿では、米国の中小企業技術革新研究プログラム(SBIR)や中小企業技術移転プログラム(STTR)、それに類似する他国のプログラムに関して、最近の実証研究、特に回帰不連続デザイン法や操作変数法を用いて分析を行った研究を概観した。いくつかの研究ではR&D補助金の企業の投資や収益などに対する正の影響を観察しているものの、他方で有意な効果を観察できていない研究も一定程度存在することが分かった。またR&D補助金の効果は、企業や産業、国の属性によって非常に異質的であることが分かった。従って、さまざまな文脈で(特に日本の文脈でも)さらなる研究を積み重ねていくことが重要であろう(注6)。