6月23日、RIETIのグローバル・インテリジェンス・シリーズとしてのBBLセミナーが行われて筆者はコメンテータとして参加した。テーマは"Carbon Pricing, From a Burden to an Opportunity? Testimony and shared vision from EDF, Europe’s leading electric utility"で、スピーカーはフランス電力(EDF)のヴァンサン・デュフール日本・韓国地域代表で、モデレータを経済産業省貿易経済協力局の山田聡貿易振興調整官が務めた。
欧州の排出権取引制度(ETS)の実施状況とEDFの取り組み
デュフール氏からは、欧州で2005年以来実施されている排出権取引制度(ETS)の実施状況とEDFの取り組みについて、要点以下のような説明があった。
- EDFは発電の90%は脱炭素である(原子力+再生可能エネルギー)、そして発電の25%は輸出している。
- EU-ETSはプログレッシブな制度で近年(炭素価格の上昇に見られるように)脱炭素化における役割の重要性を増している。
- 日本はEUと連結したプラットフォームを有するのが望ましい。
筆者から、この説明を受けて以下の5点を質問した。
質問1: EDFの事業規模は大きく、しかも事業活動はフランスにとどまらず世界に展開している。なぜこのような世界展開をするに至ったのか、そのカギは何か。
質問2: ETSの導入に当たり、EDFはどのような立場でロビイングに携わったのか。
質問3: 世界でETSを導入している国・地域は最近増えている。特に米国ではカリフォルニアやニューヨーク等の東部州では導入されているが、全国レベルでは導入されていない。この状況をどう見るか。
質問4: 日本では、経済界を代表する経団連が炭素価格に前向きで、特にキャップアンドトレード型の排出権取引に前向きである中で、経産省はGXリーグというボランタリーな取り組みを推奨しており、他方環境省は現在もある炭素税(温暖化対策税: 税率289円/CO2トン)の段階的引き上げを提唱している。この状況をどう見るか。
質問5: EDFは原子力部門を有しているが、原子力部門は収益や経営の足かせになっていないか。
これに対して、デュフール氏から以下の回答があった。
質問1に対して、EDFは1990年代後半からフランス政府の意向もあって、国外に事業展開するようになった。これはちょうど欧州で電力市場改革が進んだ時期に付合する。さらに、2010年代以降現在のレヴィCEOの主導で積極的に世界へ特に脱炭素分野で事業展開を進めており、2030年国際投資を3倍にする戦略目標を掲げている。
質問2に対して、当初欧州委員会のETSの提案に対して、EDFとしては、報告等の義務が重荷になるのではないかと懐疑的な立場であった。しかし会社として脱炭素化を戦略的にとらえると炭素価格を軸に変革を進める必要があるとの認識の下、欧州委員会とも協働し、ドイツ、イタリア、スウェーデン等の電力会社と大きなコアリションを作って(炭素価格推進の)主導的な役割を果たした。
質問3に対して、世界的に炭素価格にコミットする国・地域は増えている。北米でもカナダは熱心。米国では、残念ながら電力セクターの影響力がシェールガスセクター等と比べて強くないために、全国レベルでのETSはないが、カリフォルニアや東部州のRGGIの制度はあり、米国にとってもこれがキーとなるツールであると信じる。全国レベルのカバレッジがあることが望ましいが、明日、来年できるということはないだろう。
質問4に対して、日本の経団連も支持しているように、キャップアンドトレード型のETSはEUともコンパティブルであり、制度の予見性があり、プログレッシブに制度を構築するのが望ましい。ETSが市場ベースであるのに対して、税は政治に左右されやすく、予見性が低いのが問題。経産省主導のボランタリー市場(GXリーグ)は400社以上の参加があり、良いスタートと思うが、OECD等の制度と調和するには不十分であると思う。
質問5に対して、原子力部門はすべてが赤字ではなく、既存プラントは利益を上げており、長期運転をすれば会社に付加価値をもたらす。原子力は岸田総理も指摘しているように大量に脱炭素を実現し、かつベースロード電源として供給セキュリティにも資する。現在原子力部門で利益を上げているのは40年前に投資をしたものだ。投資回収率は年数をかけて見れば非常に良くなる。
以上の議論を聴いて、われわれ日本として学ぶべき点は以下のようなことではないだろうか。
日本が欧州に学ぶべき点とは
第一に、電力はエネルギーの中核であり、特に脱炭素化を進めるためには需要の電化が必要であり、そのためにもEDFのように国家の中核となるグローバルな強いプレーヤーがいることが望ましい。日本においてもそのような電力プレーヤーが出現、形成されるような環境整備が必要であろう。一般に企業体の在り方に政府が介入することは必ずしも好ましいことではないが、ことエネルギーに関する限り、フランスのように国営企業が中心的なプレーヤーになっていること、ドイツのように市場環境設定を通して民間エネルギー企業を誘導していることは日本にとって十分参考になるであろう。
第二に、脱炭素のために炭素価格(排出権取引であれ炭素税であれ)が必要であることは経済学の教えを待つまでもなく自明であるが、この制度を導入するためには国民各層の支持が必要であるが、中でも欧州でもそうであったように(米国全体では逆の状況もあるが)、産業界特に電力業界の支持的なロビイングが重要である。最近の経団連はキャップ&トレード型の排出量取引制度を早急に検討すべきと言っており、岸田総理も成長志向型カーボンプライシング構想を具体化することを表明している。政府としては、経産省主導のGXリーグというボランタリーな枠組みから世界的な潮流に調和する制度を早急に構築必要があろう。
第三に、脱炭素のため、かつ供給セキュリティのために原子力が有効であることは全世界の多くの識者が指摘するところである。IEA(国際エネルギー機関)もこの点を再三指摘しており、EUにおいても最近のタクソノミー(何がサステナブルであるかの分類基準)の提案の中で、原子力を有効と位置付けている。しかし原子力の初期投資は大きく、投資回収には長期間が必要である。従って、原子力事業体がこのような長期投資に取り組めるような環境整備が重要である。国民・地域住民の支持が得られるべきことは言うまでもない。
昨今のロシア・ウクライナ情勢、世界的な気候危機を見るまでもなく、エネルギーセキュリティ、脱炭素化はエネルギー政策ひいては経済政策・安全保障政策の重要な目標である。同じような意識・目標を共有する同志国との対話の有用性を改めて感じさせられたBBLウェビナーであったと思う。スピーカーのデュフール氏、モデレータの山田聡貿易振興調整官、RIETI関係者に感謝申し上げたい。
(以上は筆者個人の見解であり所属の組織を代表するものではないことをお断りしたい。)