4月18日に日欧産業協力センター主催で「日本のグリーントランスフォーメーション(GX)戦略 - 日EUグリーンアライアンスの観点から - 」と題するオンラインの政策セミナーが開催された。
キーノートスピーカーは小林出 経済産業省産業技術環境局審議官であり、ソシエテ・ジェネラル ジャパン(Societe Generale Groupe Japan)のGroup Country HeadのBruno Gaussorgues氏がコメンテータを、筆者がモデレータを務めた。
日本のGX戦略とは、法律に基づく政策パッケージで、今後10年で150兆円の官民投資(省エネ、再エネ、原子力、CCS、水素・アンモニア、バッテリー等)を実現することを目指し、そのために先行して20兆円のグリーン経済移行債を政府が発行し、その償還財源となるように2026年度からの排出量取引制度(ETS)、2028年度からの化石燃料の賦課金、2033年度からの電力会社の排出枠のオークションからなる「成長志向型カーボンプライシング」を導入するというものである。
当日のプレゼンテーション資料、録画ビデオは以下で閲覧可能であるので、ご関心の向きはアクセスしていただきたい。
https://www.eu-japan.eu/ja/events/ribennokurintoransufuomeshiyongxzhane-rieukurinaraiansunoguandiankara
本稿では議論の中から筆者の印象に残った議論および所感をご紹介したい。
プレゼンテーション・議論の主要点
第一に、GX戦略は、EUのグリーンディール、Fit for 55、米国のIRA(インフレ抑制法)等のカウンターパート政策を参考にしつつ、日本特有のベストミックス政策であることが小林氏から強調された。
すなわち、日本のGX戦略では、まず先に本年度(2024年度)から今後10年間20兆円のグリーン経済移行債を財源とする資金支援が民間企業のGX投資促進向けに提供され(今後10年の官民投資で150兆円が目指される)、後から2026年度からのGX-ETS、2028年度からの化石燃料賦課金(炭素税)、2033年度からの排出枠のオークションというカーボンプライシング規制が導入される。つまり先にアメが提供され、後でムチが施されるという組み合わせである。米国のIRAは基本的にカーボンプライシングは含まず、総額3690億ドルの税制・資金的なインセンティブが提供される。EUの気候政策では2005年以来ETS(排出量取引制度)が導入され定着しており、2020年公表のグリーンディール投資計画では10年間で1兆ユーロの官民投資(官は融資中心)が目標とされている。つまり、先にETSの規制、後から政府系融資の資金という組み合わせである。
カーボンプライシングについては、日本ではEU ETSを日本流にアレンジした形で導入し、併せてGX化石燃料賦課金という炭素税も導入する。EUではEUとしての炭素税は導入していない(国によって導入国もある)。米国ではカリフォルニア州等の一部の州を除き、連邦ベースでのETSは導入されていない。
これらの政策内容の相違はそれぞれの国情(含む政治的背景)の違いを反映したものであり、日本が主張してG7やG20で共有されたone goal, various pathwaysの具体的な表れであると言える。
第二に、炭素価格について、小林氏から、ETSという量をコントロールする制度と炭素課税という価格をコントロールする制度を上手に組み合わせることにより、経済成長、エネルギー安全保障、排出削減という3つの目標の同時達成を目指すものであることが強調された。ETSでは排出量をCAPとして決めるものであり、実際の炭素価格は、上限価格や下限価格の設定の可能性は別として、取引の結果市場で形成されるものであり、事前に特定の価格水準を目指すものではないとのことである。これに対して化石燃料賦課金(炭素税)は、今後の検討により具体的な税率(石油1トンあたりいくら等)が設定されるとのことである。
これに関連して、EUのCBAM(炭素国境調整メカニズム)に関して、小林氏から、日本としてはCBAM賦課の回避のために日本で特定の炭素価格(EU ETSでの2024年4月時点での炭素価格は約70ユーロ/CO2t)を目指すのではなく、日本として必要な排出削減を実現するために総合的な対策に取り組むのであって、EUは、CBAMの運用を中小企業等も含めて貿易阻害的な影響が出ないよう、WTO等国際ルールにのっとり、フェアな制度設計と運用を行う必要があるとの主張がなされた。
第三に、EUのグリーン政策の現状について、Gaussorgues氏から、本年(2024年度)の欧州議会選挙の後でも今後の気候政策の基本的方向は変わらないであろうことが示唆された。彼からは、2019年公表の欧州グリーンディールについて欧州委員会から気候関連のみならず環境目的のものも含めて70以上の立法提案がなされ、加盟27カ国によって主に気候関係の30以上の立法が採択されていること、戦争やインフレによるエネルギー価格上昇、農業分野での不満、バイオダイバーシティ等のセンシティブな問題があり、本年6月の欧州議会選挙の直前で審議の停滞はあるが、再エネ目標の引き上げ(2030年42.5%)、2035年内燃機関自動車の原則禁止等の重要な気候政策は既に確定していることが強調された。
小林氏からは、2024年2月に行われた日EUグリーンアライアンス関係省庁会議の議論の印象として、2月の欧州委員会による2040年90%排出削減(対2010年比)目標提案により、これまでのような省エネや再エネ中心の対策のみでは不十分で、いわゆるhard to abate セクターへの対応や電力分野のネットゼロへの対応のためにCCSや水素発電等にも本腰を入れて取り組まねばならず、それらを含めた総合的取り組みを進める日本との協力を強化したいとの気運が高まっているようだとの認識が示された。
第四に、水素について、小林氏から、日本としてはどのような水素か(グリーン水素・ブルー水素等、国産・海外産等)に関してはバランスをとって複数のプロジェクトを立ち上げていきたいこと、価格は最重要の要素であるが(低価格であれば今後導入予定の価格差補助金(トータル3兆円予定)は少なくて済む)それだけではないことが指摘された。
また、米国の水素・アンモニアについては競争力があれば日本への輸入も有望であること、EUとの関係では、自地域内の再エネ水素や原子力由来の水素に取り組むEUとの間で技術協力が可能であること、EUのエネルギー企業(化石燃料系)は水素供給に熱心でブルー水素も含めて調達協力の可能性があることが紹介された。
第五に、増大するアジアのエネルギー需要・脱炭素需要に対する資金供給について、小林氏から、アジアの再エネ導入の課題はグリッドの強化であり、公的ファイナンスによるグリッド強化、民間ファイナンスによる再エネ開発を進める必要があること、電力需要が増大すること、どこまで再エネで賄えるか、足りない部分をトランジションファイナンスとしてLNG発電で対応する必要があり、一つ一つ取り組む必要があること、これに関連してEUがタクソノミーとして天然ガスも対象として認めたことに注目していることが紹介された。
Gaussorgues氏からは、アジアの事情は複雑であるが、EUも27国の事情は複雑でその対応のリスクアセスメントには慣れていること、天然ガスはトランジションエネルギーとして重要であり、プラグマティックに取り組む必要があること、アジアのGX投資のためには公的資金が必要であり、また銀行システムにより民間ファイナスを進めるべきこと、再エネ等の技術は成熟してコストは低減していること、日本がアジアのGXをプッシュしていることから、アジアの将来には全体的に楽観していることが強調された。
筆者の所感
以上のように、今回の政策セミナーは、GX(脱炭素)に関して、日本政府当局者、EUの民間専門家により突っ込んだやり取りがなされ、有益な政策対話であった。
議論全体を通して筆者が感じたことを以下に紹介したい。
第一に、EUグリーンディールという政策は民間関係者までその正統性が浸透しており、その世界的な普及に向けて官民関係者のアピール努力がなされている。今回のGaussorgues氏は民間関係者であるが、EUのグリーンディールについて能弁に語っていたのが印象的である。こうしたミッション意識に基づく官民共同戦略遂行がEU政策の強みであり、ブリュッセル効果と言われるゆえんでもあろう。日本としても今後の戦略遂行において大いに見習うべきところがある。
第二に、日本のGX戦略は壮大な政策パッケージであり、今なお詳細設計が進行中であるが、今回のウェビナーでも見られたように海外からも強い関心が示されており、その政策効果の発揮のためにはEUにも習って民間の関与、官民コミュニケーションが極めて重要である。
また、これまでの経済産業省を中心とするGX戦略の基本部分の策定は近年にない政策的なヒットと感じるが、悪魔は細部に宿ると言われるように、今後の制度設計が重要であり、そのプロセスでも建設的な官民対話、対外的・対内的な説明努力が重要である。
今回の小林審議官のプレゼンテーション、応答ぶりはウェビナー視聴者からの評価が極めて高かった。このような努力を今後とも政策立案過程時においても重視すべきである。そのような努力により、世界の中でモデルとなるべきGX戦略の確立、普及が期待される。
第三に、世界の気候変動問題解決のカギはアジアにあり、アジアのエネルギー需要、脱炭素需要、そのための資金需要は増大傾向にあるところ、その対応のためにEU側も認めるように日本のリーダーシップが期待される。
日本への期待は、たまたま同じ4月18日にRIETIのBBLセミナー「東南アジアと日本 - その光と影と厳しい現実」において紹介されたISEASの調査からも明らかである(日本が気候変動に主導的役割を果たしている評価がEUや中国より高い)。
ISEAS調査(2024年4月18日開催BBLセミナー・プレゼンテーション資料)
このようなアジア諸国の期待に応え、アジアゼロエミッション共同体構想(AZEC)のような取り組みを含め、インフラ整備、脱炭素ビジネスの展開等官民を挙げた取り組みを強化し、日本の貢献を世界に示すべきである。
注:文中の登壇者のコメント内容は筆者の理解に基づくものである。