2月12日東京で第26回日・EUビジネス・ラウンドテーブル(BRT)年次会合が行われた。
日本側議長遠藤信博NEC特別顧問、EU側議長ベレン・ガリホMerck社CEOを筆頭に、日本、EU双方から50を超える企業・団体を代表するビジネスリーダーが集まり、日本側の武藤容治経済産業大臣他、EU側のケルスティン・ヨルナ欧州委員会成長総局長、ジャン=エリック・パケ駐日EU代表部大使をはじめ政府幹部も参加して、活発な議論が展開された。
今回は、“Japan & the EU – Global Partnership in a Changing World"とのタイトルの下で経済安全保障と産業競争力を二大中心テーマとして議論を行い、日EU両政府に向けた政策提言書を採択し、今後日EU両政府首脳に提出されることとなった。
関連情報については以下を参照ありたい。
日・EUビジネス・ラウンドテーブル | EU-Japan
日EU経済関係は、日本側から見てEUが中国、米国に次ぐ第3位の貿易(輸出・輸入合計)パートナーであり、米国に次ぐ第2位の(対内・対外とも)投資パートナーである。EU側から見ると、日本は第7位の貿易・(対内)投資パートナーである。このように日EU間には強い経済関係があるが、日本側から見たEUの存在の方がその逆よりは大きいという関係にある。
日・EUビジネス・ラウンドテーブル(BRT)は1999年の設立以来、日EU経済関係を強化するために双方のビジネスリーダーが政策対話を行っている。日本側、EU側とも政府はこの民間対話を重視しており、その提言は政府ベースの首脳協議等のテーマに反映される。BRTのこれまでの最大の成果は、日EU経済連携協定(日EU・EPA)の締結を長い間強く促し、政府間の交渉につなげ、合意、2019年の発効に至らせたことであろう。その後日EU間の貿易額は増加傾向にある。
以下で今回のBRT年次会合の議論を振り返り、筆者の所感を述べてみたい。(個人的には1999年に通商産業省担当課長として参加した第1回会合以来本会合が継続して有意義な活動をしていることに感慨を禁じ得ない。)
第一に、印象的であったのは、全体的に、日本、EUの官民参加者の間で、情勢認識、課題認識、解決の方向性について全くと言って良いほど意見の一致を見たことである。
冒頭、武藤経済産業大臣は、日本とEUが連携し、イノベーションの促進、エネルギー安全保障、ルールに基づく自由貿易体制の強化、経済安全保障の確保などに向けた協力を深めることの重要性等について言及した。
その後も日EU双方の官民の参加者から、異口同音にこれらの課題への対応、そのための日EU協力の重要性等について繰り返し強調された。
日EU双方の同調した議論がなされるのはBRTの近年の傾向であるが、今回は特にこの傾向が強かったと感じられた。
この背景には、ロシア・ウクライナ戦争、米中対立等世界の地政学的な混迷の状況がある。さらに米国のトランプ大統領の政権復帰、その後矢継ぎ早にパリ協定離脱、関税引き上げ等のアメリカ・ファーストを体現するような施策を打ち出していることが影を投げかけている。
そのような中で、日本とEUは、民主主義、市場経済、法の支配、多国間主義等の価値観を共有する信頼できるパートナーであり、それぞれ及び世界の課題解決のために協力していこうとの認識が相互にますます強まっていることが感じられた。
第二に、経済安全保障に関して、課題認識、対応方向について相互に波長を一にしつつも、その危機感に関してはEU側のトーンが強かったように思える。
日本側からは、EUが2023年に公表した「経済安全保障戦略」における3つのPすなわちPromotion, Protection, Partnershipの基本原則への支持が表明され、サイバーセキュリティ、科学技術、AIガバナンス、データ連携等の分野での日EUパートナーシップの強化が呼びかけられた。
また、日EU双方の官民参加者からは、重要鉱物を含むサプライチェーンの強靭性の重要性に関する指摘が多くなされた。その観点からいわゆるグローバルサウスの国々との連携の重要性も日EU双方から強調された。
この関係では特にEU側の日本側への協力呼びかけのトーンが強かったように感じられる。これは、ロシアへの天然ガス等の過剰依存のために、ロシアのウクライナ侵攻以降エネルギー危機に苦しめられたEUの危機感が、さらに特にクリーンエネルギー関係技術分野での対中国依存の現状に関する危機意識に広まっていることによるものと思われる。
これらは、2024年5月に政府間の日EUハイレベル経済対話において「透明、強靭で持続可能なサプライチェーン・イニシアティブ」の立ち上げが合意されたこととも符合する。
また、日本側からは価値創造におけるデータの重要性およびデータ連携の重要性が指摘され、信頼できるパートナーである日本とEUで世界的にハーモナイズされて相互運用可能なルールを作っていこうとの呼びかけがなされ、EU側も同調していた。これは日本主導のDFFT(Data Free Flow with Trust)の取り組みの流れに沿った主張である。
また、EU側からは、経済安全保障の観点から自国産業の保護が必要な場合もあるが、グローバル化のメリットも忘れるべきではなく、自由貿易体制を阻害すべきではないとの指摘があった。これはEUのOpen Strategic Autonomyの考え方であり、日本としても共感できるものであった。
第三に、産業競争力の課題に対する対応方向として、政策提言の中で「競争力に関する包括的な日・EU協力枠組みの構築」が求められたことが注目される。これも日EU双方のそれぞれの置かれた産業競争力の状況に対する認識の反映であろう。そして、日EU間の協力枠組み的なテーマとしてこれまでグリーン、デジタル、サプライチェーン(経済安全保障)等があり、成果を上げてきているが、さらに「競争力」を加えようとの提案である。
EU側からは、2024年9月に公表され、12月にスタートした第2期フォン・デア・ライエン体制の欧州委員会の政策指針ともなっているドラギ・レポート(The Future of European Competitiveness)への言及が数多くなされた。
中でも同レポートでの①先進技術分野での米国、中国とのギャップを埋めなければならない、②脱炭素と競争力を両立する必要がある、③安全保障の確保と(重要鉱物での中国やデジタル技術でのアジアへの)依存の低減が必要とのメッセージは、EU側の情勢認識のコンセンサスであることが感じられた。
競争力に関しては、EU側から、日EU合わせて世界のGDPの30%を占め(ママ)、総人口6億人を有する日EUの規模の力をもっと発揮しようとのメッセージがしばしば発せられた。規模の力を生かしてグリーン製品等の新市場を育成していこうとも呼びかけもなされた。
また、EU側からは、日本側の強み(教育・人材、中小企業等)・弱み(DX、低生産性等)とEU側の強み(多様性、学術等)・弱み(過剰規制、分断市場、研究開発不足、ポピュリズム対応等)を補完し合うシナジー効果を狙うべきだとの指摘があった。当然ながらEU側は自己の弱みをよく認識していることが分かる。
翻って、日本側からは、ようやく長年のデフレから脱却して、民間投資が増大しているポジティブな状況が紹介された。それでも将来の経済成長、産業競争力に関する課題はEU側とも共有されていた。
特に競争力のカギとなる分野がGX(グリーン・トランスフォーメーション)とDX(デジタル・トランスフォーメーション)であることは日EU間で完全に一致していた。この両分野は日EU双方にとってチャレンジでもあり機会でもあるとの認識も共有されていた。
それゆえに、日EUグリーンアライアンス(2021年〜)、日EUデジタルパートナーシップ(2022年〜)への期待が強かった。
競争力のカギは技術・開発・イノベーションであることも日EU間で共有され、この観点から、EUホライゾン・ヨーロッパ・プログラム(2021〜2027年総計976億ユーロの研究開発プログラム)への日本の準参加(現在交渉が進行中)への期待も双方から度々表明された。
最後に、筆者の私見であるが、このBRTのような枠組みをも活用して、日EU双方の官民連合軍による共同オペレーションを政策面でもビジネス面でも、また大きな戦略面でも実践的な戦術面でもさらに強化していくべきと感じる。
大きなビジョン・哲学の下にルールを世界に普及させ、結果的にビジネスモデルを有利に展開するというEUの「ブリュッセル効果」がしばしば指摘される。確かに歴史的に欧州は、ミッション志向で世界の秩序作りをリードしてきた。
かたや日本は、歴史的に、外国からの技術、文化、ルールを取り入れつつ、日本の実情に合わせて官民が不断の改善を行い、経済、産業を発展させてきた。
世界は現在変革期にあり、世界経済の中心は欧米からアジア地域にシフトしつつある。現在アジア地域において中国の存在感は圧倒的であるが、これまで経済、産業面で現地の実情に合わせて日本型の経済発展モデルをファインチューニングしながら実践してきた日本の官民アプのローチによるアジア地域発展への貢献は今でも高く評価されている。
欧州の強みは哲学・ルール志向、日本の強みは実情に応じた実践的な活動と考えると、両者は非常に補完的と考えられる。つまり、「ブリュッセル効果」と「東京効果」は相互補完的であり、共同オペレーションによってシナジー効果を発揮させることができる。
このように、「ブリュッセル・東京効果」の発揮を目指した日EUパートナーシップが必要である。
日EUパートナーシップは天の時、地の利、人の和がかみ合った進化期に入ったように思われる。であればこそ、筆者も含めて当事者によるパートナーシップ実行に向けた一層の努力が求められていると感じられた。
(以上は、筆者の個人的な見解であり、所属する組織の公式見解を代表するものではないことをお断りしたい。)