日本はEU・CBAMに建設的に協力せよ:CBAM セミナーに参加して

田辺 靖雄
コンサルティングフェロー

11月13日、EU代表部において、日本エネルギー経済研究所・EU代表部・日欧産業協力センター(EUJC)共催セミナー「EUのCBAM運用状況と日本企業の対応」が開催された。

CBAM(炭素国境調整メカニズム)は、炭素強度の高い産業分野の製品(鉄鋼、アルミ、セメント、肥料、電力、水素)のEUへの輸入に対してEU・ETS(European Union Emissions Trading System:EU域内排出量取引制度)によるCO2価格との差額を賦課するという制度であり、2021年の発表以来、全世界に反響を巻き起こした。
2026年から本格稼働するが、すでに本年2023年10月から準備段階として関係企業の報告義務が課せられている。

すでにEUJCは、制度発表直後の2021年10月に経済産業研究所との共催によりCBAMに関してセミナーを行っている。
RIETI - 日本はEUのCBAM提案に負けずに脱炭素の世界的努力をリードせよ

今回は、欧州委員会税・関税同盟総局(DG-TAXUD)のGerasimos Thomas総局長の来日の機会に、準備段階の施行が始まったCBAMについて、日EUグリーンアライアンス活動の一環として日本側官民関係者との対話の意味でセミナーを開催し、筆者はパネルディスカッションのモデレーターを務めた。
以下議論の概要と筆者の所感をご紹介したい。

1. EU側のCBAMに関する説明

まず、基調講演を行ったThomas総局長、パネルディスカッションに参加したDavid Boublil CBAM・エネルギー・グリーン課税課課長補佐からのCBAMに関する説明のポイントは以下の通りである。(よくまとまっているプレゼンテーション資料については以下のリンクから入手可能。録画ビデオも以下より視聴可能である。)

EU presentaion 2023.11.13
ビデオ会議, ウェブ会議, ウェビナー, 画面共有
  • 本年2023年7月日本・EUの首脳は日EUグリーンアライアンスとして炭素価格についての議論を深めることに合意した(注1)。
  • EUの脱炭素を目指す中心政策は炭素価格すなわちETS(排出量取引制度)であり、それはEU経済の40%以上をカバーして排出削減の実効を上げている。その中で各事業所に割り当てられる排出上限枠は徐々に引き下げられる。
  • カーボン・リーケージ(国内生産が環境規制の緩い海外に移転すること)が起こるとEUの削減野心を損なうので、CBAMを企画した。ETS無償枠は徐々にフェーズアウトし(2026年から2034年)、CBAMが徐々にフェーズインする。
  • CBAMは財政施策でも貿易施策でもない、気候施策である。
  • CBAMはWTOルールに適合するように設計されており、適合性が確保されなければCBAMを提案することはなかった。
  • CBAMでは第三国で支払われた炭素価格はCBAM義務から控除する。日本がGXイニシアティブにより炭素価格にコミットしたことを歓迎する。
  • 日本はEUの重要な貿易パートナーであるが、CBAM対象はほぼ鉄鋼セクターに限られ、それは日本の対EU輸出の3%にすぎず、日本の鉄鋼生産のうち対EU輸出は1.5%にすぎない。
  • CBAMは本年2023年8月に実施細則(Implementation Regulation)が採択され本年10月から準備段階の施行が始まったが、それは2026年の本格施行のための学習期間である。
  • 日本を含めパートナー国との対話を進め、CO2排出量報告の算出方法を特定化・最終化する予定。なるべくパートナー国との互換性(compatibility)を確保し、できるだけ単純化して海外事業者の負担を軽くしたい。
  • 日本の炭素価格制度についてよく学習して、2026年の本格施行でCBAM調整からの控除がどのように効果的にできるか検討したい。
  • 移行期間で得られた情報を基に2026年の本格施行までにテーク・ストック(状況の評価)する予定。
  • CBAM対象セクターが現在の6分野から拡大するとしたら、限られたセクターで、ETS対象分野でカーボンリーケージのリスクのある分野に限られ、すべての製品が対象になるわけではない。すでに可能性ある分野として石油化学が言及されている。対象拡大するとすれば2030年から段階的に行われるだろう。
  • EUと日本はOECD Inclusive Forum for Carbon Mitigation ApproachesとG7 Climate Clubのメンバーであり、共に世界に炭素価格を拡げていきたい。
  • CBAM制度が日本企業にとって最小限の負担になるよう日本と十分協力して透明性を確保していきたい。
  • CBAMに適応することはチャレンジかもしれないが、グリーン市場の機会ととらえてほしい。

2. 経済産業省畠山産業技術環境局長によるポジション説明

続いて経済産業省の畠山産業技術環境局長からのスピーチのポイントは以下の通りである。

  • 日EUグリーンアライアンスの下でCBAMについて議論していくことになっており、今回欧州委員会として日本の経済界・政府と議論をされ、その声を今後の運用や制度設計に対応していただきたい。
  • WTO整合性の観点から、日本企業がEU企業に比べて過度な負担を負わないよう内外公平性確保が重要。
  • 10月からの報告義務は報告頻度や製品ースでの細かい報告などEU域内企業にない大きな負担。
  • ISOによる計算方法等を活用することで報告義務負担を少しでも軽減できるのではないか。
  • 報告で求められるデータの企業秘密の保護が必要。
  • 日本でもGX政策としてカーボンプライスの導入を決定し、GX-ETS(2026年度施行)やGX-Surcharge(2028年度施行)の設計をしており、また今後10年間で20兆円の日本政府の先行投資により官民合わせて150兆円のグリーントランスフォーメーション投資の動員を目指す。
  • 着実に成果を出す日本の政策は当然CBAMにおいても適切に評価されると信じる。
  • 日本とEUは信頼できるパートナーとして日EUグリーンアライアンスの下で建設的な議論を続けたい。

3. パネルディスカッションでの議論概要

その後、日本エネルギー経済研究所の柳美樹 環境ユニット気候変動グループ研究主幹、日本鉄鋼連盟の小野透 特別顧問をパネリストとして交え、筆者のモデレーターの下で上記EU側責任者と質疑応答、意見交換を行ったところ、その概要は以下の通り。

まず日本側(柳氏、小野氏、筆者、会場)からの質問、指摘に対しEU側から以下の回答があった。

・EU-ETSでは事業所ベースでのCO2排出量が測られるのに対してCBAMは製品ベースでの計測が求められ、差異があるところ、それは内外差別的ではないか。従ってWTO原則に反するのではないか。
→ 確かにETSとCBAMの対象領域は異なるが、移行期間の学習により本格施行時までには同等となるような方法論を確定したい。

・G7から委託を受けた国際エネルギー機関(IEA)においては、鉄鋼産業でのCO2排出量の計測に関してISO14404を含めて5手法を特定しているところ、CBAMの計測手法についてもハーモニゼーションが必要ではないか。
→ 国際標準化はEUとしても望むところであり、CBAMの運用においてISO14404、IEA、OECD Inclusive Forum for Climate Mitigation Approaches等と調整していきたい。

・欧州企業は無償排出枠が繰り越し(バンキング)できるので、2026年以降の本格施行の期間では、輸入製品は即時にCBAM支払いが必要になるのに対して欧州企業は繰越無償枠でオフセットできるので、内外差別的ではないか。
→ 無償枠の繰越はなくなる予定であり、この点誤解があれば後刻データで示したい。

・EU域内の産業にはETSの見返りに税制優遇や割引電力料金があり、これがネガティブ炭素価格(補助)になっていないか

・CBAM製品生産国である第三国の炭素価格の方がEU炭素価格より高い場合に返還はされないのか。

・移行期間は情報収集のためであるのに、その期間の報告義務違反にペナルティーを課すのは過酷ではないか。
→ 準備期間は情報、データ収集に協力してもらうための学習期間であり、そのためのペナルティーであり、まったく協力しないような悪質な業者にしかペナルティーは課さない。

・CBAM報告には企業秘密が含まれるところ、その漏洩を防ぐための法的措置はないのか。

・本格施行時には第三者機関による証明が求められるところ、証明機関はEU-ETS証明機関しか認められないのか。EU域外の機関も認められるべきではないか。
→ CBAM報告の証明機関はEU-ETS証明機関同様にEU当局によって認定されるものであり、国籍による差別はなく、実際に多くの機関はEUを越えてグローバルに活動しており日本でも利用可能である。

・対象セクターの拡大や下流製品の対象化は貿易上の大きな混乱をもたらさないか。
・対象セクターはどこまで拡大されるのか(非鉄金属、自動車、バッテリー、肥料以外のアンモニア、農業等)
→ 対象拡大は炭素強度が高く、カーボンリーケージのリスクが高く、制度管理可能なセクターのみが検討され、具体的候補は石油化学のみでそれも対象化するとしても2030年以降であろう。下流の自動車やバッテリーのような複雑製品の対象化は考えていない。非鉄金属については検討中で何とも言えない。アンモニアは使途の如何を問わず対象である。農業分野は考えていない。

・CBAM製品に付帯するカーボンクレディットはCBAM調整からオフセット/控除されないのか。
→ クレディットの扱いは検討中である。そのクレディット制度がどれだけ排出削減目的で信頼性があるかどうかを見ることになろう。

・日本のGX政策によるETS、化石燃料賦課金はEU制度と同等であるとしてCBAMから控除されるか。
→ 本日経済産業省から制度内容を聞いたところであり、GX制度も今後詳細制度設計が検討されると理解。CBAMから控除できるかどうか今後2年内によく対話して精査していきたい。2025年後半に二国間協定で対応する。

・他の貿易パートナーとの対話はどのような状況か、特に米国との関係は。
→ われわれは透明に対話を進めている。今回の対話ツアーでは、日本から始まり、韓国、中国を訪問する。だんだんトーンが厳しくなるのではないかと想定する(笑)。米国との関係ではGSA(Global Arrangement on Sustainable Steel and Aluminum)の議論をしており年内解決をめざしているが、まだ解決していない。(注:米国は鉄鋼、アルミ輸入についてトランプ政権時代から安全保障理由による関税を課しており、その撤廃のためにEUとの間で新たにGSAを締結することを求めている。いわばEUのCBAMと米国のGSAが対抗し合う関係にある。)

・スコープ2の間接排出はどうなるのか。
→ 間接排出も全部カバーできないか検討している。自家発電も検討必要。(注:電力以外の5セクターについて、移行期間では直接排出・間接排出の報告が義務付けられているが、本格施行期間では鉄、アルミ、水素に関しては直接排出のみが対象化されている。)

・欧州委員会でも企業からの相談に対応するが、日本政府はどうか?
→ (経済産業省高濵地球環境室長のコメント) JETROが、日本からのみでなく例えばトルコからの扱いなど相談に対応する。経済産業省としてもグリーンアライアンスとして連携していく。

4. 所感

以上の議論を聴いた上で、筆者の印象に残った点は以下の通りである。

第一に、EUはCBAM制度の基になるカーボンプライシング(EU-ETS)に自信を持っており、これを世界に拡め、世界の気候イニシアチブをリードしようとしている。CBAMは論議のある制度であるが、カーボンプライシングの一環であるとして、この制度と気候コミットメントの世界のリーダー役を演じている。気候政策リーダーの面目躍如といったところである。この気概で世界主要国と渡り合う姿勢には感嘆を禁じ得ない。

第二に、EU側は日本を非常に頼りにしていることが感じられた。CBAM制度に対しては世界の貿易パートナーから批判的な反応がある中で、準備段階の施行が始まったところである。EUとしては、気候政策として炭素価格制度の一環であるCBAM制度については世界の貿易パートナーからの支持を得たいところであるが、EUはグリーンアライアンスを初めて日本と合意したように、日本に対する期待は強い。今回のトーマス総局長の極東ミッションも日本、韓国、中国と回る予定にしており、ハードライナーである中国を最後にして先ず日本との関係を強化しようとしたのであろう。米国との間でも議論の決着をみていないようである。やりとりの中でも、日本側の問題提起に対して真摯に聞く耳を持ち、今後の本格施行までの制度改善を約束していた。

第三に、CBAM制度の運用は、まだ準備途上にあり、今後の本格施行に向けて内外の関係者との対話を継続しつつ制度の詳細設計が決まっていくようである。このようなevolvingな政策立案・施行のプロセスは日本ではあまりなじみがない。日本側関係者からは、制度の詳細も決まっていない(本年2023年8月に公表された実施規則でも不明な部分が多いと指摘される)段階で、準備段階とはいえ(報告義務違反への)ペナルティー付きの施行をスタートするのはいかがなものかとの反応がある。この辺はカルチャーの違いによる面もあるが、筆者としては、政策ベンチャーとでも言うべきCBAM制度(その趣旨・目的は支持すべきもの)を世界初めて導入したEU関係者には敬意を表したい。日本においても現在GX制度の設計がなされているところであり、EUのCBAM、ETS制度はその内容、プロセスとも参考になるものであろう。

第四に、日本の立場として、日EUグリーンアライアンスを体現して、日本産業界への悪影響のないよう注文はつけつつ、CBAM制度が適切に受け入れられるよう協力し、日本のGX政策の設計も含めてCBAM制度との親和性、同等性を確保するようにすべきである。今回のようにEU側と率直かつ建設的に対話することはEU側も望んでいるところであり、このような関係が日EUグリーンアライアンスの目指す姿である。今回はEUのCBAMに対して日本側が意見を述べる立場であったが、今後日本のGX政策のETS、賦課金制度の詳細設計に当たってEU側と意見交換することで日本の政策もより良きものになるだろう。もちろん、EUとの政策的同調を目指すにしても、脱炭素という目標を共有しつつもおのおのの国の事情に照らしたvarious pathwayを追求することは、日欧ともアジア諸国の信認を維持するためにも必要であろう。

注:文中の各者の発言に関する部分は筆者の理解に基づくものである。

2023年11月30日掲載

この著者の記事