パンデミックが海外生産に及ぼす影響

張 紅詠
上席研究員

新型コロナウイルスの感染拡大(パンデミック)は海外生産と国際貿易に大きな影響を与えた。本稿では、「海外現地法人四半期調査」の集計データを用いて、特に2020年第2四半期において日本企業の海外生産とサプライチェーンがパンデミックの悪影響を受けたことを示す。2020年第4四半期には日本の製造業関連の海外現地法人の売上高はほぼ回復し、多国籍企業の海外生産とサプライチェーンの回復力を示唆しているが、国によって回復に大きな差がある。

パンデミックは、世界経済に大きな影響を与えた。2020年の世界の実質GDPは3.6%減少し、世界の商品貿易は5.3%減少し、海外直接投資(FDI)のフローは42%減少した(注1)。サプライチェーンが寸断され、需要と供給双方のショックがサプライチェーンを通じて伝わり、国境を越えて伝播した。Baldwin and Tomiura (2020)が指摘するように、パンデミックは経済、医学の両面で伝染性を持つ。コロナウイルス拡大を抑えるため、多くの国において人々や企業に何らかの制限を課されていた。これまでの研究において、パンデミックはグローバルなサプライチェーン(Baldwin and Freeman, 2020; Bonadio, Huo, Levchenko, and Pandalai-Nayar, 2020)、国際貿易(Hayakawa and Mukunoki, 2021)、グローバル企業の主観的不確実性(Chen, Senga, and Zhang, 2021)の面で大きな負の影響を及ぼしたことが示されている。

日本企業は、FDIやグローバルバリュー・チェーン(GVC)の重要な牽引者かつ参加者であるため、海外生産やサプライチェーンはパンデミックによる大きな打撃を受けた。筆者は、「海外現地法人四半期調査」データを用いて、パンデミックが世界の生産に与えた影響について分析した(Zhang, 2021)。

海外現地法人の売上への影響

以下では、主要国における(日系企業の)現地法人の業績にパンデミックが及ぼす影響を示す。図1は、感染者数(対数)と現地法人の売上高の前年同期比の関係を示したものである。各国の感染者数に対する売上高の対前年同期比を見ると、各四半期において感染者数の増加に伴って売上高が大きく減少していることがわかる。つまり、特に第2四半期において、感染者数と主要国における現地法人の売上高とは有意に負の相関関係にある。2020年第1四半期では、(香港を含む)中国とブラジルの売上高が前年同期比で約20%の大幅な減少となったが、台湾とシンガポールの売上高は増加した。第2四半期においては、中国がパンデミックの影響からほぼ回復したものの、それ以外の国の海外現地法人の売上高が大幅に減少した。特に、インド、ブラジル、インドネシアは最大の下げ幅を示した。重要なのは、第1四半期と第2四半期の回帰直線を見ると、2020年第1四半期から第2四半期にかけて感染者数と売上高成長率との間の負の相関関係が、非常に強くなっていることである。このことは、中国以外の主要国でパンデミックの状況と海外現地法人の業績が悪化したことを示唆している。第3四半期では、中国における現地法人の売上高が引き続き増加した。それ以外の国の状況は第2四半期に比べて改善したが、ほとんどの国ではまだ売上高が大幅に減少している。第4四半期には、ほとんどの国で日系企業の現地法人の売上高は回復したが、国間のばらつきが大きく、パンデミックからの回復に差があることがうかがえる。

図1.国別の感染者数と売上高
図1.国別の感染者数と売上高
注:Corr.は相関係数。CHN (中国、香港を含む), IDN(インドネシア), MYS(マレーシア), PHL(フィリピン), THA(タイ), VNM(ベトナム), KOR(韓国), SGP(シンガポール), TWN(台湾), IND(インド), USA(アメリカ), DEU(ドイツ), FRA(フランス), GBR(イギリス), NLD(オランダ), BRA(ブラジル), MEX(メキシコ)。
出典:経済産業省「海外現地法人四半期調査」およびJohns Hopkins Coronavirus Resource Centerをもとに筆者が作成。

サプライチェーンの寸断と回復

パンデミックは地域的にも世界的にもサプライチェーンを寸断させた。図2は、2019年第1四半期から2020年第4四半期までの海外現地法人の日本向け輸出の前年同期比の変化を地域別に示したものである。2020年第1四半期は、中国での急速な新型コロナウイルス感染拡大により、中国にある現地法人から日本向けの輸出が前年同期比17.8%と大幅に減少している。日本企業のサプライチェーンは中国に大きく依存しているため、コロナショックは日中貿易に大きな打撃を与えた。一方、ASEAN、新興工業国(NIEs)、北米、欧州の対日輸出は、それぞれ前年同期比0.7%、44.5%、7.4%、11.7%の増加となった。NIEs、特に韓国と台湾の急激な増加は、第1四半期に中国からの輸入が寸断したことによる代替効果を反映したものと考えられる。しかし、2020年第2四半期は、現地法人の中国での売上高がほぼ回復し、前年同期比6.7%増となったものの、日本向けの輸出は前年同期比12%減と引き続き減少している。また、ASEANや欧州などの中国以外の地域では、さらに状況が悪化した(前年同期比約-20%)。また、重要な新しい調達先として期待されているASEANも大きく減少した。ASEANと日本の間のサプライチェーンも危機的状況にあった。2020年第4四半期には、ROW(アフリカ、オセアニア、南米の国々)を除くすべての地域で、日本向けの輸出が回復していた。

図2.日本への輸出(前年同期比、%)
図2.日本への輸出(前年同期比、%)
注:中国は香港を含む。NIEsは韓国、台湾、シンガポールを指す。ROWには、アフリカ、オセアニア、南米の国々を指す。
出所:「海外現地法人四半期調査」により筆者作成。

同様に、図3は、2020年第1四半期から第2四半期にかけて日本の製造業の海外現地法人から第三国への輸出が急激に減少したことを示している。重要なのは、その影響が日本向けの輸出に比べてはるかに大きかったことである。平均すると、第1四半期と第2四半期の第三国への輸出の前年同期比は、それぞれ-9.5%と-33.4%であったのに対し、同期間の日本向けの輸出の前年同期比は-5.5%と-16.5%であった。海外現地法人の第三国への輸出は、2020年第3四半期には回復傾向にあったが、パンデミック以前の水準には戻らなかった。また、ASEANを拠点とする現地法人の第3四半期の回復率が最も低いことも注目に値する。第3四半期の日本向けの輸出は前年同期比7.2%減であったが、第三国への輸出は前年同期比24.7%減と大幅な減少であった。これは、第三国での負の需要ショックが、日本と比べてはるかに大きかったことを示唆している。2020年第4四半期には、第三国への輸出はすべての地域でほぼ回復した。

図3.第三国への輸出(前年同期比、%)
図3.第三国への輸出(前年同期比、%)
注:中国は香港を含む。NIEsは韓国、台湾、シンガポールを指す。ROWは、アフリカ、オセアニア、南米の国々を指す。
出所:「海外現地法人四半期調査」により筆者作成。

政策的インプリケーション

新型コロナウイルスのパンデミックによっては海外生産が大きく変化する可能性が高い。UNCTAD(2020)は、リショアリング、多様化、地域化が今後数年間のGVCの再編をもたらすと指摘している。本稿では、ポストコロナの時代における海外生産とサプライチェーン戦略の再評価について、いくつかの政策的インプリケーションを示したい。サプライチェーンの中国依存を減らすため、日本政府は2020年4月、製造業関連企業が生産拠点を国内に回帰させる目的で2,200億円(20億ドル)、ASEAN諸国への生産拠点移転のために235億円(2億ドル)を含む財政刺激策を承認した。しかし、中国は感染拡大を抑制し、2020年第2四半期以降、サプライチェーンや経済活動は回復している。一方、日本、ASEAN、ROWはパンデミックの大きな影響を同じタイミングで受けた。Bonadio, Huo, Levchenko, and Pandalai-Nayar, (2020)が示すように、グローバルサプライチェーンを国内回帰することにより、パンデミックが引き起こす労働供給縮小に対してのレリジアンスが各国で高まるわけではない。したがって、サプライチェーンの寸断や災害に対して企業や経済をより強靱化するためには、生産やサプライチェーンの移転ではなく、調達や販売における地理的な多様化なのである。グローバルサプライチェーンのレジリエンスは、ショックの影響を抑えるための在庫の確保、代替しやすいような中間財の標準化、地域別・サプライヤー別のリスク管理、サプライヤー別復旧時間の評価などを行うことで改善できる(Miroudot, 2020)。今後は、より頑健で強靱なサプライチェーンの構築を目指す企業努力を支援するような政策が必要となる。

本稿の主な内容は、経済産業研究所(RIETI)のディスカッションペーパーとして発表されたものです。

本稿は、2021年9月13日にwww.VoxEU.orgにて掲載されたものを、VoxEUの許可を得て、翻訳、転載したものです。

本コラムの原文(英語:2021年9月27日掲載)を読む

脚注
  1. ^ 出典:IMF、WTO、UNCTAD
参考文献
  • Baldwin, R and E Tomiura (2020), "Thinking Ahead About the Trade Impact of COVID-19," in R Baldwin and B Weder di Mauro (eds), Economics in the Time of COVID-19, CEPR Press.
  • Baldwin, R and R Freeman (2020), "Supply Chain Contagion Waves: Thinking Ahead on Manufacturing Contagion and Reinfection from the COVID Concussion," VoxEU.org, 1 April.
  • Bonadio, B, Z Huo, A Levchenko, and N Pandalai-Nayar (2020), "Global Supply Chains in the Pandemic," NBER Working Paper No. 27224.
  • Chen, C, T Senga, and H Zhang (2021), "Measuring Business-Level Expectations and Uncertainty: Survey Evidence and COVID-19 Pandemic," Japanese Economic Review 72(3): 509–532.
  • Hayakawa, K and H Mukunoki (2021), "Impacts of COVID-19 on International Trade: Evidence from the First Shock," Journal of the Japanese and International Economies 60: 101135.
  • Miroudot, S (2020), "Resilience Versus Robustness in Global Value Chains: Some Policy Implications," VoxEU.org, 18 June.
  • UNCTAD – United Nations Conference on Trade and Development (2020), World Investment Report 2020.
  • Zhang H (2021), "The Impact of COVID-19 on Global Production Networks: Evidence from Japanese Multinational Firms," RIETI Discussion Paper 21-E-014.

2021年10月12日掲載

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