世界最大の開発途上国である中国では、日本などの先進国を上回るペースで高齢化が進んでいる。労働力不足と労働コストの上昇を受け、中国企業は産業用ロボットや自動化技術などの導入を迫られている(注1)。この傾向をさらに加速させているのが、新型コロナウイルス感染症の感染拡大である。中国にとって日本は、少子高齢化と先進的なロボット工学技術のどちらにおいても、重要な経験を有する国である。中国におけるロボット市場の拡大は、日本企業にとって貿易投資の分野できわめて大きな可能性を生み出すものと考えられる。本稿は、中国におけるロボット導入に関する事実をいくつか取り上げ、ロボットをめぐる日中間の貿易投資の拡大の可能性についての予測を試みるものである。
中国におけるロボット市場の拡大
中国は、産業用ロボットの世界最大のユーザーであり、最も勢いのある市場でもある。産業用ロボットのグローバル市場では中国向けが約4割を占めている。図1は、中国における産業用ロボットの年間導入台数を示したものである。国際ロボット連盟(IFR)によれば、中国におけるロボットの新規導入台数は2019年には14万500台に達し、2014年(5万7000台)の倍以上となった(注2)。新型コロナウイルス感染症の感染拡大により、2020年第1四半期に中国経済は深刻な打撃を被ったものの、その後2020年第2四半期に急速な回復を見せた。中国国家統計局(NBSC)によれば、新型コロナウイルス感染症の影響があったにもかかわらず、中国におけるロボットの新規導入台数は2020年に20.7%も増加している(注3)。
さらに、2016年には、中国の産業用ロボットの稼働台数が日本を抜いて世界最多となった。中国の2019年の稼働台数は約78万3000台に達し、これは二位の日本の台数(35万5000台)の倍以上に相当する(注4)。ただし、中国の製造業におけるロボットの導入比率は依然としてかなり低い水準にとどまっていることは注目に値するだろう。2019年の時点で、中国における労働者1万人当たりのロボット導入台数は187台だったのに対し、日本では364台、韓国では855台となっている。つまり、中国においては依然としてロボットや自動化の導入を進める余地が大きいということになる。
日中間のロボット貿易
ロボットの導入に関して、中国企業は輸入に大きく依存している。2019年に中国で新規導入されたロボットの約71%が外国のサプライヤーから輸入されたものだった。近年、中国は日本製産業用ロボットの最大の輸出先になっている。図2は、日本製産業用ロボットの対世界輸出総額と、そこに占める中国向け輸出のシェアを示したものである。日本の輸出総額は年間約2000億円となっている。重要なのは、中国向けのシェアが2016年の27%から2020年には36%に拡大している点である。台数ベースでは、日本は2020年に5万4545台のロボットを中国へ輸出しており、これは日本製産業用ロボットの輸出台数全体の43%に相当する(注5)。米国向けの実に2倍以上である。しかし、米国やその他の先進国向けの輸出に比べて、中国に輸出されるロボットは単価が低い。6桁のHSコードでの分類による輸出統計品目では、米国向けロボットの単価を1とした場合、中国向けロボットの単価はわずか0.65にとどまることがわかる。このことから、中国は比較的品質の低い産業用ロボットを日本から輸入しているといえる。中国と米国では輸入するロボットの種類が大きく異なる可能性も考えられるが、これについてはデータが入手できないため明言はできない。
先進国と同様、中国でも産業用ロボットの最大のユーザーは自動車産業である。電気自動車、電子機器、機械、医薬品などさまざまな分野で急速に自動化が進むのに伴い、中国は今後3~5年で高品質の日本製産業用ロボットの輸入を増やすものと予想される。
日本の対中投資
中国における需要の急拡大は、当然ながら、日本のテクノロジー企業による対外投資を誘引している。日本の複数の産業用ロボットメーカーが中国での大規模投資を決定したとの報道もある。安川電機は現在、江蘇省で年間1万8000台の産業用ロボットを生産しており、さらに40~50億円を投じて新たな工場を建設する計画である。産業用ロボット用のモーターや部品の生産も、2022年度から開始する見通しである(注6)。さらに、中国の産業用ロボット市場で最大のシェアを有するファナックは、上海のロボット工場の規模を5倍に拡大するべく、2021年に過去最大となる260億円を投資する予定である(注7)。これらのプロジェクトは、中国の生産能力を大幅に増加させるだろう。
国際貿易理論によれば、対外直接投資はいずれ輸出に取って代わると予想される。つまり、日本企業による中国での現地生産が拡大すれば、日本からの中国向け輸出が減少する可能性がある。しかし、ロボットの日中貿易においては、高品質の製品や主要部品、コンポーネントは、引き続き日本国内で生産され中国に輸出されると考えられる。一方、比較的低品質の製品は中国で現地生産されるだろう。中国が世界最大の市場であることを考えると、日本企業による輸出と現地生産はいずれも今後3~5年は増加していくと予想される。
政府による政策
近年、中国政府は産業用ロボットの生産・利用を積極的に推進している。たとえば「中国製造2025」計画(2015年開始)とロボット産業発展計画(2016年発表)では、2020年までに年間10万台の産業用ロボットを生産し、労働者1万人当たりロボット150台の導入比率を達成するという国家目標を設定している。前述のように、中国は2019年にこの目標を達成した。さらに、外国企業による「中国製造2025」への参加を促すため、中国政府は2015年と2017年に外商投資産業指導目録(Catalogue of the Guidance of Foreign Investment Industries)を改訂している。このような産業政策を通じて、中国企業にはロボットや自動化技術の生産と導入へのインセンティブが与えられている。
Cheng, Jia, Li, and Li (2019)は、中国メーカー1115社を対象に実施された2016年の調査に基づいて、ロボットを利用している96社のうちの15%が政府によるロボット導入補助金の交付を受けたと報告している。中国の上場企業データベースに基づく筆者の見積もりでは、ロボットの研究開発や導入のための補助金対象プロジェクトの数は、2015年には47件だったのが2019年には139件に増えている。上場企業を対象としたロボット関連の政府補助金の総額は、2015年の46億元から2019年には154億元に増加した。このように、政府による政策が中国企業によるロボットの研究開発や製造、導入に貢献している可能性がある。
中国政府は自国企業によるロボットの研究開発と製造を対象に助成を行っているが、現段階では、近い将来に中国のロボットメーカーが日本など外国のメーカーに取って代わる可能性は低そうである。中国メーカーは市場シェアを伸ばしてはいるが、その主な供給先は依然として国内市場にとどまっている。しかし、中長期的に見れば、他の製造分野同様、中国メーカーは外国のメーカーに追い付き、国内そして国際市場でのシェアを拡大させていくだろう。
日中両国において、主要部門及び主要製品をめぐる国家安全保障上の懸念が、ロボット関連の貿易投資に悪影響を及ぼす恐れがある。中国政府は「双循環戦略」の下、補助金や税制上の優遇措置などを通じて、自国企業によるロボット製造を引き続き後押ししている。一方、日本政府は先端技術や機器の輸出規制を強化している。筆者の見解では、国家安全保障の内容と範囲をしっかりと定義する必要があるように思える。「国家安全保障」を口実として貿易投資が抑制されることがあってはならない。日中のロボット関連の趨勢や政策に注視しつつ、引き続きこれらの問題に取り組んでいきたいと考えている。