新型コロナ・ワクチン接種の個人レベルでの便益・リスクの比較考量

吉田 泰彦
理事

新型コロナウイルス感染症対策の主要な柱として、世界各国でワクチンの接種が進められている。わが国でも、一般的に、新型コロナ・ワクチン接種については、一定の副反応があるものの、ワクチン接種による便益(メリット)が、副反応のリスクより大きいとして、政府や医療機関等により積極的な接種が勧められている。実際に、高齢者の2回接種完了者が2,353万人を超えて接種率が66.3%、国民全体での2回接種完了者が3,147万人を超えて接種率が24.8%となる(2021年7月26日公表ベース)など、関係者の努力によって新型コロナ・ワクチンの接種が相当程度進展してきている(首相官邸ウェブサイト)。

一方、日本よりも接種の進んでいる多くの国で、国民全体におけるワクチン接種ペースの鈍化が指摘されており、国にもよるが接種率が5割前後に達した後、接種率の上昇ペースが鈍っている(札幌医科大学医学部付属フロンティア医学研究所ゲノム医科学部門ウェブサイト)。ワクチン確保の問題などもあるが、報道などを見ると、ワクチンを自らが接種することについて懐疑的な人々の存在がうかがわれる。日本についても、若年層を中心とする国民に対してワクチン接種を促す取り組みが今後求められる可能性が指摘されている。

また、実際、経済産業研究所の関沢洋一上席研究員は、橋本空先生、越智小枝先生、宗未来先生、傳田健三先生とともにどのような人々が新型コロナウイルスのワクチン接種に対する抵抗感を持っているかについての実態把握を行い、女性、高齢者以外、社会経済状況が低い人々、他人を信用しない人々、うつや不安の傾向がある人々はワクチン接種に否定的な傾向が見られたとしている(関沢・橋本・越智・宗・傳田(2021))。具体的には、2021年4月下旬にインターネット調査を行うこと等により、性別、年齢、学歴、同居家族構成、就業状態、世帯収入、預貯金額、BMI、基礎疾患、最も重視する情報源、一般的信頼、うつ、不安、コロナへの恐怖、居住地を説明変数とし、ワクチン未接種の人々に対して「接種するつもり」「接種しないつもり」「まだ決めていない」の3つの選択肢からなる接種意欲の質問への回答を被説明変数とし、「接種するつもり」を参照グループとして、多項ロジスティック回帰分析を行っている。

その結果は、以下の通りであった。すなわち、まず、まだ接種していない人々(11,637名)のうち、「接種するつもり」は60.9%で、「まだ決めていない」が30.1%、「接種しないつもり」が9.0%であった。そして、「接種するつもり」の人々に比べて、「まだ決めていない」人々は、女性、低学歴者、低所得者、預貯金額の少ない人々、うつ傾向がある人々、やせている人々で多く、高齢者、夫婦のみの世帯、高血圧か脂質異常症の人々、最重視する情報源がテレビ(NHK)の人々、他人を信用する人々、新型コロナへの恐怖が強い人々で少なかった。また、「ワクチンを接種しないつもり」と回答した人々は、女性、低学歴者、預貯金額の少ない人々、全般的な不安傾向がある人々、新型コロナへの恐怖の小さい人々、やせている人々で多く、高齢者、夫婦のみの世帯、高血圧か脂質異常症の人々、最重視する情報源がテレビ(NHK)の人々、他人を信用する人々で少なかった。

なぜ、このようにワクチンを接種することについて懐疑的な人々が存在するのであろうか。ワクチン接種を忌避する傾向については、「ワクチンへの躊躇(vaccine hesitancy)」として新型コロナウイルス感染症の流行前から国際的に議論されており、WHOの作業部会の報告書は、3C、すなわち信頼、(ワクチン接種をしなくとも現状で満足とする)自己満足、利便性(confidence, complacency, convenience)がワクチンへの躊躇を決定する要因であるとするモデルがこの問題の複雑性を理解するために有用であると指摘している(WHO Strategic Advisory Group of Experts on Immunization Working Group(2014))。さらに、同報告書は、ワクチンへの躊躇の決定要因を①状況による影響(contextual influences)、②個人・集団の影響(individual and group influences)、③ワクチン・ワクチン接種に特有の問題(vaccine/vaccination-specific issues)に分類し、それぞれに関係する要素を抽出している。また、2014年に欧州各国を対象に行ったパイロット・サーベイでは、ワクチンへの躊躇の3大理由として、①健康や予防に関する信念、態度、動機、②ワクチンのリスク・便益(リスクの認識、経験(経験則))、③コミュニケーション及びメディア環境を指摘し、主要課題は、ワクチン接種の副反応へのおそれ、ワクチンへの不信、ワクチンによって予防できる疾病のリスク認識の欠如、メディアにおける反ワクチン接種のレポートの影響であるとしている。新型コロナウイルス感染症との関係でも、こうした知見を生かすことなどにより、適切な分析・対応を行うことが期待される。

この小稿では、新型コロナ・ワクチンへの躊躇について、WHOの作業部会でも重要な論点として言及されているワクチンの便益とリスクの比較考量について取り上げたい。具体的には、冒頭で述べた「ワクチン接種による便益が、副反応のリスクより大きく、新型コロナ・ワクチン接種が望ましい」という説明に関して、社会全体の公衆衛生のために望ましいのみならず、個々人にとっても望ましいのか、エビデンスを伴った情報が必ずしも浸透していないことが新型コロナ・ワクチンへの躊躇の理由の一部になっているのではないか、との問題意識から、そうしたエビデンスや、その情報提供、コミュニケーションに関する考察を記してみたい。

コロナウイルス感染症の発症率、重症化率、死亡率やワクチンの副反応の発生率には年齢等によって差があることが指摘されている。新型コロナウイルス感染症と診断された人の中で、30代と比較すると10代は重症化率は0.2倍、20代は0.3倍であり、60代の25倍、70代の47倍に比較して重症化率は格段に小さい。死亡率では、2020年6月以降に診断された人の中では死亡する人の割合は50代以下で0.06%であり、10代、20代ではこれよりもさらに大幅に小さい比率となっている(厚生労働省ウェブサイト)。

ワクチン接種は集団免疫を獲得して社会全体として感染の拡大を防ぐために重要であると強調されるが、これだけ年代によるワクチン接種の便益に大きな差があることを踏まえると、個人で見た場合にも、年代に限らず、新型コロナ・ワクチン接種は便益がリスクを上回っているか明確にして広報され、広く理解されることが重要になっていると思われる。少なくとも筆者の耳目に触れる情報の範囲では、一般に重症化の確率や死亡率が低いとされる若年層の個人の単位で見ると便益とリスクのどちらが大きいかについて的確な情報が浸透していないのではないか?という疑問が残っていた。

この論点について調べたところ、2021年6月23日に米国疾病管理・予防センター(CDC)で開催された米国の予防接種の実施に関する諮問委員会(ACIP)(注1)において、メッセンジャーRNA(mRNA)新型コロナ・ワクチン(注2)の青少年にとっての便益とリスクの比較を米国の状況に照らしてなされた報告等が行われていた(Wallace and Oliver(2021), Shimabukuro(2021)など(注3))。そのうちの興味深いデータについて以下に報告する。なお、ワクチン接種の副反応については、米国ではワクチン副反応報告システム(VAERS)が導入されている。医療関係者による報告が義務化されているのみならず、患者本人や親からの報告が可能であり、患者の副反応の訴えがあれば、そのまま反映されるものとなっている(米国保健福祉省ウェブサイト)。

米国において、新型コロナウイルス感染症に関して、ファイザー製のmRNA新型コロナ・ワクチンは16歳以上を対象として95%の発症予防効果があるとされ、モデルナ製のmRNA新型コロナ・ワクチンは18歳以上を対象として94.1%の発症予防効果があるとされる。これに対し、米国における感染の状況は、2021年4月1日から6月11日の間を見ると、人口10万人あたりの感染例の報告数は12歳から29歳が他の年代に比べて最も多くなっており、パンデミックの発生以来この年齢層で少なくとも770万人の感染例が報告されている(注4)。その中で、米国では12歳から29歳までの感染例のうち、新型コロナ関連での死亡が2,767例報告されている(注5)(急性期以降の継続的な症状についての指摘もあるが、ここでは割愛する。)。また、新型コロナウイルス感染を診断された運動競技選手(ビッグ10コンファレンスの大学所属)1,597人のうち2.3%は新型コロナウイルス心筋炎の診断がなされたと指摘する研究が紹介されている(Daniels, Rajpal, Greenshields, et al.(2021))(ただし、そのうちの臨床診断レベル未満のもの(全体の約3分の2)の扱いについては議論があるとされている(Clark, Parikh, Dendy, et al.(2021)。)。

一方、mRNA新型コロナ・ワクチンの副反応については、ACIPでは、接種の後のめまい、頭痛、吐き気、発熱、倦怠感、寒気、痛み、失神、多汗、嘔吐などの副反応が報告され、特に副反応に関連して考慮すべきものとして、心筋炎および心膜炎という心筋炎関連事象が特定されている。心筋炎は、同ワクチンの2回目の接種後1週間程度で急性の症状が見られやすく、29歳以下の男性に多いと報告されている(注6)。同ワクチン接種後に見られる心筋炎に関するこれまでの報告によれば急性症状(胸痛が多い)の実際は良好であり、入院例は多くあるものの、短期の入院にとどまっている。実際に、心筋炎と心膜炎を併せて6月11日までのデータで見ると、29歳以下のmRNAコロナ・ワクチン接種後の心筋炎・心膜炎の暫定的な症例報告484例のうち、323例がCDCが現在適用中の心筋炎・心膜炎の定義に合致すると確認されており、そのうち309例が入院したものの、295例はすでに退院済み、かつ218例は回復済みであり、入院継続中は9例(うち2例がICU)にとどまっており、死亡例は報告されていない(5例はこれら分類のデータなし)。

ACIPにおける報告で、Wallace博士およびOliver博士は、こうした状況をまとめて、以下の推計を示している。

表:mRNA新型コロナ・ワクチン第2回接種100万回あたりの接種後120日間の便益とリスクの推計
(入院、ICU、死亡に関しては2021年5月22日の週のデータに基づく)
便益 リスク
新型コロナ感染回避 入院回避 ICU治療回避 死亡回避 心筋炎
女性(12-17歳) 8,500例 183例 38例 1例 8-10例
男性(12-17歳) 5,700例 215例 71例 2例 56-69例
女性(18-24歳)  14,000例 1,127例 93例 13例 4-5例
男性(18-24歳) 12,000例 530例 127例 3例 45-56例
女性(24-29歳) 15,000例 1,459例 87例 4例 2例
男性(24-29歳) 15,000例 936例 215例 13例 15-18例

こうした予測を示した上で、両博士は、一層のデータの必要性やモニタリングの継続の必要性にも触れつつ、現時点で、青少年に対するmRNA新型コロナ・ワクチンは便益がリスクを明確に上回っているとしている。

直近1カ月の人口100万人あたりの感染者数は、日米で4倍弱の違いがある(札幌医科大学医学部付属フロンティア医学研究所ゲノム医科学部門ウェブサイト)。また、日本においては、2020年6月以降に診断された人の中では、重症化する人の割合は約1.6%、死亡する人の割合は約1.0%(50歳代以下で0.06%、60歳代以上で5.7%)である。そして、2020年6-8月の間で診断された人のうち重症化する人、死亡する人の割合は10-19歳でそれぞれ0.00%、0.00%、20-29歳で0.03%、0.01%である(厚生労働省ウェブサイト)。このため、日本では米国の推計で示された便益まではないかもしれないが、それでもmRNA新型コロナ・ワクチン接種には大きな便益が期待できるであろう。一方で、心筋炎は同ワクチン接種との因果関係が疑われるところ、そのリスクは日本においてはファイザー製同ワクチンについて100万回接種あたり0.5件、モデルナ製同ワクチンについて100万回接種あたり1.0件となっている(注7)(厚生労働省(2021))。そして、心筋炎の具体的なリスクは発症しても軽症であることが多く、国内においても因果関係が疑われる若年男性に係る事例では全例軽快または回復が確認されている。このように考えれば、現在日本で使用されているファイザー製、モデルナ製という2種類のmRNA新型コロナ・ワクチンは、個人のレベルで、一般的に、若年層で考えても、便益がリスクを上回ると理解することができるのではないか。

「ワクチンへの躊躇」を乗り越えていくためには、的確なエビデンスの存在に加えて、国民への情報提供、コミュニケーションの在り方が重要である。接種率の向上を図っていくに当たっては、国民に説得力のある情報が認識される必要性の観点から、こうした個人ベースの便益とリスクのデータも十分に浸透して、その比較考量について十分な理解が得られることが重要であろう。ACIPにおける今回の報告は日本でも一部で関心を集めたが、一般に広く知られるには至っていないようである。また、日本の状況についても副反応疑い報告については上記の審議会資料として逐次情報が公開されており、心筋炎関連事象に限らず、アナフィラキシー疑いの報告などが整理して示されており、こうした情報がしっかりと国民に浸透することが期待される。

最後に、新型コロナウイルス感染症に関して、国民に対する情報提供、コミュニケーションの取り組みは、さまざまな観点から適切になされていくことが今後ますます重要になっていくであろうことから、これに関連して示唆となり得るものを記しておきたい。

まず、ACIP開催の際には、専門家間の議論が行われ、関連の会議資料が公表されることに加えて、同日に米国保健福祉省はプレスリリースを発出し、国内の指導的な医師、看護師、薬剤師、公衆衛生関係者の連名によるワクチンの便益に関する声明を発表して国民への呼びかけを行っている(Levine, Walensky, Stewart, et al.(2021))。

また、米国の国立アレルギー・感染症研究所のAnthony Fauci所長は、米国公共放送ニュース番組のインタビューで、より多くの人が新型コロナ・ワクチンの接種を受けるために、政府関係者ではなく、信頼されるメッセージ伝達者となる人物、すなわち、地域の医師、医療ケア提供者、聖職者、地域を代表する人物からの発信が重要であることを指摘している(Fauci所長インタビュー)。

さらに、経済産業研究所の大竹文雄ファカルティフェロー(大阪大学特任教授)は、佐々木周作先生、齋藤智也先生とともに、新型コロナウイルス感染症・発症予防ワクチンの接種意向を、人々の自律性を阻害することなく強化できるのはどのような表現のナッジ(注8)・メッセージなのかを研究している(佐々木・齋藤・大竹(2021))。具体的には、2021年3月、1,595名を対象にしたオンライン・サーベイ実験を日本で実施して、「あなたのワクチン接種が周りの人のワクチン接種を後押しする」と伝えるメッセージが高齢層で接種希望者を増やす効果を持つことが分かった。同じ内容を「あなたが接種しないと周りの人のワクチン接種が進まない」と損失表現で伝えるメッセージや「同年代の10人中X人が接種すると回答している」と伝えるメッセージは、すでに接種を受けるつもりでいた高齢層の意向をさらに強化することが分かった。ただし、損失メッセージからは閲覧者の精神的負担を強める可能性も示唆された。

厚生労働省は、2020年10月に開催した審議会の資料において、「ワクチンの接種に当たっては、ワクチンの特性に加え、接種対象となる者の年齢や医学的な背景等を踏まえた新型コロナウイルス感染によるリスクを勘案し、総合的に接種の判断をすることができるよう情報提供することが必要である。」「ワクチンの有効性及び安全性について、国民のワクチンに対する認識を理解し、的確で丁寧なコミュニケーション等により、幅広く理解が得られるよう取組む。」としている(厚生労働省(2020))。新型コロナウイルス感染症への対処の重要な取り組みとして、引き続き充実した情報提供、コミュニケーションが期待される。

*本コラムに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

脚注
  1. ^ 米国の予防接種の実施に関する諮問委員会(Advisory Committee on Immunization Practices(ACIP))は、保健社会福祉省長官及び疾病管理予防センター所長に対して助言と提案を行う機関である。
  2. ^ 日本で使用されているファイザー製およびモデルナ製の新型コロナ・ワクチンは、いずれもメッセンジャーRNA(mRNA)新型コロナ・ワクチンである。
  3. ^ ACIPの当日の資料全体は以下から入手可能である。
    https://www.cdc.gov/vaccines/acip/meetings/slides-2021-06.html
  4. ^ 新型コロナへの感染のリスクについては、行動様式の影響も大きいことなどから、米国の状況がそのまま日本にも該当するとは限らないと考えられる。
  5. ^ 新型コロナへの感染をした後の重症化や死亡のリスクについては、医療サービスの質やアクセスにも影響を受けること等のため、米国の状況がそのまま日本にも該当するとは限らないと考えられる。
  6. ^ 心筋炎は一般的には心不全徴候、心膜刺激による胸痛、心ブロックや不整脈といった心症状が出現することがある疾病である(日本循環器学会(2009))。
  7. ^ 6月27日までの一般接種のデータ等に基づいており、ファイザー製については1回目接種26,238,793回、2回目接種12,979,993回の合計、モデルナ製については1回目接種936,696回、2回目接種22,469回の合計に対する心筋炎・心膜炎の報告件数の割合である。
  8. ^ ナッジについては、当該論文で「選択を禁じることも、経済的なインセンティブを大きく変えることもなく、人々の行動を予測可能な形で変える選択アーキテクチャーのあらゆる要素」という定義が紹介されており、接種を受けるという社会的に期待されている選択を人々が自発的に選ぼうと思えるような施策に貢献することができると説明されている。
参照文献

2021年7月27日掲載

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