1. はじめに
新型コロナウイルスの感染者が相次ぎ、一部の地域では緊急事態宣言が発令される中で、本稿執筆時点(2021年5月25日)において、2021年夏の開催が予定されている東京五輪が開催されるべきかどうかについての議論がさまざまな場面でなされている。
RIETIの研究プロジェクトの一環として、東京五輪に関する質問を盛り込んだアンケート調査が2020年10月から3度にわたって行われている。2020年度「新型コロナウイルス流行下における心身の健康状態に関する継続調査」(以下では「RIETIアンケート調査」と呼ぶ)で、インターネットを通じて全5回(2020年10月、2021年1月、4月、7月、10月)にわたって行われる予定であり、第3回調査が2021年4月23日~5月6日に行われた。
RIETIアンケート調査の第1回から第3回では以下の質問を尋ねている(第1回調査は2020年に行われたので「今年」ではなく「来年」という表現だった)
本稿ではこの東京五輪の質問への回答を中心にRIETIアンケート調査を紹介したい。
2.東京五輪の質問への回答状況の推移
第1回調査の有効回答者数は16,642名(男性8,022名、女性 8,620名)で、第2回調査以降は、第1回調査の有効回答者全員に電子メールで回答を依頼した。第2回調査の有効回答者数は12,229名、第3回調査の有効回答者数は11,846名となっている(回答時間が4分未満と短かった者は外している)。
有効回答者数に占める東京五輪の質問への回答の推移が図1で示されている。3回の調査のいずれにおいても「中止される」という回答が一番多かったが、2020年10月下旬が48.7%、2021年1月下旬が67.3%、2021年4月下旬は53.0%で、いったん増えてからまた減っている。なお、この質問は東京五輪を開催するか否かの予想を聞いていて、開催すべきかどうかという「べき論」を尋ねていないことに注意する必要がある。
3.どのような人々が東京五輪が2021年夏に開催されないと予想しているか?
RIETIアンケート調査では東京五輪以外にも多くの質問をしている。これらの質問によって、主に第3回調査の回答を使って、どのような人々が東京五輪が2021年夏に開催されないと予想しているかを多項ロジスティック回帰分析という手法で調べた。分析手法や質問項目は、ワクチンの接種意欲をテーマとした別のディスカッション・ペーパーで使ったものと同じなので、こちらを参照いただきたい。
多項ロジスティック回帰分析では、東京五輪が予定通り開催されると予想している人々と延期されると予想している人々を比べるとともに、開催されると予想している人々と中止されると予想している人々で比べている。つまり2つの比較が行われている。分析結果を簡略化して述べると以下の通りである(基本統計量は補表1、分析結果は補表2に掲載した)。
- 延期(対開催)と中止(対開催)のいずれの予想でも男女間では明確な差がない。
- 65歳以上に比べて、30~65歳未満は、中止と予想する割合が少ない。
- 預貯金額が1000万円以上の人々に比べて預金額が少ない人々は延期されると予想する割合が大きい。世帯収入の違いによる明確な差はない。
- TVよりもインターネット検索やニュース系アプリを新型コロナウイルスの情報源として最重視する人々の方が中止と予想する割合が大きい。
- 多くの人々がだいたい信用できると考える人々は、用心するにこしたことはないと思っている人々よりも、中止と予想する割合が少ない(一般的信頼度と呼ばれる)。
- 新型コロナウイルスへの恐怖がある人々は、延期や中止と予想する割合が大きい。
- 東京都や首都圏に住む人々に比べて、他の地域の居住者は、延期や中止と予想する割合が小さい傾向がある(例外は近畿、北陸、北海道)。
上記のうち、一般的信頼度と東京五輪の予想の関係について、2つの質問の回答を組み合わせたのが以下のものになる。問いは「一般的にいって、人はだいたいにおいて信用できると思いますか、それとも人と付き合うには用心するにこしたことはないと思いますか。」というもので、世界価値観調査(WVS, World Values Survey)のものを使った。選択肢は「だいたい信用できる」「用心するにこしたことはない」「わからない」の3つである。
劇的な違いはないが、「だいたい信用できる」と回答する人々が他の2つの選択肢と比べて、東京五輪が予定通り開催されると予想する傾向が強いことがわかる。
次に、新型コロナウイルス恐怖尺度(新型コロナウイルスについての恐怖の水準を計測する指標として開発されたもので[1]、日本語版はMasuyamaらが作成した[2])を用いて、恐怖度を4段階に分けて(7~15点が恐怖なし、16~20点が軽度、21~25 点は中 等度、26~35 点は重度)、東京五輪予想との関係を示した。新型コロナウイルスへの恐怖が少ないほど、東京五輪が2021年夏に開催すると予想する割合が大きいことがわかる。
4.終わりに
印象論かもしれないが、国・地方公共団体・マスメディアは、これまで新型コロナウイルスが恐ろしいものであるという説明を国民に対してすることが多かったように思う。このことは、新型コロナウイルスへの恐怖心の高まりを通じて、人々が感染防止に向けた行動を行う誘因になったかもしれないが、同時に、東京五輪に対する人々の悲観的な予想につながったように見える。
過去の研究によれば、一般的信頼度は安定的なもので、こちらは簡単には変わらないとされる。東京五輪を円滑に開催するためには、多くの人々が抱く新型コロナウイルスへの恐怖心を和らげる何らかの対応が今後必要かもしれない。