被災地と全国をつなぐ復興の空間経済学

浜口 伸明
プログラムディレクター・ファカルティフェロー

凄まじい衝撃

東日本大震災が発生した約1カ月半後の4月末から5月初めにかけて、経済産業研究所の藤田昌久元所長(当時)らと初めて被災地を訪れた。まだ肌寒く、桜の名残が美しかった石巻市高台の日和山公園の日常と、眼下に広がる津波が破壊した惨状の非日常の対照は実に凄まじかった。南三陸町に進み、瓦礫の湿った木の匂いと家々から流出して散乱した財物からついこの間まで存在した穏やかな生活の残滓を感じ、恐怖に竦んだ。気仙沼市では魚が干乾びた匂いが立ち込め、巨大な漁船が市街地に打ち上げられてありえない姿をさらしているのを見て、この町の力強い経済があっけなく破壊されたことを見せつけられた。リアス式三陸海岸の特徴として、入り組んだ湾の奥に漁港を中心に人々が集住し、すぐ背後に高台が迫っている。その中で、陸前高田市は例外的に平地の面積が広大である。そのため津波の浸水は広範囲になり、人的被害が岩手県で最も大きかった。

この後2019年まで年1~2回のペースで被災地を訪れた。しかしやはり最初の訪問時に受けた印象は強烈で頭から離れない。時とともに、散乱していた瓦礫が特定の場所に高く積み上げられ、その後災害廃棄物として処理された。その後、地盤沈下した土地の盛土が進み、当初我々が定点観測地点にしていた南三陸町の上の山公園がすっかり高台でなくなるほどかさ上げされた。陸前高田市では巨大なドリルで山の土を削って長大なベルトコンベアで平地に運ぶ方法がとられ、ブルドーザーとトラックで行えば何年もかかる工程をごく短期間で完了した。その光景は未来的にも思えた。土を取った高台は住宅地として造成され、津波浸水区域から換地をして移り住んだ人々が新たに安全な住まいを構えた。

復興の空間経済学

繰り返し訪れた被災地で学んだことに空間経済学の理論に基づく解釈を加えて、『復興の空間経済学-人口減少時代の地域再生』(藤田・浜口・亀山 2018年)を刊行した。東京のような大都市であれ気仙沼や陸前高田のような中小規模の都市であれ、都市は集積の経済によって成り立っている。集積の経済とは、広い意味での効率性をもたらす規模の経済、知識の伝達や創造を促進する外部経済、社会の分業や製品の差別化が広がることによる多様性の3つの要素を持つ。集積の経済は市場経済活動の中で人や企業が集まることにより内生的に形成され、その働きによってさらに多くの人や企業を引き付ける。集積の経済はこのように自己増強的なポジティブ・フィードバックを通じて強化されていく。

大規模災害ではインフラストラクチャ―や生産・生活資本が破壊され、人口が急激に減少することにより集積の経済の3要素の働きが一気に弱まる。たとえば、漁業、水産加工業、漁港の仲買、燃料・漁具・氷などのサプライヤー、造船業、観光宿泊業、輸送業など多様な分業で海に関わる水産クラスターを形成する。どの事業者が欠けても三陸沖漁場で獲れる魚を一手に集める中核的漁港としての機能が低下する。生活のさまざまなアメニティを提供する中心市街地機能が失われ、生活の質も低下した。そうすると集積の経済が逆向きに回りだすネガティブ・フィードバックが働き、人口流出が津波で傷ついた都市をさらに疲弊させた。

空間経済学(注1)では、局地的なメカニズムである集積の経済とともに、多様な規模・機能の都市が国全体の空間システムを形成する空間均衡の概念が重要である。ここで言う均衡とは人々がより高い満足を求めて移動する必要がなくなり、空間システムが安定した状態をいう。国全体の空間システムの一部である被災地で、前述のように集積の経済が弱化し続ける一方で、以前から東京一極集中が続き、東北という地域単位で見れば震災をきっかけに仙台への人口集中が起こった。したがって、三陸沿海地域の人口減少は日本全体の人口動態の中で起こっている。

人口動態に関してもう1つ注目すべきは、東日本大震災は日本全体が人口減少局面に入った2008年以降に直面した最も大規模な災害だということである。空間経済学理論によれば、国全体が人口増加局面にあれば集積の経済によって成長を続ける大都市は増大する混雑が分散力となって周辺の都市に分岐し、人口増加にともなって都市の数が増加する。このような局面にあれば、被災した周辺都市で一時的に人口が減少したとしても、国全体の人口増加と都市の分岐のメカニズムにより人口の回復(復興)が助けられるであろう。

しかし、国全体の人口が減少する局面においては、継続的に周辺都市の集積の経済が弱まり存在が不安定化する。そこに災害が発生して人口が減少すると、理論的には、それをきっかけに都市が消滅する可能性があり、一時的ショックが永続的影響を持ちうる。

人口減少局面が続けば長期的に周辺都市が消滅することは理論的には自然なことだと言える。しかし、自然にそうなる前に不測のショックをきっかけとするネガティブ・フィードバックによって周辺都市が消滅すると、中心都市に過大な混雑負荷のある空間構造が形成され、国全体の厚生水準を引き下げてしまう可能性がある。このため、都市再建の費用が高すぎなければ被災地を復興させることは国全体にとっても望ましい。

復興はスタートラインに立ったばかり

以上で説明した空間経済学の視点から、以下のことが被災地の復興にとって重要だと考えられる。第1に、局地的なメカニズムである集積の経済のネガティブ・フィードバックに対処するために、人口流出を抑止する「粘着性」を高める必要がある。その基盤は土地や自然資源である。人口が減ると、人口一人当たりで見れば土地や自然資源の量は逆に増える。これを着実に人々の生活向上に利用するようにしなければならない。

そのために将来の津波のリスクに備えて住民が安全・安心に生活できるような防災施設や居住地域を整備することが不可欠である。一部の報道では、被災地の人口減少を考慮せず防潮堤を建設し盛土と区画整理で整備した工事が多くの空き地を生み出したと批判する論調が見られる。しかし、甚大な破壊損失から被災後10年でようやく復興のスタートラインまで戻したこの整備事業が無駄であったかのような結論を述べるのはあまりにも時期尚早である。ネガティブな報道は、住民の総意を反映しないものと政府の復興支援のあり方を批判するものだが、それが結果として被災地への偏見を生み、被災地の人々の自信を失わせることになってはならない。この土地をどのように利用し、三陸沿海地域が持つポテンシャルを発展させていくか積極的な知恵を集めるべきだ。三陸沿岸を仙台から八戸まで縦断する自動車専用道路が令和3年度内に全線開通する見込みとなり、物流の改善はこの地域の経済ポテンシャルを大きく高めるであろう。

ネガティブ・フィードバックからポジティブ・フィードバックに再転換するためには、人口流出により弱まった集積の経済を代替し、効率性、知識の伝達や創造、分業や製品の差別化をもたらす別の仕組みが必要だ。私は三陸の地域コミュニティの「ふんばる」力にそれを期待する。市場経済活動から発生する集積の経済と違い、コミュニティは助け合いによって支えられる。その中で効率的な分業が行われ、それぞれの地域の固有の文化と紐帯が織り成すストーリーで地域全体を差別化することができる(注2)。

ただし伝統的な地域コミュニティは共通知識が多く意思疎通が図りやすいが、反面ではすでに知識が同質化しているため革新的な知識創造につながりにくい。また、人口流出と居住空間の再編によって、期待される地域コミュニティの力が弱まっていることも危惧される。幸いにも、ボランティア活動をきっかけに地域に定住したり、あるいは関係人口として地域に関わり続けようとしたりする「よそ者」は少なくない。外から新しい知識を持ち込む彼らを取り込んで、地域コミュニティが再生されようとしている。

国全体からみた空間経済学の視点で、被災地の復興にとって重要と思われる第2の論点は、東京一極集中に歯止めをかけるとともに、地域が新たな発想で復興を進められるように自治体への地方分権を進めることである。政策介入のない競争市場において人口減少局面で不安定化する周辺地方都市は大規模なショックに脆弱になる。空間構造の均衡が崩れて人口が大都市に過度に集中することは国全体にとってマイナスであるので、被災地の復興が進むことを、国民全体が我が事として関心を持ち続け、積極的にこれを支援する必要がある。

東京一極集中是正の必要は、地価の上昇、混雑する長時間通勤、知識創造産業とそれ以外の産業との間で広がる所得格差、東京直下型地震のリスク、少子化傾向への影響など、すでにさまざまな観点から主張されてきたが、圧倒的な集積の経済の力が強く、実態は変わらなかった。しかし2020年に加わった新型コロナウイルス感染症対策という観点は、デジタル・トランスフォーメーションという新たな技術パラダイムの開発を刺激しており、これまで多様な「三密」の上に成り立っていた大都市のあり方を変えることになるかもしれない。人口減少時代の地方の強靭化は、防潮堤や地盤のかさ上げだけでなく、空間システムの見直しからのサポートも必要である。これもようやくスタートラインに立ったところといえよう。

脚注
  1. ^ 空間経済学の理論的概説は藤田・浜口・亀山(2018)の付論を参照。
  2. ^ たとえば、藤田・浜口・亀山(2018)p.89-91で紹介されている徳島県上勝町のいろどり事業は、どこにでもありそうな「葉っぱ」が人的資源として活躍する高齢者のイメージと結びついて、日本料理のつまものを全国的に供給することに成功している。また、南三陸町戸倉地区の牡蠣生産者は、被災後、それまでの収穫量を競う生産から環境に負荷をかけない生産方式に転換することを地域で合意して再生し、農林水産祭天皇杯(令和元年度)を受賞する品質向上を達成した。
参考文献
  • 藤田昌久・浜口伸明・亀山嘉大 2018 『復興の空間経済学』日本経済新聞出版社

2021年3月2日掲載

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