金融機能強化法の震災特例を振り返る

家森 信善
ファカルティフェロー

2011年の金融機能強化法の改正

2011年3月11日の東日本大震災の発生直後には、被災地域の金融機関の店舗の1割強が閉鎖され、地域の金融機能への深刻な影響が心配された。これを受けて、2011年5月13日に、金融担当大臣は、談話「東日本大震災を受けた金融機能の確保について」を発表し、「東日本大震災により、今後、金融機関に様々な影響が生じうることを踏まえ、(1) 地域における面的な金融機能を維持・強化するとともに、(2) 預金者に安心していただける、万全の枠組みを設ける」ために、金融機能強化法を改正する方針を示した。

実際に、改正法案は5月27日に国会に提出され、6月22日に成立し、7月27日に施行された。この改正では、
(1) 申請金融機関の経営者の経営責任を問わない、
(2) 収益性・効率性等の向上の具体的な目標を求めない、
(3) 国の資本参加のコストを大幅に引き下げる、
といった、いわゆる震災特例が設けられた(注1)。こうした優遇措置がとられたのは、資本注入を受ける金融機関の経営者に対して、震災による経営悪化の責任や、復興の道筋がみえない中でペナルティ付きの数値目標を求めることになると、資本注入に手を上げる金融機関がなくなり、結果として地域の金融機能が円滑に発揮されないことが心配されたためである。

当然ながら、金融機関のモラルハザードが心配された。その対応として、資本注入を受けるために、金融機能強化審査会において経営強化計画の審査を受けなければならず、承認された場合、経営強化計画やその履行状況について公表することが義務づけられた。さらに、経営強化計画の更新の際に再度、金融機能強化審査会において旧計画の進捗および新しい経営強化計画の審査が行われることになっている。

震災特例に基づく資本注入

震災特例に基づいて、2011年9月に、仙台銀行(300億円)と筑波銀行(350億円)への資本注入が行われ、2011年9月期決算における自己資本比率が大きく改善した。続いて、2011年12月には、七十七銀行に200億円の資本注入が行われた。2012年には、東北銀行(100億円)ときらやか銀行(300億円)に対して資本注入が行われた。また、信金中金および全信組連を通じて、4信用金庫と3信用組合に対しても資本注入が実施された。

震災特例の取り扱いは2017年3月に終了したが、震災特例に基づいて12金融機関に資本注入が行われ、注入総額は2165 億円であった。七十七銀行は2015年6月に全額を返済したが、残りの金融機関については、2021年3月現在で返済は済んでいない。

幸いにも、預金取り付けは生じることはなく、金融機関の経営破綻も発生しなかった。東北地域全体の預金量の変化(日本銀行仙台支店調べ)をみると、2011年1月に比べて2013年1月には銀行が1.20倍、信用金庫が1.10倍となっており、被災地の金融機関に対する預金者の信認は維持されたことがわかる。

金融機能の観点から、貸出額の動向(日本銀行仙台支店調べ)をみると、2011年1月に比べて2013年1月には、銀行では1.06倍になっているが、信用金庫は0.97倍と減少している。ただし、北村(2013)によると、2012年9月期でみると、東北6県全体での貸出は0.8%増であるのに対して、資本注入を受けた金融機関では1.8%増となっており、資本注入金融機関の貸出が相対的に伸びたようである(注2) 。資本注入がなければどうであったかを明確にすることは難しいが、たとえば、仙台銀行は2011年3月期の自己資本比率が7.0%まで落ち込んだものの、資本注入によって14.2%まで改善し、不良債権の処理やリスクをとった貸出が可能になったと考えられる。

評価と課題

まず、評価すべき点は、金融システムの崩壊が起こらなかった点である。東日本大震災の発生時には、金融システム危機やリーマンショックの記憶も強かったので、金融システムへの不安が広がりかねない素地は残っていた。震災発生からほぼ半年後には法律改正を済ませて資本を注入することができたという迅速な当局の動きは、危機の発生防止に大きく貢献したと評価できる。

一方、金融機能強化法は、その後も時限の延長が繰り返されて、2020年にはコロナ感染症に対応するために、資本注入の可能な期限を2026年まで延長するとともに、返済期限を一律には求めないなどの措置が導入された。危機に応じて臨機に対応する必要性は認めるが、延長を繰り返す方法が妥当なのかは検討するべきであろう。たとえば、恒常的な制度をしっかりと作っておいて、事案が発生した場合にのみ期限を切って発動できるような考え方もあろう。東京都が深刻に被災し法案作成や国会の審議が円滑に進まなくなると、迅速に対応ができない恐れがあることも考慮しておくべきであろう。

資本注入金融機関のパフォーマンスの評価については、議論の余地がある。筆者は、2010年9月に金融機能強化審査会の委員に就任した(2019年9月に退任)ので、震災特例については、始まった時から関与した。個別の金融機関の詳細については、金融機能強化審査会の議事録や資料を参照していただきたいが、それぞれの注入金融機関が、被災地の企業に向き合って、本業を支援することに努力されてきた。個人的な意見としては、その取り組みの精度は年々向上してきたと評価している。しかし、資本コストを大きく下回る金利で資金を供給しており、実質的な補助金を支給し続けている点に留意しなければならない。そうした支援の対価としてみても、十分な成果であったといえるのかは、様々な意見があろう。

最大の課題は、事業性評価の力を高めて顧客の本業支援を成功させて、それによって金融機関の収益を増やして、公的資金を返済していくという好循環はまだ実現していないことである。たとえば、『金融財政事情』(2020)によると、公的資金を返済してしまうと、震災特例銀行は全て自己資本比率が7%以下となり、中には4%を切るところもある(注3)。事業を変革するチャンスをうまく利用できてこなかったことは事実であり、資本注入金融機関にはこれからどうやって好循環を実現していくのかを具体的に示してもらう必要がある(注4)。

政策当局としても、2020年の法改正で危機対応面での資本注入の枠組みを拡大させただけに、資本注入後に金融機関のビジネスモデル変換を促す仕組みや、資本注入状態から早期に離脱するインセンティブを制度運営に織り込むことが強く求められている。

脚注
  1. ^ 金融庁「金融機能強化法等の改正に係る説明資料」(2011年5月)。なお、協同組織金融機関については、さらに条件を緩和する特例が設けられている。 https://www.fsa.go.jp/common/diet/177/05/giyou.pdf
  2. ^ 北村信(東北財務局長)「東北被災地の金融情勢について」『金融財政事情』2013年3月11日。
  3. ^ 「新金融機能強化法で懸念される「公的資金問題」の先送り」『金融財政事情』2020年10月5日号。
  4. ^ 家森信善「あらためて考える金融機能強化法 資本注入制度を活用してビジネスモデルの転換を」『金融財政事情』2017年11月20日号も参照して欲しい。

2021年3月2日掲載

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