日本国内における新型コロナウイルスのワクチン接種については、医療従事者・高齢者(65歳以上)・それ以外という順番で、2月中に開始されるようである。
ワクチン接種が日本人にどの程度の効果があるのか、日本人にとって本当に安全なのかという疑問は多くの人々が抱いていると思う。ファクターXという言葉で象徴されるように、まだ判明していない要因によって日本では他の多くの国々に比べて感染が広まりにくく、ワクチン接種の効果や安全性についても何か違いがあるかもしれない。しかし、報道によればファイザーのワクチンの日本国内での治験対象者数は160名で、この人数では効果や安全性の検証は難しい。
新型コロナウイルスを巡る問題は社会的経済的にも極めて大きく、外国のデータを参考にしつつ、重症化リスクが高い高齢者のワクチン接種を速やかに開始することについて私は賛成である。とはいえ、いったん全員への接種を開始すると、効果や安全性の評価は難しくなる。効果や安全性の厳密な評価は、ワクチンを接種した人々と接種しなかった人々との間の比較でしか行えないためである。このような比較を可能とする世界標準はランダム化比較試験(RCT)と呼ばれる小学校の理科の実験に類似する研究である。実際に、これまでに各国で認可されているワクチンは大規模なRCTによって効果検証がなされている[1-4]。
大規模なRCTを日本で行うのは無理だと思われるかもしれないが、以下で述べるとおり、速やかに動けるのであれば、行える余地がある。
基本的なコンセプト
ワクチン接種の順番を踏まえると、医療関係者や基礎疾患のある人々などの一部の例外を除いて、65歳未満の人々は数か月間にわたってワクチン接種を受けられないことになる。これはRCTを行うために数少ない機会を提供する。大まかな流れは以下のとおりである。
まず、65歳未満の中で先行的にワクチン接種を受ける候補者を何らかの方法で決める。一番いいのは住民台帳からの無作為抽出だが、難しければ、協力を求めやすい人々(公務員など)にする。そこからある程度の人数(できれば数千人規模)を集めて、オンラインなどで問診表に記載してもらう。それによってアレルギーなどの問題がある人々を除外して、残った人々をランダムに接種群と待機群の2群にわける。コイントスで表がでれば接種群というイメージである。
次に、接種群のみ速やかにワクチンを接種してもらうようにアレンジする。理想的には待機群はプラセボを接種する方がいいが[5]、そのような難しいことをするとRCTそのものが実現不可能になる恐れがあるので、ワクチンを接種しないで今までどおりに生活するという設定にする。メンタルヘルス関係だが、待機群を設定するRCTはRIETIの研究でも実際に行われている[6]。プラセボを使わないRCTは医薬品関係でも大規模なものがいくつかある[7, 8]。
次に、両群の参加者の状況を追跡する。ファイザーのワクチンのRCTでは、まずは新型コロナウイルスと疑われる症状(発熱など)が発生したかどうかをチェックして、これが発生した場合にPCR検査を行うというやり方になっている[3]。このやり方でもいいかもしれないし、無症状の感染も検証することにすれば、唾液を使った家庭用検査キットなどで定期的(3日に1度など)にPCR検査を行う方がいいかもしれない。重大な疾患が発生するかどうかも両群において追跡する。
最後に、以上のデータを集めて、統計学の専門家が分析する。
生じ得るべき課題
誰がこのような研究を担うかというのが1つ目の課題だが、厚生労働省や地方公共団体の負担を増やさないという前提で、国かお金持ちからの資金提供によって、どこかの大学(あるいは複数の大学のコンソーシアム)で行えないだろうか。医学研究では倫理審査委員会による審査が必要だが、緊急案件なので、それに応じた対応ができる必要がある。このワクチンの使用認可は2月中に出されそうなので、ワクチン接種そのものには問題はなく、元々全国民に接種することを想定しているのだから、このRCTに特化したリスクは存在しないはずである。
次に期間の問題だが、有意義なデータの取得という観点からは長い方がいいが、長すぎると待機群がいつまでもワクチンを接種できないという問題が生じる。バランスをとる必要がある。
次に参加者の問題だが、1つの集団(学校や職場など)の中でワクチンを接種する人々と接種をしない人々を分けると、接種した人々から接種しなかった人々が影響を受ける可能性があり(特に、接種しない人々の感染リスクが下がる可能性がある)、正確な評価の妨げとなる問題がある。これを避けるためには何らかの工夫が必要で、たとえば、小さな集団の内部で接種群と待機群を分けることは避ける必要がある。
次に、接種群と待機群との比較という設定だと、プラセボとの比較と異なって、気が緩むなどワクチン接種者の行動が変化して、厳密な比較が行えないという問題がある。完全な解決策は思いつかないが、ワクチン接種後も、通常の感染予防策の継続をお願いすることとし、また、感染予防策を守れそうな人々をあらかじめ研究参加者とする方がいいかもしれない。ちなみに、ワクチンを接種しても、無症状の感染が起きて人にうつす可能性はまだ残っており、ワクチン接種者であってもマスクの着用やソーシャルディスタンスなどの感染予防措置は継続するようにとのアドバイスがでている。
終わりに
ここで提案したRCTは、RCTとしては実行しやすいと推測しているものの、実際に実現可能なものなのか、どういう障害があるのかが、私自身よくわからない。ただ、明らかなことは、このRCTを実施できる時間は限られていることだ。RCTのいいところは、素人にもはっきりとわかる形で効果や安全性を示せることにある。また、RCTは、最近国内で広まりつつあるEBM(根拠に基づく医療)やEBPM(政策に基づく政策形成)の柱でもある。このRCTでなくてもいいのだが、新型コロナウイルス関係で日本発の大規模なRCTが実現できることを望んでいる。