日本のリーダーたちが学ぶべき新型コロナウイルスの将来見通し(ハーバード報告の紹介)

関沢 洋一
上席研究員

新型コロナウイルスへの対応として、わが国では緊急事態宣言が4月7日に発せられ、専門家会議と日本政府は国民に対人接触の8割減を求めている。新型コロナウイルスが短期間のうちに消滅するとは思えないので、緊急事態宣言の期限である5月6日の後にどうするかが今後の検討課題になる。4月14日にScienceに掲載されたKisslerらのレポート(以下では「ハーバード報告」)はこの課題への答えを得る上で役に立つと思われ、特に日本のリーダーたちが知っておくべき話だと思ったので、紹介することにした。

1.ハーバード報告

ハーバード報告では、新型コロナウイルスの感染が今後どのように推移するかについて、さまざまななシミュレーションを行っている。新型コロナウイルスに季節性がある場合(夏に感染力が弱まる場合)、従来からあるコロナウイルス(OC43とHKU1)と新型コロナウイルスが相互の感染に影響を及ぼす場合(交差免疫)など複数のパターンに応じたシミュレーションがなされているが、ここでは、季節性がなく交差免疫もない場合のみ紹介する(注1)。

図1-1 季節性がない場合の1回限りの社会的距離シナリオ(20週間)
図1-1 季節性がない場合の1回限りの社会的距離シナリオ(20週間)
(出典)ハーバード報告(P.13のD)

図1-1はWHOがパンデミック宣言を出した3月11日から20週間にわたって対人接触を減らす対策を講じた場合、後述する図2-1は無期限で対策を講じた場合について、各時点における1万人あたりの感染者数と重症患者数(critical cases)を指している(他の3つのパターン(4週間、8週間、12週間)は省略したので本文のP13を見てほしい)。左目盛は1万人あたりの感染者数で、右目盛は1万人あたりの重症患者数を示している。実線が左目盛に対応し、点線が右目盛に対応している。重症者の発生は感染より後ろにずれるので、点線は実線よりも右側になっている。一番尖っている黒い線は何らの対策も行わない場合、赤い線はR0(基本再生産数:1人の感染者が他人に感染させる人数。新型コロナウイルスでは2〜2.5とされている)を20%削減する場合、青い線はR0を40%削減する場合、緑の線はR0を60%削減する場合となっている。対策を講じている期間中(青色の影がある部分)において、対策を講じない場合(黒線)に比べて、赤線の方がピークが低く、青線は更にピークが低い。緑の線はピークが見られず、対策期間中に限定すれば、感染が抑えられることが分かる。ところが、対策期間が終了すると、もともと感染者数を抑え込んでいた60%削減(緑の線)の場合には、急に感染者数が増え始め、冬に感染ピークを迎えている。対策期間中の蔓延を第一波、その後の蔓延を第二波と呼ぶとすると、第一波で感染者数が増えるほど、第二波では感染者数が増えにくくなっている。このモデルでは、いったん感染すると当面は感染しないという前提が置かれているためだ。

ちなみに、1918年のインフルエンザの蔓延(いわゆるスペイン風邪)の際には、第一波で激しい損害の生じた地域の方が第二波での損害が少なかった[1, 2]。第一波を強力な社会的距離対策で乗り切った地域が、対策を解除した後で強い第二波を経験している[1, 2]。第一波で強い損失を被っている地域は第一波で感染者数が多かったために免疫ができていて、第二波による影響を受けにくかったことが推測されている。

横軸に平行なオレンジ色の線が重症化に対応した医療キャパシティを示している。図1-1の場合にはいずれも感染ピーク時の重症者数が医療キャパシティを超えており、重症化した際に重症患者向けの医療を受けられない人々が出ることを示している。

図1-2は、図1-1と同じく3月11日から20週間にわたって対策をとった場合の累積感染割合を示している。累積の感染割合は対策を講じない場合に一番多いが(黒線)、60%削減の場合(緑の線)は対策期間終了後に感染蔓延を止められなかったため、最終的な感染者数は対策を講じなかった場合とほとんど変わらなかった。これらの場合よりも、20%削減(赤線)、40%削減(青線)の方が累積感染割合は少ない。図1-2のグレーの横線が集団免疫の達成値で、いずれの場合も最終的には集団免疫を達成している。

図1-2 図1-1の場合の累積感染割合
図1-2 図1-1の場合の累積感染割合
(出典)ハーバード報告(P.13のI)
図2-1 季節性がない場合の1回限りの社会的距離シナリオ(無期限)
図2-1 季節性がない場合の1回限りの社会的距離シナリオ(無期限)
(出典)ハーバード報告(P.13のE)

図2-1は無期限に対策を講じられる場合である。青色の影がこれを示している。黒線(対策なし)と赤線(20%削減)は図1-1とほとんど違いがないが、青線(40%削減)と緑線(60%削減)は異なっている。特に、緑の線では長期にわたって感染を抑え込んでいる。

図2-2を見ると、累積の感染割合が黒線(対策を講じない場合)に一番多く、次いで赤線(20%削減)、次いで青線(40%削減)で、緑線(60%削減)の場合に一番少なくなっている。黒線と赤線では集団免疫を達成し、青線はもう少しで達成しそうだが、緑線では感染割合が少なくて集団免疫には程遠くなっている。

図2-2 図2-1の場合の累積感染割合
図2-2 図2-1の場合の累積感染割合
(出典)ハーバード報告(P.13のJ)

これらのさまざまなパターンを見ると、ゆっくりと感染を増やしていく(カーブの平準化を図る)のが望ましそうに感じる。例えば、図1-1の青い線がそれにあたる。ところが、それは現実的な案にはなりにくい。オレンジの線が医療のキャパシティを示しており、図2-1の緑の線以外は感染ピーク時の重症患者数が医療のキャパシティを超えているためである。重症患者の全てが治療を受けられることが目指すべき目標になると、図2-1の緑の線、つまり60%削減を長期にわたって続ける以外の方法がない。以下ではこの戦略をプランBと呼ぶ(AでなくBにしたのは別のコラムに合わせたため)。

断続的に強い対策を行う場合

プランBでは長期にわたって社会活動・経済活動が著しく制限される上に、人々が免疫を獲得できていないという問題がある。そこで、60%削減策と対策なしの場合を交互に繰り返す戦略が示されている。以下ではこれをプランAと呼ぶ。

プランAでは、対策を行わない期間中に医療キャパシティの限界を超えそうになったら、60%削減策を講じて、感染者数が十分に減少したら対策をやめる。対策をやめたために感染者数が増えて医療キャパシティの限界を超えそうになったら再び60%削減策を講じるというものになっている。図3-1では黒い線が1万人当たりの感染者数(左目盛に対応)、赤い線が1万人当たりの重症患者数(右目盛に対応)となっている。赤い線が医療キャパシティ(灰色の横線)を超えないように対策が講じられている。紫色の影が60%削減策を講じている期間であり、2つの横線(点線)を1万人当たりの感染者数がまたぐ時が対策を講じたり緩めたりするトリガーになっている。影がない部分が少ないことからわかるとおり、対策を講じなくて済む時期は短い。

図3-1 断続的な社会的距離シナリオ(医療キャパシティは現状のまま)
図3-1 断続的な社会的距離シナリオ(医療キャパシティは現状のまま)
(出典)ハーバード報告(P.17のA)

図3-2では累積感染割合が示されている。累積感染割合は徐々に増えているが、2022年の夏においても集団免疫(灰色の横線)には達していない。

図3-2 図3-1の場合の累積感染割合
図3-2 図3-1の場合の累積感染割合
(出典)ハーバード報告(P.17のE)

図4-1は、コンセプトは図3-1と変わらないのだが(プランA)、唯一異なるのは医療キャパシティが大きくなっていることである(おおむね2倍)。図4-1に比べると、最初のうちは対策を行わない期間の長さはあまり違いがないが、時間が経過するにつれて、対策を行わない期間が長くなっている(影がない部分)。

図4-1 断続的な社会的距離シナリオ(医療キャパシティを増大)
図4-1 断続的な社会的距離シナリオ(医療キャパシティを増大)
(出典)ハーバード報告(P.17のC)

また、図4-2にあるとおり、2022年の夏時点では集団免疫が獲得されている。

図4-2 図4-1の場合の累積感染割合
図4-2 図4-1の場合の累積感染割合
(出典)ハーバード報告(P.17のG)

プランAを行うためには感染者数の正確な把握が重要で、トリガーポイントを決めるための広範囲のウィルス検査の必要性が指摘されている。重症患者のためのベッドの利用可能数を代理変数とする案も言及されているが、その場合にはタイムラグが生じるリスクが指摘されている。

2.日本への含意(私見)

ハーバード報告が示唆することは、この数年間のわが国の社会と経済の在り方は医療のキャパシティによって決められるということである。重症感染者数が医療のキャパシティを超えないようにし、かつ、医療のキャパシティが増えない状態(あるいは院内感染の蔓延でキャパシティが減る状態)の下では、新型コロナウイルスの感染増大を防ぐため、緊急事態宣言、または、それに類似する状態が続くことになる。

既存の医療キャパシティのままでは社会活動や経済活動が成り立たないとすれば、新型コロナウイルスに対応するためには、医療のキャパシティを増やすか、感染ピーク時に重症患者数が医療キャパシティを超えても耐えられるようにすることになる。後者については、木村もりよ氏と藤井聡氏とともに、高齢者と非高齢者のトラックを分ける案(プランC)を提案したが、倫理的課題やシルバー民主主義という現実の中で、わが国がよほど追い込まれることがない限り実現に踏み切れないだろう。そうすると、期待できるのは医療キャパシティの増大だけになる。

これまでの日本の新型コロナウイルス対応は結果を見る限りでは世界でもトップ水準である。12月か1月には新型コロナウイルスが国内に持ち込まれて、本来であればイタリアよりも早く感染爆発が起きるはずだったのに、感染ピークへの道はなだらかものとなり、医療キャパシティの余裕の少ない冬から、余裕が大きいはずの春から夏にかけてピークをシフトさせることができた。しかも、人々の活動制限は他国に比べればはるかに緩いもので済んだ。

ところが医療キャパシティは対応できなかった。日本の医療は世界でもトップ水準だったはずで、特にCTスキャンなどの検査機械や病床数の多さは世界一の水準だったはずだった。日本の病床数はとても多いので、「日本では医療崩壊は起きない」という指摘もあった。ところが、実際には、日本のICU(集中治療室)はイタリアよりも少なく、日本の救急医療体制は他の先進国に比べて脆弱で新型コロナウイルスの蔓延には弱いことが指摘され、実際にも「医療崩壊」を防ぐために緊急事態宣言が発せられている。膨大な病床数が社会的入院や糖尿病の教育入院といった本来の医療とは関係が薄そうなことに充てられ、世界一の数を誇るCTスキャンも新型コロナウイルスにはあまり使えないとすると、毎年40兆円もつぎこまれた日本の医療が肝心のことに対応できていないようで悲しい。

脚注
  1. ^ ハーバード報告では、いったん新型コロナウイルスに感染すると免疫が生じて当面は感染しないという前提が置かれている。WHO(世界保健機関)の4月24日の報告では、新型コロナウイルスから回復した人々が再び感染しないという証拠が現時点では存在しないとしており、この前提が今後覆される可能性はある。
引用文献
  1. Kissler, S.M., et al., Projecting the transmission dynamics of SARS-CoV-2 through the postpandemic period. Science, 2020: p. eabb5793.
  2. Hatchett, R.J., C.E. Mecher, and M. Lipsitch, Public health interventions and epidemic intensity during the 1918 influenza pandemic. Proc Natl Acad Sci U S A, 2007. 104(18): p. 7582-7.

2020年4月28日掲載

この著者の記事