スマートツーリズムを観光関連事業者の新たな収入源に

関口 陽一
上席研究員

はじめに

新型コロナウイルス感染の世界的な拡大に伴い、人の動きが停滞している。日本政府観光局が発表した2020年3月の訪日外客数は、前年同月比93.0%減の19万4000人となった(注1)。これまで観光は、現地を訪れ、五感で楽しむことに価値が見いだされてきた。しかし、外出の抑制が求められている現在、実際に訪れる観光客の受け入れを前提に観光関連事業を行うのは難しい。

そこで、美術館や博物館、公園をはじめ、さまざまな施設がウェブ上での情報の無料発信を強化している。仮想現実(VR)や拡張現実(AR)などの技術が活用された情報に触れることにより、臨場感を味わうことができる。また、情報に接することで、新型コロナウイルスが終息した後、その施設を訪れたいと考える人もおり、マーケティング・ツールとしても有効だろう。

しかし、事業を継続するための資金確保に苦労している観光関連事業者も少なくない。無料で情報発信を続けられるところは限られる。そこで、物販施設はオンラインショッピング、飲食店はテイクアウトやデリバリーへの対応、将来使えるバウチャーの販売などを通じて資金確保に取り組んでいる。有料のオンライン体験プログラムも提供されている。もっとも、個々の対応状況は一様ではなく、取り組みに濃淡がある。だからこそ、新型コロナウイルス終息後も見据え、補助金や無利子融資だけでなく、事業活動を通じて観光関連事業者が現在の収入を確保して観光関連産業を持続させる、地域レベルの取り組み強化も期待される。

近年、情報端末、機械学習技術などを活用して観光客にリアルタイムで個人に合わせた情報支援を行うスマートツーリズムが誕生しつつある。本稿では、スマートツーリズムを進化させ、事業活動を通じて観光関連事業者が現在の収入を確保し、将来に向けて地域の観光関連産業を持続させる方策について検討した。

スマートツーリズムの概要

観光関連産業における情報処理技術の活用は、1950年代にメインフレームで航空券の予約システムがオンライン化されて始まり、1990年代から2000年代初頭にはウェブサイト経由で観光地の案内や地図、オンライン宿泊予約サービスが提供されるようになった。現在は、各種のデータを機械学習技術で処理した上で、スマートフォンなどの情報端末を介して観光客に情報を提供するスマートツーリズムの研究が進んでいる。スマートツーリズムには、VRやARを利用した観光体験のほか、旅行中の観光客の興味や混雑状況、天候などのリアルタイム情報に基づく観光ルートや観光スポットの推薦、緊急災害警報と避難所情報を組み合わせた災害時の避難支援などのサービスがある(注2)。

Gretzelらは、スマートツーリズムを「先端技術を用いて、物的インフラ、社会的なつながり、官民からの情報、ヒトの心と体から得られるデータを収集、集計、利用して、効率性、持続可能性、体験の充実に焦点を当てて、現地での体験や提供する事業の価値にデータを落とし込む総合的な取り組みに支えられた観光」と定義している(注3)。

物的インフラ、社会的なつながり、官民からの情報は観光地のデータ、ヒトの心と体から得られるデータは観光客のデータに大別される。Gretzelらの定義を要約し、スマートツーリズムの定義を「先端技術と観光地、観光客のデータを駆使して、新しい価値を創造する観光」と言い換えることもできるだろう(図1参照)。

図1:スマートツーリズムのイメージ図
図:職業別・企業規模別賃金の変化率
出所:Gretzel et al. (2015) 等を参考に筆者作成

欧州におけるスマートツーリズム

欧州連合(EU)は、欧州議会からの提案に基づき、2019年から欧州スマートツーリズム首都を選定している(注4)。欧州スマートツーリズム首都は、アクセシビリティ(利用しやすさ)、持続可能性、デジタル化、文化遺産および創造性の観点から評価され、選定された都市は、EUからプロモーション活動に対する支援を受けることができる。2019年はヘルシンキ(フィンランド)とリヨン(フランス)、2020年にはヨーテボリ(スウェーデン)とマラガ(スペイン)が欧州スマートツーリズム首都に選定されている。

4都市のうち、ヘルシンキはデジタル化、リヨンはアクセシビリティと文化遺産および創造性、ヨーテボリは持続可能性、マラガはデジタル化に特に力を入れている。そして、デジタル化に注力しているヘルシンキとマラガのうち、マラガでは観光ルートの推薦や観光地の混雑緩和対策など、主に旅行中の観光客を支援するサービスが展開されている。一方、ヘルシンキは、VRスタジオと「バーチャルヘルシンキ」を立ち上げ、VRを通じてヘルシンキ観光を体験できるサービスを提供し、旅行前の潜在的な観光客や現地を訪れることのできない観光客にも対応している(図2参照)。将来的には、VR体験にAR機能も付加することも検討されている。AR機能が付加されると、現実世界のヘルシンキ市民がデジタル世界の訪問者と交流することも可能になる(注5)。

図2:バーチャルヘルシンキの画像
図2:バーチャルヘルシンキの画像

スマートツーリズムを観光関連事業者の新たな収入源に

ウェブサイトは、観光関連事業者にも多く活用されている。ウェブサイトを通じて商品やサービスを購入できるほか、動画共有サービスにアクセスすれば、観光地の映像や音声を楽しめる。ビデオ会議システムを活用した双方向での体験プログラムも実施されている。VRやARであれば、あらかじめ提供されている限られた情報の中から気になったものにアクセスするだけでなく、視聴して気になったところに立ち寄ることも可能になる。立体的な映像により、実際に観光地を散策しているときに近い状態を再現できる。

筆者が確認した範囲では、現状、VRやARは、主に情報提供を通じた将来の観光客獲得に活用されている。それだけでなく、VRやARを通じて気になったところに立ち寄り、オンラインショップを通じて買い物をする、有料のガイドツアーやバーチャル体験ツアーに参加する、温泉や宿泊施設の音声や映像に触れながらゆったり過ごす、というように、VRやARと、その他のウェブ上のサービスがシームレスで利用できるようになれば、現在、観光収入を獲得する機会も増える。

面としての観光地をカバーするVRやARのコンテンツ制作には、地域の多様な関係者を巻き込みつつ、科学的アプローチを取り入れた観光地域づくりを行う舵取り役となる観光地域づくり法人(DMO)の活躍が期待される。特に、旅行業免許を取得して域内の宿泊施設やツアーの予約サービスを手掛けているDMOであれば、地域の観光関連事業者とのネットワークを生かし、VRやARのコンテンツと、その他のウェブ上のサービスの融合にも取り組みやすいと思われる。

併せて、現在の観光収入を確保するため、VRやARにも組み込めるウェブ上の有料サービスの充実が欠かせない。新型コロナウイルス感染拡大を機に、観光客との直接の交流が中心だった分野においても、さまざまなサービスが登場している。

Airbnbは、対面での体験プログラムを休止する一方で、有料のオンライン体験プログラムを開始した。現地を訪れなければできなかった体験プログラムを有料で提供することにより、体験プログラム提供者が収入を得られるようになった。文化施設や寺社仏閣、文化遺産など見学が中心の施設においても、通常は非公開の施設などを特別公開する有料ガイドツアーをオンラインで開催することも考えられる。VRやARを活用すれば、臨場感も高まる。

宿泊施設に関しては、宿泊施設が用意した宿泊チケットを販売し、代金を宿泊施設に先払いするサービスも開始される(注6)。将来の収入を先取りすることで、事業継続に必要な資金を調達できるようになる。オリジナルの入浴セットを購入した人が浴場の画像を視聴しながら自宅で入浴する、食事の際に提供される料理やデザート、食材を購入して宿泊施設の画像を視聴しながら自宅で食べるなど、オンラインショッピングと画像を組み合わせた、自宅にいながらにして宿泊施設に滞在している気分を味わえるサービスを通じて、現在の収入を増やせる可能性もある。

以前は、観光地で土産物を販売する事業者は、観光客がその店を訪れて買い物をしないと決めるまで、オンラインショップの存在を明らかにしない方がよいとした研究もあった(注7)。また、スマートツーリズムによる観光体験を、観光地での体験と言えるかについても、さまざまな考えがあるだろう。しかし、観光のために現地を訪れることが難しい現在、観光の在り方も変化を求められる。VRやARと、その他のウェブ上のサービスを融合させるとともに、ウェブ上の有料サービスを充実させるなどソフト面の取り組み強化を通じた、将来の観光客獲得だけでなく、現在の観光収入確保にも活用できるスマートツーリズムの進化を期待したい。

脚注
  1. ^ 日本政府観光局報道発表資料「訪日外客数(2020年3月推計値)」
    https://www.jnto.go.jp/jpn/statistics/data_info_listing/pdf/200415_monthly.pdf
    (2020年4月22日閲覧)
  2. ^ 笠原秀一(2019)「地域におけるスマートツーリズム開発-観光情報サービス,データ連携,サービスポートフォリオ」『システム/制御/情報』63(1), pp. 2-7
    https://doi.org/10.11509/isciesci.63.1_2
    (2020年4月22日閲覧)
  3. ^ Gretzel, U., Sigala, M., Xiang, Z. and Koo, C. (2015), "Smart tourism: foundations and developments", Electron Markets, 25, pp.179-188
    https://link.springer.com/article/10.1007/s12525-015-0196-8
    (2020年4月23日閲覧)
  4. ^ 欧州スマートツーリズム首都に関しては、https://smarttourismcapital.eu/参照
    (2020年4月22日閲覧)
  5. ^ ドニ-・キンボール(2019)「ヘルシンキにあって日本にない観光政策の視点 数が目標の観光ブームはいつか破綻する」『東洋経済オンライン』2019年3月26日
    https://toyokeizai.net/articles/-/273034
    (2020年4月22日閲覧)
  6. ^ 「『いつか行きたい』あの宿に料金先払い 支援へ『未来の旅チケット』 札幌の企業が5月発売」『北海道新聞』2020年4月21日
    https://www.hokkaido-np.co.jp/article/414160
    (2020年4月22日閲覧)
  7. ^ Law, R., Buhalis, D. and Cobanoglu, C. (2014), "Progress on information and communication technologies in hospitality and tourism", International Journal of Contemporary Hospitality Management, 26(5), pp.727-750

2020年4月24日掲載

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