新型コロナウイルス(COVID-19)の感染の広がりが長期化の様相を呈する中で、このパンデミックが健康危機であると同時に、経済の危機、そして雇用の危機としても差し迫ってきた。この逼迫した状況下で、政策に求められるのは、関係各所の声を傾聴し、調整を経てコンセンサス形成を目指すことよりも、とにかく一刻も早い(応急処置と給付金の両方の意味での)「手当」である。そして、この「手当」が、中小企業ほど急を要することを、以下、リーマン・ショック時のエビデンスを示し、論拠としたい。
リーマン・ショック時の中小企業への深刻な影響
新型コロナウイルスの経済活動への影響は、国際通貨基金(IMF)が「世界恐慌以来最も深刻な景気後退」と予測している(注1)。日本については、リーマン・ショック後の2009年(-5.4%)と同程度の、5.2%のマイナス成長に落ち込むとの見通しである。ただし、今回の不況は、国際労働機関(ILO)が、宿泊・飲食業、製造業、小売業、不動産業の雇用において、特に劇的かつ壊滅的な影響があると予測するように、特定の業種や職種での影響がより深刻である(注2)。そこで、以下では、リーマン・ショック時の経験を事例に、職種単位のデータを用いて、不況期と景気回復期の賃金変化の関係を検討する。
まず下表は、リーマン・ショック前後の、職種別実質賃金(時給)の変化率の加重平均(ウエイトは各職種の雇用者数)を、企業規模別に集計した結果である(注3)。表より、リーマン・ショックの影響を含む2007年から2009年にかけての賃金変化率は、10~99人の小規模企業の雇用者だけがマイナス(-0.98%)だった。さらに、景気回復局面(2010~2012年)での、小規模企業の賃金は、0.23%しか増えておらず、中規模以上の企業の賃金変化率を下回っていた。小規模企業の雇用者は、リーマン・ショック後に大きく賃金が低下し、さらに、景気回復期でも賃金の伸びは抑制されていたことがわかる。
図は、上の結果をさらに詳しくみるために、横軸に2007~2009年の実質賃金変化率、縦軸に2010~2012年の実質賃金変化率をとり、企業規模別に両時期の各職種の変化率をプロットした散布図である。1つのプロットは、企業規模・職種が同じ雇用者の賃金変化率の平均値を示す(例えば、中規模の企業に雇用される「機械組立工」の平均賃金変化率)。
図の左下の象限には、リーマン・ショックの前後とも賃金変化率が負だった職種が含まれる。回帰直線に注目すると、オレンジ色で示された10~99人の小規模企業の直線は、この領域を通過している。これは、景気悪化時の賃金低落が大きかった中小企業の雇用者は、景気回復期でも賃金が増えていなかった表の結果と矛盾しない。一方で、1,000人以上の大企業では、2007~2009年にかけての賃金変化率は職種間で大きなばらつきがありつつも、2010-2012年の賃金変化率は、正の職種が多い。つまり、不況期の傷跡が長く深く景気回復期にまで及ぶのは、不況期に深刻なダメージを受けた中小企業ということである。
2007〜2009年 | 2010〜2012年 | |
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企業規模:1,000人以上 | 0.97% | 1.55% |
:100~999人 | 0.79% | 0.65% |
:10~99人 | -0.98% | 0.23% |
出所:賃金構造基本統計調査(厚生労働省) |
とにかく迅速な下支えを
ここまでのリーマン・ショック時のデータによる議論は、不況期に中小企業への支援を急ぐ必要性について、1つの示唆を与えていると思う深刻な不況期には、中小企業で働く者ほど賃金が落ち込み、景気回復期も大企業労働者のようには賃金が回復、上昇しない。つまり、経営が悪化する局面でのダメージが大きければ、中小企業ほど不況後の経営の再建も厳しいということである。
現在、政府による雇用調整助成金や持続化給付金、日本政策金融公庫の融資など、さまざまな支援策が特例を設けて拡充され、事業や雇用の継続を支えようとしている。例えば、雇用調整金については、競争力の低い企業を延命させ、産業構造の転換を遅らせるという批判もあるが(注4)、これは平時になっても企業が助成金に依存し続ける場合の議論である。だが今は、急場をしのぐためのセーフティネットとしての重要な役割を担う。取り得る限りの策を尽くし、足下の「出血」を最小限に抑えることが、将来の回復の速さにもつながるのである。
一点惜しまれるのは、雇用調整助成金のオンラインでの申請が、今回は間に合わなかったことである。2018年の「『行政手続コスト』削減のための基本計画(注5)」には、オンラインでの雇用関係助成金申請の受付が明記され、厚生労働省が準備を進めていた。新型コロナウイルスのパンデミックは不測の事態というほかないが、今懸命に対応に迫られている各地の労働局や公共職業安定所(ハローワーク)の方々の負荷や、感染リスクを避けたい一方で混雑する申請窓口に行かざるを得ない事業者の方々の不安を思うと、平時のITインフラの整備の重要性を改めて思い知らされた。