コロナウイルスと地球温暖化

有馬 純
コンサルティングフェロー

中国を発生源とする新型コロナウイルスは瞬く間に世界中に拡散し、欧米では外出禁止、工場操業停止等が相次ぎ、各国政府は国境を閉ざし、自国内のコロナウイルス封じ込めと急速に悪化する経済へのてこ入れに忙殺されている。第二次世界大戦以来、最大の経済危機の引き金となるとの見方すらある。新型コロナウイルスは枚挙に暇のないほどの悪影響を各方面にもたらしているが、地球温暖化への取り組みもその1つであろう。

足元での急速な経済悪化はエネルギー消費の減少、CO₂排出量の低下をもたらしており、2020年の世界の温室効果ガス排出量は対前年比大幅減になる可能性が高い。中国がコロナウイルス禍のピークにあった2月頃は大気汚染が大幅に改善され、観光客の絶え果てたベニスでは運河の水がきれいになったとの報道もある。皮肉なことであるが、温室効果ガス削減にはクライシスが最も有効であるという「不都合な真実」を露呈してしまった形である。

しかしこれはコロナがもたらした一時的なものに過ぎない。景気が回復すれば温室効果ガスがリバウンドすることは確実である。コロナ禍によって急速に普及しているテレワーク、インターネット会議等が、コロナ収束後も定着すればリバウンドをある程度抑えるかもしれないが。

環境関係者の間では、目下の新型コロナウイルス禍が温暖化問題への取り組みのモメンタムを大幅に削ぐことへの懸念が高まっている。2020年はパリ協定施行元年にあたり、国連もCOP26議長国英国もパリ協定の1.5度〜2度安定化目標達成のため、各国に温室効果ガス削減目標の引き上げを迫る算段でいた。しかし瞬く間に世界を席巻した新型コロナウイルスは温暖化問題に対する関心を吹き飛ばしてしまっている。4月2日にはCOP26の1年延期が発表された。

欧州グリーンディールをかかげ、温暖化問題を最優先課題と位置付けていたフォンデアライエン委員長のEUでも、もともと化石燃料依存が高く西欧・北欧主導の温暖化アジェンダに反発していたポーランドやチェコから「コロナウイルス対策を最優先とし、欧州グリーンディールを棚上げすべきだ」との声が上がっている。ドイツでは大幅な業績悪化にあえぐドイツ自動車工業会がEUのCO₂排出規制を延期すべきであるとの働きかけを開始し、連立与党キリスト教社会同盟は再生可能エネルギー賦課金、炭素税を中断し、電力料金の安定を図るべきと提案している。

再エネにも逆風が吹いている。化石燃料価格はエネルギー需要の低下とサウジ、ロシアの増産競争のダブルパンチで最低水準になっており、再エネの競争力の相対的な低下にもつながる。太陽光パネルを中心にクリーンプロダクトの供給ソースとなってきた中国とのサプライチェーンについても見直しが行われるだろう。

より巨視的に考えると、新型コロナウイルス禍は人の移動の自由を基礎とするグローバリズムに冷や水を浴びせることとなり、国境管理、ひいては国民国家の重要性を再認識させ、国家主義、一国主義の台頭を後押しする可能性がある。人の移動の自由を含め、グローバリズム、リベラリズムを推進してきたEUが新型コロナ禍に直面するや、各国が自国の利害最優先に走っていることは象徴的である。温暖化問題はグローバリズム、リベラルな価値観と強い親和性を有するものであり、新型コロナウイルスによってグローバリズムが後退すれば、温暖化問題の追求にも悪影響を与えるだろう。

もちろん、こうした中でも温暖化対策の手を緩めてはならないとの声も強い。コロナでこれほどの財政出動と人々の行動変化が起きるのだから、温暖化対策でも同じような非常措置ができるはずだという議論すらある。しかし、時限的ではあるが、家族、友人の生命が危機に晒されるコロナ危機と、数十年に及ぶ息長い取り組みを必要とする一方、温室効果ガス削減の便益を目に見える形で体感できない温暖化問題を同列に論ずることには無理がある。そもそも普通の人々は温暖化防止よりも雇用、ヘルスケア、教育を重視する傾向が強い。国連が全世界の国民を対象に17のSDGsの中で何を重視するかをサーベイした「My World 2030」でもこの3つがトップ3となっており、温暖化のプライオリティははるかに劣後する。現下のコロナ禍はまさしくヘルスケアと雇用の両方に関わる問題であり、政府、国民の関心がそちらに急傾斜することも驚くに当たらない。米国のトランプ政権が新型コロナウイルスに対応して2兆ドル超の緊急経済対策をとりまとめた際、野党民主党は再エネへの補助金や救済対象となる航空会社に対する低炭素化プレッジの条件付けなどを盛り込もうとしたが、「今はそれどころではない」と一蹴されている。

まずは現下のコロナ禍を収束させ、危機的状況にある家計、企業を救済してからでなければ各国が温暖化対策に本腰を入れることは難しいだろう。「コロナ後」も疲弊した経済を立て直すためのパッケージが必要になる。温暖化防止を見据えたクリーンエネルギー推進、インフラ投資も含められるべきだろう。他方、コロナ後、政府の財政力も民間企業の資金力も相当疲弊している可能性が高い。このため、コロナ後の経済対策においては、従来以上に費用対効果を見極めることが必要だ。化石燃料の価格が大幅に低下したままであれば、再生可能エネルギー補助のコストは相対的に増大するため、FIT的な補助金垂れ流しには慎重であるべきだ。可処分所得が低下した家計にとって温暖化対策コスト負担の受容度も低下しているだろう。温暖化防止を最優先にかかげるよりも、経済再建に有効であり、温暖化防止にも効く対策を考えていかねばならない。日本についていえば、老朽化した送電網の更新、スマートグリッドの導入、将来のマーケットを見据えた水素、CCUS(Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage:分離・貯留したCO₂を利用すること)の技術開発、実証プロジェクト等はNo Regretの対策になるのではないか。

2020年4月8日掲載

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