新型コロナウイルス感染症の経済への影響と求められる政策対応

鶴 光太郎
プログラムディレクター・ファカルティフェロー

現状評価

新型コロナウイルス感染症の現状は、新型コロナウイルス感染症対策専門家会議の3月19日の分析・提言にあるように、欧州などでみられるような感染の爆発的な増加、つまり、オーバーシュートはなんとか抑制されている状況といえるだろう。もちろん、日本の場合、検査数がそもそも少ないため、感染者数が過小評価されているという指摘もあるが、死者数の水準、増加率がある程度それを裏付けるエビデンスとなっている。

このため、クラスター感染を抑制し、持ちこたえていくことで、感染者数の推移を示すカーブを平準化させ、感染者数のピークを低くし、先にずらしていくことが重要である。爆発的な感染が起きてしまえば、イタリアなどにみられるように医療が崩壊するとともに、ロックダウン(感染地域の封鎖、外出禁止、必需品以外の閉店命令など)に結びつき、経済社会への影響は計り知れない。むやみに検査数を増やし軽症の患者が病院へ殺到すれば医療崩壊が起きることへの理解が進み、検査の在り方などもかなり国民に浸透してきているのではないかと思われる。

一方、完全な封じ込めができなかった中で、なんとか感染を抑制していく流れになった以上、終息へ道のりは予想していた以上に長いことを覚悟せざるを得ない状況だ。世界的には終息まで半年程度の期間(8月頃まで)が想定されていたようであるが、少なくとも1年(年明け)は覚悟しなければならない持久戦となってきているかもしれない。

段階別にみた経済への影響

経済への影響であるが、以下、3つの段階に分けて考えてみたい。まず、第一段階は、まだ、国内の感染が広がる前、武漢での感染の急拡大で、中国からの部品供給のストップしたことが中国の部品を使用する製造業へマイナスの影響を与えたことであった。グローバルのサプライチェーンの寸断、供給ショックであるが、まだ、地域が限定された状況であった。

第二段階は、国内感染が広がる中で、人の移動・集まりが極端に制限されることにより、国内の特定の産業へ集中した影響が広がったことである。これにより、特に影響を受けているには、観光業(旅館・ホテル、バス)、鉄道業、航空業、飲食業、エンターテイメント・イベント業(遊園地、コンサート等)への大きな需要ショック(2~3月にかけて前年の半減程度を示す業界も)である。

第三段階は、欧州とその後を追う米国と日本の間で人の移動が極端に制限されるとともに、今後、世界的な需要・供給ショックの連鎖、増幅が日本経済へ影響を及ぼす段階である。マイナスの効果は予想がつきにくいが、主に大幅な輸出等の減少となってまず現れるであろう。特に、米国の今後の動向が大きなカギを握っている。

新型コロナウイルス感染症のショックの性質

まず、重要なのは、新型コロナウイルス感染症のショックは、供給面、需要面双方とも、基本的にテンポラリー(一時的)なショックであり、経済のファンダメンタルズが悪化したわけではなく、感染症が収まれば、経済はいずれ元に戻るはずであることだ。もちろん、新型コロナウイルス感染による死者増加は労働供給を減少させるという意味ではパーマネント(恒久的な)ショックといえるが、高齢者が中心であることを踏まえれば、その色彩は薄い。ここが、2008~2009年の世界金融危機とは異なる部分である。一方、上記の第三段階の世界経済からのリパーカッションが大きくなれば、世界経済危機の時のような影響がもう一段加わる可能性もある。

しかし、感染症の蔓延や経済の停滞が長引き、テンポラリーなショックがパーマネントなショックに変質してしまうという履歴(ヒステリシス)効果が発生してしまうと対応はかなり難しくなってしまう。これをいかに避けるかが大きな課題といえる。

また、今回大きな影響を受けている産業は、人の移動、集まりに関わるサービス産業である。サービス産業では、供給と消費の「同時性」が要求される。つまり、その時点で消費されないと後で2倍消費するというわけにはいかない。その意味で、感染症が終息した後、V字回復が期待しにくいことへの留意も必要だ。

求められる政策対応

それでは、このような状況を踏まえて、政策対応はどうあるべきか。参考になるのは英国の例だ。英国は今回、約4兆円(GDP比1.3%)の財政対策を発表した。スーナク財務大臣は、政策対応の在り方について、以下のように述べている。"because the hit to supply was likely to be transitory, the best response was a temporary, targeted and timely boost to support demand in the short run and stop hard-hit firms going out of business."(英国Economist3/14号)。

つまり、3つのT、 "temporary"、 "targeted"、 "timely"が重要ということだ。まず、上記で指摘したように、ショックは一時的であるので、政策対応も一時的、また、影響を受ける産業はいまのところかなり集中しているのでそこにターゲットを絞り、かなり迅速機動的な対応を行うべきという趣旨だ。

日本の場合、国家財政状況はかなり深刻であるが、テンポラリー(一時的な)措置ということで金目に糸目をつけてはならない。思い切った規模の対策を行うべきであろう。一方、パーマネント(恒久的)になる可能性のある政策は断固として避けるべきである。その筆頭例が、政治的にも話題となっている消費税税率引下げである。ただ、景気変動で消費税率を簡単に上げ下げするようになってしまえば、「ポピュリズム」に完全にまみれてしまい、今後、まともな税政策はいっさい行うことができなくなるだろう。

また、国民全員へ一律に給付金や商品券を与えるような「一律的」政策もターゲティングの観点から避けるべきである。一律で給付金などを配る政策はもちろん国民に人気があり政治的にはなびきやすい。所得制限などでターゲットを絞るととたんに実施コストが高くなってしまい、迅速性を考えると一律的な政策が実施されやすい。また、商品券の方が現金よりも消費にはプラスと要望する業界関係者もいるようであるが、使おうと思っていた現金を使わなくなるだけで基本的に差はないはずだ。今回はお金を使いたくても使えない状況が問題であるので、給付金等はより貯蓄に回るであろうことは明らかだ。例え、10万円を一律に配っても、本当に困窮している人には十分でない一方、困っていない人は旅行やレストランでの食事がままならなくなり、新たに消費したいものがでてこないのが実際ではないか。

このように考えてくると、最も重要な政策対応は、テンポラリーなショックがパーマネントなショックに変化することをできるだけ抑制することだ。そのためには、できるだけ、労働者の失業や企業の倒産を避ける対策を行うことにつきる。特に、世界金融危機の時に大幅に増額した雇用調整助成金、日本政策金融公庫を通じた公的金融(利子補給による実質的な金利ゼロ)が大きなカギを握っている。個人ではなく、企業を通じた支援の方がターゲットを意識した対応が行いやすいと考えられる。

雇用調整金は、世界金融危機の際に、正規雇用を守るという点では、非常に大きな効果があった。しかし、雇用保険に加入していない非正規雇用に対しては極端な雇用調整のしわ寄せが行われたことは記憶に新しく、これは断じて繰り返されてはならない。非正規への配慮が特に重要なのは、今回影響を大きく受けているサービス業においては非正規雇用の割合が他の業種よりも高いためだ。また、フリーランス・個人請負などの割合も高い。今回、雇用調整助成金では非正規へも配慮され、学校の休校に伴う賃金補償ではフリーランスなどへも配慮がなされたことは評価されるべきだ。折しも、4月からの非正規の処遇改善格差是正(同一労働同一賃金)が実施されることもあり、非正規雇用の雇止めなどに対してはきめ細かく注視し、対応を図っていく必要がある。

今回の危機を飛躍に結び付けるために

「見えない未来」の下、「見えない敵」と格闘するという初めての経験は、国民に大きなストレスを与えていることは疑いない。それは、感染ルートの確定という点から、感染すれば、身体的な影響よりも、世間に晒される個人やその所属する組織が被るや社会的・心理的なダメージの方がはるかに大きく、それに怯えていることも影響していそうだ。しかし、そこで「思考停止」、「冬眠」してしまえば、われわれの失うものも大きくなる一方だ。長期戦の中で手洗い等の個人の衛生管理をし、「密室・密集・密接」を避けながら、各自が最大限できることは何かを考え続けていく必要があろう。

筆者は、テレワークは子育て・介護のためではなく、創造性や生産性を高めるために全従業員が利用できるような仕組みを整えて、積極的に活用すべきと論じてきたが(注1)、折しも、強制的にテレワークを行わなければならない状況に多くの企業が追い込まれている。テレビ・ウェブ会議なども含め、やってみれば案外できるのではというのが大方の感想ではないだろうか。日本企業の場合、メンバーシップ型の雇用システムの下で、「大部屋」におけるファイス・ツー・フェイスのコミュニケ―ションやコーディネーションを重視してきた。こうした特徴が職場のデジタル化へのハードルになっていたといっても過言ではない。だからこそ、この機会にデジタル化の利点を理解し、職場に一気に普及させていく格好の機会といえる。それは教育機関も同じで、将来のある子供、若者を守りながら、質の高い教育を実施するため、オンライン授業・学習への迅速な対応が求められている(2020年3月23日執筆)。

2020年3月24日掲載

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