新型コロナウイルスについてのイギリスのレポート

関沢 洋一
上席研究員

3月16日付けのコラムで、新型コロナウイルス感染症(以下では「新型感染症」)に対するイギリスの独自の戦略を紹介したが、わずかの間にイギリス政府は方針を変えて、新型感染症への対策を緩和政策から抑圧政策へと大きく変更した。その背景にあると言われているのが、3月16日にインペリアル・カレッジ・ロンドンのコロナウイルス対策チーム(COVID-19 Response Team)が作成したレポート(以下では「ICレポート」と呼ぶ)である[1]。日本の今後の対策を考える上でも極めて重要なレポートなので、英語力がある人々は是非読んでいただき、また、和訳が速やかに行われることを期待している(概要(Report 9が該当)だけは和訳がある)。以下はこのレポートの私なりの理解を示す。

1.2つの基本戦略:「緩和」対「抑圧」

ICレポートでは、新型感染症に対する根本戦略として2つの基本戦略が可能だとしており、その1つは「緩和(mitigation)」でもう1つは「抑圧(suppression)」となっている(以下ではこれらを「緩和戦略」、「抑圧戦略」と呼ぶ)。

緩和戦略は、感染速度を遅くすることに焦点を当てているが、必ずしも感染の拡大を止めることには焦点を当てておらず、感染によって重症化するリスクが最も高い人々を感染から守りながら医療への需要のピークを減らすことを目指している。これに対して、抑圧戦略は、感染の拡大を止める(reverse epidemic growth)ことを目指して、感染者の数を低水準にまで減らし、その状態を無期限に継続する。

2.具体的な対策と緩和戦略の問題点

ICレポートでは新型感染症に対するワクチンが利用可能になるまでに少なくとも1年から1年半かかると指摘している(P.3)。ワクチンが存在しない中で、人と人の間の接触を防いでウィルスの伝染を減らすことが目指されている。具体的には、投薬のような狭義の医療には含まれない5つの介入策(NPI、non-pharmaceutical intervention)が提示されている(表1)。

表1:検討されている介入策の概要
略字 対策(policy) 概要
CI 症状発症者の自宅隔離 症状のある人々は7日間は家にとどまって、家庭外の接触をこの期間中に75%減らす。家庭内の接触は変化なし。70%の家庭がこの対策を遵守することを想定。
HQ 自発的な家庭隔離 ある家庭において症状がある人が特定された場合に、その家族全員が14日間家にとどまる。この隔離期間は家族内の接触は倍になる。地域(community)における接触は75%減る。この対策は50%の家庭が遵守することを想定。
SDO 70歳以上の社会的距離戦略 職場における接触を50%減らし、家庭内の接触を25%増やし、他の接触を75%減らす。この対策は75%遵守されることを想定。
SD 全国民の社会的距離戦略 全ての家庭が家庭外、学校、または、職場以外における接触を75%削減する。学校内の接触は変化なし。職場での接触は25%削減する。家庭内の接触は25%増えることを想定。
PC 学校と大学の閉鎖 全ての学校を閉鎖し、25%の大学は運営し続ける。生徒の家族との接触は閉鎖期間中に50%増える。地域における接触は閉鎖期間中に25%増える。
(出典)ICレポート(P. 6)

ICレポートによれば、ひとつひとつの対策では効果が限られており、伝染に実質的なインパクトをもたらすためには複数の対策の組み合わせが必要とされている。最適な緩和戦略(「症状発症者の自宅隔離」と「自発的な家庭隔離」と「70歳以上や深刻な病気のリスクがある人々の社会的距離戦略」を組み合わせること)によってピークにおける医療需要を3分の2に減らし、死亡者数を半分にできるかもしれないとしている。しかし、緩和戦略による感染者数の減少によっても、依然として、数十万人が死亡し、医療システム(特にICU(集中治療室)がキャパシティをはるかにこえて圧倒される(being overwhelmed many times over)とされる。このことを踏まえて、抑圧戦略を実現できる国であれば、抑圧戦略をとることも選択肢として残されているとしている(For countries able to achieve it, this leaves suppression as the preferred policy option.)

ICレポートでは、抑圧戦略をとるためには、最低限、「全国民の社会的距離戦略」と「症状発症者の自宅隔離」と「自発的な家庭隔離」が必要とされ、更に「学校と大学の閉鎖」で補わないといけなくなるかもしれないとしている。その一方で、学校と大学を閉鎖した場合には、働けなくなる人々が増えること(absenteeism)によって医療システムに負の影響をもたらすかもしれないことを認識すべきとしている。

3.抑圧戦略の問題点

ICレポートは、抑圧戦略の問題点(challenge)として、ワクチンが利用可能になる時点(潜在的には1年半かそれ以上)までこの戦略を維持し続けなければならないだろうことを指摘している。その前提として、抑圧戦略のための介入が緩められると感染が急速に逆戻りする(rebound)ことが予想されている。新型感染症の監視(surveillance)によって傾向を把握した上で断続的に「全国民の社会的距離戦略」を発動すれば、比較的短い期間においては一時的に介入を緩和できるかもしれないが、感染者数が再び増えれば対策を再導入しなければいけなくなるだろうとしている。ICレポートでは、中国や韓国の経験によって抑圧戦略が短期的に可能だと指摘しつつも、長期的に抑圧戦略が可能かどうかは分からず、また、この戦略に伴う途方もない社会的経済的コストが人々の健康度や幸福に著しいインパクトを及ぼすかもしれないと指摘している。

4.ICレポートの結論

要旨には書かれていないが、考察(Discussion)にICレポートの結論が書かれている。現時点では新型感染症の抑圧が唯一の実行可能な戦略だとしている(We therefore conclude that epidemic suppression is the only viable strategy at the current time.)。その理由として、最適な緩和戦略をとった場合であってもピーク時の患者数が一般病棟とICU双方のキャパシティの8倍を超えると予想されていることが挙げられている。また、この結論に達したのはわずか数日前と書いてある。ジョンソン政権は3月12日の記者会見では緩和戦略をとる旨を表明しており、その後のイギリス国内とイタリアの情勢を踏まえて結論が変化したことが推察される。

その一方で、ICレポートでは、抑制戦略を長期的に継続することに成功するかどうかまったく確信がないとしており、ここまで長期間にわたって社会を遮断する効果を有する公衆衛生上の介入はこれまでに試みられたことがないと指摘している。

5.終わりに

最初にも述べたとおり、ICレポートは多くの専門家がエビデンスを参照しつつ考えに考え抜いた上で作られたように見受けられ、日本において今後の新型感染症対策を考える上での必読文献だと思う。

引用文献
  1. Ferguson NM, Laydon D, Nedjati-Gilani G, Imai N, Ainslie K, Baguelin M, et al. Impact of non-pharmaceutical interventions (NPIs) to reduce COVID-19 mortality and healthcare demand. 16 March 2020

2020年3月19日掲載