政策立案における長期的視点の重要性-T20中小企業政策タスクフォースの政策提言を例に-

関口 陽一
上席研究員

はじめに

2019年6月28日~29日のG20大阪サミットに先立ち、5月26日~27日に東京でT20(Think 20)サミットが開催された。T20は、G20加盟国等の有識者・シンクタンク関係者により構成されるG20のエンゲージメント・グループ(アジェンダや機能毎に形成された政府とは独立した団体)の一つで、G20のアイデア・バンクと位置づけられている。G20大阪サミットの主要テーマと関連する10の政策課題についてタスクフォースを設置して協議を進め、T20サミットの際に各タスクフォースの政策提言を取りまとめたコミュニケ(共同声明)を発表した。

T20もG20と同様に国際的な会議であり、参加国の状況の違いから、すべての国に適用可能な政策提言のみをできるわけではない。当研究所が事務局を務めたT20中小企業政策タスクフォースが取り扱った中小企業政策も、各国の状況の違いによって多様であると言われることがある。しかし、少なくとも、中小企業政策にも関係する、質の高い教育の提供、産業化の促進及びイノベーションの推進など、国連で採択された持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals : SDGs)の理念は、G20、T20いずれにおいても普遍的なものとして共有されている。そこで、T20中小企業政策タスクフォースからの政策提言をSDGsの枠組みから見直し、多様性が強調される中小企業政策の根底にある目標や対応の方向性を確認しながら、政策立案における長期的視点の重要性を考察する。

各国にとっての中小企業政策の重要性

中小企業は、OECD諸国では企業数の99%、雇用の約60%、付加価値の50~60%を占めており、各国経済の活力の維持・強化、持続可能で包摂的な成長の実現に欠かせない。しかし、多くの中小企業は、限られた資源、高リスク、情報の非対称性(市場アクセス、大企業との関係など)のため、イノベーション、人材開発、資金調達をはじめさまざまな課題に直面している。

一方で、デジタル化やグローバル化の進展など、中小企業を取り巻く環境も変わりつつある。これらの環境変化は世界共通の動きで、適切に対応できれば中小企業の一層の成長を期待できる。しかし、対応を怠った場合、適切に対応した企業との格差が拡大しかねない。 従って、中小企業政策においては、中小企業の成長・発展を図る普遍的な目標に向けて、さまざまな課題、環境の変化への対応を支援することが基本であると言えよう。

T20中小企業政策タスクフォースからの政策提言

T20中小企業政策タスクフォースでは、上記の環境変化を踏まえ、企業のライフサイクルを意識しつつ6本のポリシーブリーフ(政策提言報告書)を作成した(図参照)。各ポリシーブリーフのテーマは①スタートアップ、②研究開発及びイノベーション、③金融アクセス、④人的資本投資・労働力流動化、⑤国際化、⑥事業譲渡で、それぞれについてエビデンスに基づき中小企業政策の方向性をグッドプラクティス(優れた取り組み)も含めて示した。

図:企業のライフサイクルとポリシーブリーフのテーマ
図:企業のライフサイクルとポリシーブリーフのテーマ
出典:筆者作成

そして、T20のコミュニケにおいては、複数のポリシーブリーフで人材開発、デジタル技術を活用した情報提供やネットワーク化、資金調達、規制緩和に言及していることを踏まえ、中小企業政策に関する提言を①スタートアップ、事業譲渡、人材開発の促進による起業家経済の発展、②デジタル技術を活用した中小企業による資源へのアクセスの改善、③中小企業のイノベーションと国際化の促進の3つの目標のもとで集約・整理した(表参照)。このことを通じて、相互に関連する個々の政策提言を各論にとどめず、総合的に捉え直している。

表:コミュニケに集約・整理した主な政策提言
表:コミュニケに集約・整理した主な政策提言
出典:T20 Summit 2019 Communiquéより作成

T20中小企業政策タスクフォースの政策提言とSDGs

続いて、多様性が強調される中小企業政策の根底にある目標や対応の方向性を確認するため、T20中小企業政策タスクフォースの政策提言をSDGsの枠組みから見直していく。

2015年9月の国連総会で採択された「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ」には、全部で17の持続可能な開発目標と169のターゲットが示されている。これらの中には、教育、イノベーション、金融サービスへのアクセス改善、グローバルバリューチェーンへのアクセス拡大など、T20中小企業政策タスクフォースの政策提言と関連するターゲットも複数ある。SDGsが目指す国際社会共通の目標と中小企業政策の方向性は、おおむね共通しており、中小企業政策の普遍性がうかがえる。

一方で、SDGsでは、デジタル技術の活用に関する記述は多くない。このことは、特に後発開発途上国では情報通信基盤が整備途上にあるためと思われる。しかし、SDGsでは、後発開発途上国における普遍的かつ安価なインターネット・アクセス提供もターゲットとしている。それらの国々でも情報通信基盤が整備され、情報通信技術の活用が進めば、デジタル化への対応も先進国、新興国だけでなく国際社会共通の課題と位置づけられるはずである。現段階では、後発開発途上国においてデジタル技術を活用した高等教育、資金調達などのグッドプラクティスを実践できる機会は限られるが、バックキャスティング(望ましい未来像から逆算して施策を検討)の際に、遠くない未来の姿の例として、後発開発途上国が先進国のグッドプラクティスを活用することも考えられる。

おわりに

グッドプラクティスは、直面する課題への対応策を具体的に検討する参考になる。しかし、経済状態や法体系などの異なる国に、他国のグッドプラクティスをそのまま適用するのは難しい。また、デジタル化が進展する変化の速い時代には、グッドプラクティスもすぐに陳腐化する。しかし、グッドプラクティスは、ある地域が抱える課題に対して成果を上げた具体的な取り組みである。従って、グッドプラクティスに関しては、そのまま適用する具体例としてだけでなく、課題と向き合う際に目指すべき姿や対応の方向性を理解する参考情報としても活用できる可能性がある。

ここまで、T20中小企業政策タスクフォースの政策提言とSDGsから、多様と言われる中小企業政策の普遍性の把握を試みてきたが、同タスクフォースからは、公的支援の対象者の考え方(例:敗者の保護や勝者の選抜ではなく、挑戦者を応援)など、他にも中小企業政策の根幹に関わる提言を行っている。また、政策立案にあたり、政策の効果を定量的に評価するエビデンスの重要性にも言及している。短期的な成果を求める風潮もあるなか、変化が速いからこそ、不確実性に対処しつつも持続可能性を確保すべく、SDGsが2030年の世界を見据えているように、長期的な視点からの政策立案の重要性も増していると思われる。

参考文献

T20 Japan 2019中小企業政策タスクフォースのポリシーブリーフ

T20 Summit 2019のコミュニケ

国連総会で採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」

2019年7月30日掲載

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