自由なデータフローを支える政策体系の構築-T20貿易・投資タスクフォースの政策提言より-

木村 福成
コンサルティングフェロー

はじめに

2019年6月28日・29日のG20大阪サミットに先立ち、5月26日・27日に東京でT20(Think 20)サミットが開催された。T20は、G20加盟国等の有識者・シンクタンク関係者により構成されるG20の公式なエンゲージメント・グループ(アジェンダや機能ごとに形成された政府とは独立した団体)の1つで、G20のアイデア・バンクと位置付けられている。T20では、G20大阪サミットの主要テーマと関連する10の政策課題についてタスクフォースを設置して協議を進め、T20サミットにて各タスクフォースの政策提言を取りまとめた共同声明(コミュニケ)を発表した。

10のタスクフォースのうちの1つ「貿易・投資とグローバル化タスクフォース」では、世界中のシンクタンクの専門家が集まり、主に①WTO改革・貿易紛争解決、②デジタル情報の流通(データフロー)、③持続可能で包摂的な経済成長のための取組(サービス貿易、グローバルバリューチェーン(GVC)、投資円滑化など)の3つの課題について議論を行った。

本稿では、このうちデータフローの議論についての考察を行いたい。現実には、データフローについてすでに様々な経済政策が各国で実施されているが、このデータフローの問題を経済学でいかに扱うかについては、まだ経済学者の中でも合意がない。データフローに関する政策をどのように評価するかについても議論が混乱している。このため、T20の政策提言では、思い切って「経済学的な議論はこうあるべき」という以下に述べるフレームワークを示した。これも各国の学者が完全に合意したものではないことに留意いただきたい。

1 デジタル経済をめぐる諸政策の混乱

データフローをはじめとするデジタル経済の議論は、経済学者から見るとひどい混乱状態にある。例えば、欧州のようにプライバシーは人権の一部であり厳しく守るべきとなると、どんどん規制が厳しくなって、経済効率が悪化する。また、サイバーセキュリティのように国家の安全保障の話になると、思考停止状態になってしまい、社会的コストの議論は吹き飛んでしまう。

複数の政策目標が混在している政策もある。たとえば、いわゆるGAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)に対する政策については、国民のプライバシー保護が目的なのか、競争政策の問題なのか、各社の税金逃れを取り締まる租税政策なのか、自国企業を保護するための政策なのか、目標が混在している。Huaweiに対する制限についても、どこまでがサイバーセキュリティの話で、どこからが産業政策・自国企業保護の話なのか不明確になっている。経済学的に正当化できる政策なのか、隠れた自国企業優先主義なのか。現状はこれらが混在しており、危険な状態にある。

また、米、欧、中とその他インドなどではデータフローについて異なる政策体系が形成されつつあり、背景のロジックも違う。これらの政策調和をいかにして確保するかも課題である。

2 経済政策としての位置付けの確立

ここでは、データフローについて、モノ・サービス貿易との関係性・類似性から考えてみたい。

まず、データフローの経済への貢献を正当に評価すべきであろう。経済学では、自由な取引が行われれば、経済全体の社会的厚生が高まると考える。消費者あるいはネットユーザーが享受できる利便性、効率性こそが、最終的に評価されるべき基準である。その視点から、「自由なデータフローは経済にとってプラスになる」ことが論理的出発点となる。

これは、先進国のみならず新興国・発展途上国にもあてはまる。デジタル技術全体を見ると、IT(Information Technology)=いわゆるAIとかロボットなどの世界と、CT(Communication Technology)=インターネットやスマートフォン・5Gなどの世界があるが、ほとんどの新興国・発展途上国はITの最先端では先進国に勝てないかも知れない。一方、CTについては、スマートフォンは途上国でも首都圏だけでなく地方にも普及しており、彼らはユーザーとして見事にCTを活用して生活や経済活動に用いている。そういう意味において、G20をはじめとする世界の国々、特に新興国・発展途上国では、データフローを経済成長に生かすための政策整備が必要であろう。

インターネットがあって情報が自由に手に入ると便利であることは皆さんもご経験のとおりだが、そこには経済的な問題もあれば社会的な懸念もある。これらを書き出して、関連政策について経済効率を考慮した体系に整理し、論点を明確にする必要がある。また、「データフローそのものについての政策(規制など)」と「データ関連ビジネスについての政策(産業振興や規制など)」も切り離せない。さらに、データフローに関する議論では、サービス貿易と同様に、国内政策と国際政策をどうリンクするか、調和させるかも重要になる。

3 T20の提言:自由なデータフローをアンカーとする政策体系の構築

このような観点から、T20では、「自由なデータフロー」をベースに、次の5つのカテゴリーで政策を整理する必要があると提言した。

第一に、データフローのさらなる自由化・円滑化政策、データの自由な移動の障壁除去である。デジタル・コンテンツの無差別原則、電子取引の関税非賦課(WTOではまだ決まっていない)、小額小包の関税免除、電子認証・署名などが含まれる。

第二に、経済的懸念(市場の失敗)を和らげる政策である。例えば、競争政策(GAFAなどの強い企業による市場支配力濫用の禁止や不公正な取引の禁止)、消費者保護、知財保護などが含まれる。

第三に、価値観・社会的懸念と経済効率の折り合いをつける政策である。データおよびプライバシーの保護、サイバーセキュリティ、その他一般例外(健康、文化など)などが含まれる。

第四に、データ移動とデータ関連ビジネスを規制体系に取り込む政策である。租税、電子決済、fintech、その他産業の規制、人工知能、企業の情報開示と統計をどうするか、政府が個人・企業データにアクセスする際の司法プロセス(刑事訴訟法的な手続き)などが含まれる。

これらに加え、第五に、産業政策あるいは幼稚産業保護政策(その一部は保護主義)のカテゴリーも必要であろう。自国産業を育てるのはいいが、どの程度の保護が許されるのか、WTO等の下で基準を設けて過度な保護を除去していく必要がある。

このような5つのカテゴリーで各国のデータフローの政策を整理することにより、関連政策の適否を経済政策として議論することが可能となる。政策調和が可能な分野もあるだろうし、容易に解決不可能な政策のあぶり出しも可能になるだろう。

図:データフローに関する5つの政策カテゴリー
図:データフローに関する5つの政策カテゴリー
出典:筆者

4 「信頼性のある自由なデータ流通(DFFT)」の意義

今回のG20大阪サミットで、「信頼性のある自由なデータ流通(DFFT)」が首脳宣言(コミュニケ)に明記され、DFFTを進めるための「大阪トラック」の開始が合意されたことには非常に大きな意義がある。現在、データフローについては、異なる思想で異なる政策体系を構築しつつある米欧中印によるデジタル世界の分断、いわば「デジタル保護主義」「デジタルブロック経済」が進みつつあるが、その意味で今回「自由なデータフロー」を論理的アンカー(根拠)に据える概念枠組みに、首脳間で合意ができたことは大きなステップと言えるだろう。昨年12月に発効した環太平洋パートナーシップ協定(CPTPP)ではそうした思想が入っているが、この3月に発効した日EUの経済連携協定(EPA)や2016年に制定されたEUのGDPR(General Data Protection Regulation:EU一般データ保護規則)では全く異なるアプローチが採用されている。今回のDFFT合意により、国際的調和が容易な政策と難しい政策を仕分けが可能となり、「ルールに基づく国際経済体制の保持」と言った場合の「ルール」も整理できるようになるだろう。その中で、非効率な産業政策、保護主義の洗い出しが進み、少しずつ解消されていくことを期待したい。

いずれにせよ、こうした議論はWTOだけでは全て解決しない。日本としては、WTOにおける議論を「大阪トラック」の主導国として支えつつ、OECDなどさまざまなフォーラムを用いて議論を進めていく必要があるだろう。

参考文献

2019年7月30日掲載

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