COP24の評価と今後の課題

有馬 純
コンサルティングフェロー

昨年1月の新春コラムで「2018年温暖化交渉の展望と課題」と題する小文を書いた。
https://www.rieti.go.jp/jp/columns/s18_0014.html

その中で「2018年はものごとを決めねばならない年」と述べたが2018年12月にポーランドのカトビチェで開催されたCOP24ではパリ協定の詳細ルールが採択された。「ものごとを決めることができた」わけである。本稿ではCOP24の評価と今後の課題について所見を述べたい。

詳細ルール交渉は成功

COP24は成功であったと言ってよい。何よりも今回の詳細ルール合意によって二分法に基づく京都議定書から全員参加型のパリ協定への移行が動き始めることには大きな意義がある。

今次交渉においては、「二分法を導入したいLMDC vs 共通フレームワークを主張する先進国」、「資金援助拡大を要求するアフリカ諸国、低開発国 vs 資金援助に慎重な先進国」という二重の対立構図が存在した。こうした中でNDC、透明性フレームワークにおいて共通のガイドラインが設定されたことは二分法に固執するLMDCの攻勢に屈せず、全員参加のパリ協定の精神を堅持したことを意味する。透明性フレームワークにおいて、柔軟性の付与が途上国の自己決定となったものの、説明責任を義務付けたことは成果である。中国等の大排出国が柔軟性を「悪用」しないよう、米国等との連携がカギとなる。

他方、2020年の長期資金目標の検討開始、ニーズアセスメント報告の作成等、アフリカ諸国、低開発国等の求める資金援助拡大では途上国に一定の譲歩をすることとなった。特にニーズアセスメント報告書はグローバルストックテークの材料とされ、今後、途上国の支援ニーズと先進国の支援オファーの間のギャップがクローズアップされることになるだろう。先進国にとって頭の痛い問題ではあるが、先述のとおり、資金支援と共通フレームワーク(二分法の排除)がパッケージである以上、合意形成のためには避けられない道であったともいえる。

巨視的に見れば、パリ協定のリオープン(NDCの範囲、二分法等)につながるLMDCの主張を斥ける一方、資金支援面で貧しい途上国に配慮したものとなっており、全体としてバランスのとれた合意結果であると評価できる。

今回、米国は最も重視していた透明性の共通ルールで一定の成果を得た。しかしこのことをもってトランプ政権がパリ協定離脱方針を翻意するかは不明である。先述の国務省ステートメントでも「米国民にとって有利なディールがない限り、パリ協定離脱に関する政権のポジションは変わらない」と明記されている。むしろ「トランプ後」をにらんで米国が復帰できる基盤ができたことを評価すべきであろう。

1.5℃目標により現実とのギャップが更に拡大

今回の合意によって2020年以降、パリ協定体制が動き出すことになるが、懸念されるのは「COPの世界」と現実世界とのギャップの広がりである。COP24でNGOをはじめとする環境関係者が専らプレーアップしたのは詳細ルール交渉よりも10月に発表されたIPCC1.5℃特別報告書であった。タラノア対話では多くの閣僚が1.5℃報告書に言及し、ノルウェー、島嶼国連合のように1.5℃報告書を踏まえたNDCの引き上げを唱道する「High Ambition Coalition」も発足した。第1週の補助機関会合最終日では1.5℃特別報告書の扱いにつき、歓迎(welcome)を主張する島嶼国、EUと留意(note)を主張する米国、ロシア、サウジ、クウェートの対立が顕在化し、物別れとなった。COP24の決定文書では「COPの要請に応じて特別報告書を作成したIPCCに対して感謝を表明する」との中立的表現が採択された。しかし来年の補助機関会合では1.5℃特別報告書について検討(consider)することになっており、その結果をどう表現するかが改めて争点となろう。

2050年近傍にネットゼロエミッションという1.5℃特別報告書で描かれた削減パスと現実との間には途方もないギャップがあり、世界第1位、第2位の排出国である中国、米国や今後排出が急増するインドやASEANがそれに見合ったNDCを引き上げるとは考えにくい。事実、COP24でNDC引き上げると表明したのはマーシャル諸島くらいであり、逆にドイツは2020年目標を断念し、EUはドイツ、東欧諸国の反対により2030年目標の引き上げを見送っている。また1.5℃特別報告書では2030年に世界全体で135-5500ドルの炭素税が必要とされているが、パリではたかだか10数ドルの炭素税引き上げがイエローベストの大規模騒乱を招いている。先進国のフランスですらこうなのだから途上国においては炭素価格引き上げへの受容性は更に低いのは当然だ。しかしCOPに集う環境関係者は2℃目標にかえて1.5℃目標をデファクトスタンダードにしようとしている。2℃目標ですら現実との乖離が明白であったのだから、1.5℃路線に基づく野心レベル引き上げキャンペーンは早晩、破綻することになろう。フィージビリティを考えないスローガン先行の議論がプロセス全体に対する信頼性を損なうことが懸念される。

掛け声の削減目標よりも技術による解決を

わが国にとっての課題も多い。1.5℃特別報告書が大きくクローズアップされる中で、まず2020年のNDC提出の際に2030年26%減目標を引き上げろという議論が内外で発生するだろう。しかし原発の再稼働が順調に進まず、26%目標の達成見通しが厳しくなった場合、さらに目標を引き上げることは合理的ではない。日本の限界削減費用も産業部門のエネルギーコストも主要国中最も高い。国際的な掛け声に乗って非現実的な目標を設定することは日本の産業競争力、経済に多大な悪影響をもたらすことになる。1.5℃特別報告書は2023年のグローバルストックテークでも大きく取り上げられ、2025年の目標改定時にも影響を及ぼすことになるだろう。筆者は1.5℃~2℃目標達成については懐疑的であるが、究極的に脱炭素化を目指すのであれば、空虚な掛け声やフィージビリティスタディを伴わない気合の数字ではなく、経済と両立した形で脱炭素化を可能にする技術の開発と普及の面できちんとした目標、戦略を立てるのが日本の取るべき道であると考える。日本は京都議定書策定交渉に当たり、プレッジ&レビューというボトムアップの枠組みを先行して提案した。結果的に国際的枠組はトップダウンの京都議定書という壮大な「回り道」を経ることになってしまったが、最終的にはボトムアップのプレッジ&レビューをコアとするパリ協定に到達した。脱炭素化の道筋についても数値目標ではなく技術重視というアプローチを世界に打ち出していくべきである。

2019年1月15日掲載

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