国際エネルギー機関(IEA)によると、2016年の日本の最終エネルギー消費の51%は石油および石油製品によって生み出されたものだった。日本は国内で使用する石油のほぼすべてを輸入に頼っており、国産比率はわずか0.2%である。2009~2016年における日本の最大の輸入項目は原油であり、この間の輸入総額は8150億米ドルにものぼる。つまり、石油は日本経済においてきわめて重要な役割を果たしているということである。
不安定な原油価格は日本の産業にどのような影響を及ぼしているか?
図1に示されるように、原油価格は非常に不安定な状況が続いている。こうした原油価格の変動は日本の産業にどのような影響を及ぼしているのだろうか。これを確かめる1つの方法は、原油価格の変化が日本の株価に与える影響を調べることである。Black(1987, pp. 113)は、「業種別株価の動向は業種別の生産高、利益、投資額の増減を予測するのに役立ち、ある業種の株価が上昇すると、たいていはその業種の売上高、収益、設備投資が増える」と指摘している。
これを確かめるために、Thorbecke(2018)は、WTI原油スポット価格、消費者物価指数(CPI)の変動に基づくインフレ調整後の実質実効為替レート、日本の株式市場全体のリターン、米国の株式市場全体のリターンのそれぞれについて対数をとり、その変化率を説明変数とし、業種別株式リターンを被説明変数とする回帰分析を行った。表1は、WTI原油スポット価格の対数変化率を説明変数とした場合の係数が少なくとも10%水準で統計的に有意であることを示している。
原油価格上昇の影響が最も大きいのは電力をはじめとする公益事業である。原油価格が1標準偏差(0.0965対数ポイント)上昇すると、電力は1.4%(0.0965×0.145)、電力設備は1.38%それぞれ株式リターンが減少する。また、空運と陸運の株式リターンもそれぞれ1.1%と0.8%押し下げられる(注1)。
原油価格の上昇は、上記以外にも土木、住宅建設、食品、飲料、小売など多くの産業にマイナスの影響を及ぼす。原油高が、これらの財の生産・輸送や、消費者の購買力にもたらす影響を反映するからである。例えば、建設の場合、原油高は電力費用、資材運搬費用、建設機械使用に要する費用を押し上げることによってマイナスの影響を及ぼす。さらに、損害保険についても原油価格上昇がマイナスに作用することが認められるが、これは、原油高が海上貨物運賃や海上貨物輸送量に及ぼす影響を反映したものと思われる。
石油やガスの生産開発に携わる企業にとっては、原油価格上昇は恩恵となる。原油価格が1標準偏差上昇すると、石油・ガス関連株のリターンは1.5%上昇する。商用車も、原油高が燃料費を押し上げ、バスをはじめとする公共交通機関への需要が高まるので、恩恵を受ける。自動車部品も、原油価格が上昇すると燃料効率に優れた部品に対する需要が高まるので、恩恵を受ける。金鉱山、銀鉱山会社など非鉄金属株も上昇するが、これは、原油価格の上昇がインフレを引き起こし、金鉱株や銀鉱株が確実なインフレヘッジ手段となるからである。日本企業も、原油価格の上昇で潤う企業に部品などを供給しているために、数多くの産業で原油価格上昇の恩恵を享受する。石油化学(産業用資材の一部とする)にとっても原油価格の上昇はプラスに働く。
全体的に見ると、調査した業種の33%で原油価格の変動による何らかの影響(プラスもしくはマイナスの影響)が認められた。原油価格は乱高下が続いており、日本企業にとって大きな不確実性を生み出す要因となっている。不確実性の増大が投資や経済成長率を押し下げることは、Bloom(2009)などの研究で明らかにされている。
政策的含意
この不確実性は、化石燃料から再生可能エネルギーへと資源の多様化を図り、また省エネ技術の導入を進めることによって、軽減できる可能性がある。化石燃料依存からの脱却に関する研究開発に政府資金を投入することで、こうしたエネルギー転換を促すことができるかもしれない。
本研究では原油価格が食品産業に影響を及ぼすことも示された。Taghizadeh-Hesary, Rasoulinezhad, Yoshino(2018)は、石油が、トラクターなどの機械を動かす燃料や、肥料の製造、温室の暖房、家畜の飼育、食料品の輸配送において使用されていると指摘する。また、Taghizadeh-Hesaryらは、食品生産において使用する化石燃料を部分的に再生可能エネルギーに転換すべきだと述べている。政府は、関連の研究開発や投資に補助金を提供し、試験的な設備を整備し、さらに消費者の意識向上に取り組むことによって、その実現を後押しできるかもしれない。
株式業種分類 | WTI原油価格のβ値 |
---|---|
電力 | -0.145*** (0.032) |
電力設備 | -0.143*** (0.031) |
公益事業 | -0.141*** (0.030) |
ガス | -0.132*** (0.034) |
ガス・水道統合型公益事業 | -0.132*** (0.034) |
空運 | -0.112*** (0.041) |
衣料小売 | -0.108** (0.044) |
放送・娯楽 | -0.105** (0.045) |
旅行・観光 | -0.087*** (0.020) |
陸運 | -0.081*** (0.024) |
小売 | -0.069** (0.021) |
総合小売 | -0.069*** (0.020) |
大規模小売 | -0.066*** (0.023) |
土木 | -0.066*** (0.027) |
輸送サービス | -0.059** (0.030) |
外食 | -0.057* (0.031) |
食品製造 | -0.057** (0.026) |
食品 | -0.057** (0.026) |
清涼飲料 | -0.057* (0.031) |
住宅建設 | -0.055** (0.025) |
損害保険 | -0.054* (0.030) |
非生命保険 | -0.053* (0.030) |
消費者サービス | -0.052*** (0.011) |
配送サービス | -0.052* (0.032) |
事務用品・サービス | -0.050* (0.029) |
食品・飲料 | -0.048** (0.023) |
生活必需品 | -0.042** (0.020) |
家庭用品 | -0.042* (0.022) |
旅行・レジャー | -0.041* (0.025) |
医薬品・バイオテクノロジー | -0.039** (0.020) |
ヘルスケア | -0.039** (0.019) |
医薬品 | -0.039** (0.020) |
電子・電気機器 | 0.023* (0.013) |
工業 | 0.032*** (0.012) |
工業製品・サービス | 0.034** (0.014) |
レジャー用品 | 0.041* (0.022) |
電気部品・機器 | 0.044*** (0.015) |
自動車部品 | 0.048** (0.024) |
工業機械 | 0.052** (0.021) |
コンピューターサービス | 0.066* (0.037) |
その他製造業 | 0.066* (0.037) |
コンピューターハードウェア | 0.068** (0.031) |
商用車・トラック | 0.101*** (0.027) |
石油・ガス統合 | 0.110*** (0.037) |
非鉄金属 | 0.114*** (0.031) |
産業用資材 | 0.142*** (0.035) |
石油・ガス生産 | 0.145*** (0.044) |
石油・ガス | 0.148*** (0.043) |
石油・ガス生産開発 | 0.156*** (0.043) |
注:表の数値は、月次業種別株式リターンをWTI原油スポット価格の対数の変化、消費者物価指数(CPI)に基づくインフレ調整後の実質実効為替レート、日米それぞれの株式市場全体のリターンの対数変化率で回帰して得られたWTI原油スポット価格の対数変化率の係数。括弧内の数値はHAC標準誤差。 | |
出典: Datastream DatabaseおよびCEIC Databaseのデータに基づき筆者が算出。 アステリスク(*/**/***)はそれぞれ1%、5%、10%の水準で有意であることを示している。 |