近年、人工知能(AI)への注目がますます高まっている。「人工知能」という単語を含む新聞記事の数を年ごとにカウントした図1をみると、2015年以降、最近の4年間で急激に人工知能への社会的な関心が高まっていることがうかがえる。
AIへの期待と不安
しかしながら、AIへの注目には期待と不安の2つの面がある。第1に、AI技術には様々な経済活動の生産性を高める役割が期待されている。特に、少子高齢・人口減少時代を迎えている日本において経済成長を達成するためには、生産性の向上が不可欠であり、AIを活用した生産性上昇への期待が大きい。
第2に、AI技術の発展と活用は、少なくとも短期的には一部の労働者の仕事を奪い、格差の拡大につながるとの懸念もある。とりわけ、2013年に公表されたオックスフォード大学のフレイ=オズボーン両氏の論文において、一部の職種で高い確率でAIに仕事が奪われるとの試算は日本を含め、世界中で話題になった(Frey and Osborne 2013)。
長期的にも、人間の仕事の大部分がAIに奪われるとの危惧もある。例えば、MITスローンマネジメントスクールのブリニョルフソン氏とマカフィー氏は2011年に著書の中で、デジタル技術の急激な発展に社会制度や企業の経営戦略、労働者の能力の変化が追い付いていないことが、格差と雇用の伸び悩みに影響しており、「根本的な構造変化」に対応しなければ、「富裕層も貧困層も甚大な影響を被ることになる」と警鐘を鳴らしている(ブリニョルフソン&マカフィー2013)。彼らはその3年後、2014年に発表された著書の中ではさらに強く危機感を表している(ブリニョルフソン&マカフィー2015)。また、AI技術がもたらす格差の問題は労働者間にとどまらず、AIの発展の基礎となるビッグデータがグーグル、フェイスブック、アマゾンを代表とした少数の巨大ネット企業に寡占される状況の危険性についても指摘されている(The Economist 2018)。
AI技術の発展を測定する取り組み
このような状況で、AI技術に対する適切な向き合い方・政策を考えるためには、発展段階や活用状況についての正確な理解が必要である。すなわち、AI技術の発展を質的・量的に測定することが重要である。AI技術を捉えることは容易ではないが、論文や特許のデータを活用してAI技術の発展を捉えようとする取り組みがある(例えば、特許庁2015、OECD2017、藤井・馬奈木2018)。
筆者は文部科学省の科学技術イノベーション政策における「政策のための科学」推進事業(SciREX)の一環として進めている政策研究大学院大学のSciREXセンター、科学技術・学術政策研究所(NISTEP)及び科学技術振興機構の研究開発戦略センター(CRDS)との共同研究の中で、論文及び特許の書誌情報、公的な競争的研究資金に基づく研究プロジェクトに関するデータを活用したAI技術の発展に関する定量的な分析を進めている。以下では、2018年10月11月に開催されたTIER-RIETI-KIET ワークショップ「AI: Asia – The next frontier in AI development」において筆者が発表した暫定的な分析結果を紹介する。まず、AIに関連する論文数と特許出願数のトレンドを見てみよう。図2によれば、AIに関連する世界全体の論文数と特許の出願数は最近の約5年間で大幅に増えていることがわかる。
AI研究の発展は、研究資金の投入のトレンドと関係している可能性もある。図3は日本におけるAIに関連する研究プロジェクトへの公的な競争的研究資金の投入額を研究プロジェクトの採択年度別に示した結果である。日本全体のAIに関連する研究プロジェクトへの公的な競争的研究資金の投入額は2013年までは2億円以下の水準で推移していたが、2014年以降急激に増加し、2016年には9億円を超えている。
論文や特許、研究プロジェクトの情報を活用することで、AI技術の発展プロセスについて、より詳細な分析も可能である。これら日本のデータを用いた筆者の暫定的な分析結果によれば、企業との共著はAI関連論文の被引用回数を高める効果があり、論文の引用にはAI関連特許の被引用回数を高める効果があること、研究者レベルの分析により、産学連携が研究者の論文数や論文の被引用回数に与える効果は研究費の約4%の増額と同程度であることなどが分かっている。さらに、企業とアカデミアの共同研究や特許から論文への引用の重要性は時間を通じて高まっていることが確認された。このような暫定的な分析結果は、AI技術の発展における企業とアカデミアの間の相互作用の重要性を示唆していると考えている。また、元橋(2018)では米国の科学技術論文と特許データを用いて、AI分野のアカデミアと企業の相互作用に関する分析を行っている。
今後の課題
論文や特許のタイトルや要約などのテキスト情報を用いることでAI技術の発展段階をさらに詳細に捉えることができる可能性もある。そのため、以上のような数量的な情報に基づく分析に加えて、テキスト情報を用いた分析を進めることを筆者は予定している。
しかしながら、AIに関連する研究や技術発展の状況を精緻に捉えるには論文や特許のデータのみでは不十分であろう。特に見逃してはならないのは、アルゴリズムとビッグデータの重要性である。グーグルなどは囲碁の世界チャンピオンを破ったことで有名なAlphaGoをはじめ、AIに関連する多くのアルゴリズムを論文などで公開するとともに、アルゴリズム自体を無償で公開している。また、公開された論文やアルゴリズムを改良する活動もインターネット上のオープンなソフトウェア開発プラットフォーム(例えばGitHubやCRAN)上で行われている。これらインターネット上の公開情報を活用してAIに関連するアルゴリズムの発展を測定するアプローチも有効であろう(OECD2018)。
また、野村(2016)は「独創的な新しいアルゴリズムを考案するよりも、適切なデータセットを選び、質・量ともに適切なトレーニングを施す方が精度向上、ひいては実用性」には影響が大きく、「産業応用上のアイデア」の重要性について指摘している。AI技術の産業応用の状況や潜在力を精緻に捉えるためには、AIをトレーニングするためのデータの蓄積・活用状況の測定が欠かせない。例えば、経済産業研究所が製造業の日本企業を対象に企業内外のデータの活用状況に関する質問紙調査を実施している(元橋2016)。このような調査の対象を拡大し、特許や論文、オープンソースのアルゴリズムに関するデータなどと結び付けて分析を行い、AI技術の発展・活用の状況やその経済的な影響についての理解を深めることが重要である。