骨太の方針2018
政府が6月15日に公表した「経済財政運営と改革の基本方針2018(骨太の方針)」では、「経済成長の実現に向けた重点的な取組」の1つとして、「新たな外国人材の受入れ」が明記された。中小企業の人手不足に対応するために、新たな在留資格を創設し、一定の専門性・技能を持ち即戦力となる外国人材を受け入れるという。ここで「一定の技能」を持つ労働者として想定するのは、高度人材とまではいえない外国人、つまり従来「単純労働者」と分類された外国人である。
これまでは、専門的技能を持つ高度人材には広く門戸を開く一方で、そこに分類されない単純労働者の受入れは、原則的には受け入れない―こうした「二分法」が長らくの政府方針であった。よって、高度人材以外の労働者まで受け入れることを表明した今回の方針は、外国人労働者政策の大転換である。
単純労働者から人材へ
骨太の方針には、「真に必要な分野で(中略)、一定の専門性・技能を有し即戦力となる外国人材を幅広く受け入れていく仕組みを構築する」とある。具体的には、人手不足が深刻な介護、建設、農業、造船、宿泊の5分野が指定され、2025年までに50万人の受け入れを目指すと報道されている(日本経済新聞2018年6月6日朝刊)。目標値が実現すれば、これらの分野の外国人労働者は、現在の2〜3倍になると予測される。
彼らは、政府がこれまで「いわゆる単純労働者」と呼称してきた外国人だが、骨太の方針では、「外国人材」と呼ばれている。「人材」とは「才知のすぐれた人物・役に立つ人物」(広辞苑)という意味である。日本政府が、高度な専門性や技能をもたない労働者も、有用な労働者としてポジティブに捉えはじめたことを示す象徴的な言葉にみえる。
「移民政策」ではないのか
ところが政府は、今回の外国人労働者の受入れ拡大は、「移民政策とは異なる」という。ここでいう「移民」や「移民政策」とは何であるのか。この点は明確にされてない。だが新たな在留資格は、在留期間を最長5年に限定し、家族の帯同も認めない方向で整備される。つまり、単身で定住や永住に直結しない労働者は、あくまで「外国人労働者」であり、家族での生活や永住を想起する「移民」とは明確に区別したいようである。
現時点において、この区別は、重要な意味を持つ。新たに受入れるのが、「移民」ではなく「外国人労働者」であることによって、政府は労働者政策に焦点を絞ることができる。そして、外国人の教育や社会保障の議論、付随する制度の整備を避けられる。移民の社会保障や子弟の教育は、欧米諸国で世論を二分する社会問題として顕在化している。政府は、福祉政策の議論を避けつつも人手は確保したいということで、ひとまずは在留期間を定めた労働者の受入れを決めたようにもみえる。
一方で、新たな枠組みで入国する外国人労働者が 5年間の就労を経て、高度な技能や専門性を身につけた場合には、長期滞在や家族の帯同を認めることも検討されている。これは、高度人材になることで、家族の呼び寄せや永住への道を開くことに他ならない。このとき政府は、教育や社会保障面で生じる課題に改めて直面する。結局、現時点で「移民政策」と呼称しようがしまいが、対応すべき政策に大きな違いは生じないであろう。
議論は尽くされたのか
従来の受け入れの枠組み(上述の「二分法」)からの転換が、いつ政府内で検討され始めたかは分からない。だが、高度人材に分類されない外国人については、「わが国の経済社会と国民生活に多大な影響を及ぼすことなどから、国民のコンセンサスを踏まえつつ、十分慎重に対応する」ことが長らくの政府の方針だった(第9次雇用対策基本計画、1999年)。では、この約20年間で高度な技能や専門性をもたない外国人の受け入れについて、議論は尽くされたのだろうか。
例えば、外国人労働者の受け入れに関する意識を聞く世論調査は、2004年以降実施されていない。因みに、2004年の調査では、「専門的な技術や技能を持つ外国人は受け入れ、単純労働者の受入れは認めない」と答えた者の割合が25.9%、「女性や高齢者などを活用しても、労働力が不足する分野には単純労働者を受け入れる」と答えた者の割合が39.0%、「特に条件を付けずに単純労働者を幅広く受け入れる」と答えた者の割合が16.7%だった。最近の調査としては、「人口減少への対策として、日本に定住を希望する外国人の受け入れを拡大することに賛成か反対か」を聞いた、2017年2月の日本経済新聞の調査がある。この調査では、賛成(42%)と反対(42%)が拮抗した。世論調査を見る限り、未だ外国人労働者の受入れ方針をめぐり、国民のコンセンサスは得られていない。
だが、移民受入国と呼ばれる欧米諸国をみても、移住労働者の受入れ拡大(縮小)をめぐる議論は迷走している。結局は世論の動向を見つつ、政府がどこかのタイミングで決断せざるを得ない。
証拠をみる
とはいえ、重要な方針を決めるに当たり、一時の景況や時代の雰囲気に敏感に過ぎることには慎重であるべきと考える。外国人に関する議論は、とかく感情論が先立つ傾向がある。なんとなく「好まし(くな)いと思うか」によって、賛成と反対が二分される。1990年前後、バブル経済下の人手不足時に盛り上がった「開国」・「鎖国」論争はその典型例であろう。
利害が錯綜し、容易に結論が出ない問題であればこそ、データによって裏付けられた証拠、具体的には、移民が雇用や財政、社会生活に及ぼす影響を分析した研究成果が重要な役割を果たす。「学術的研究によって、適切な科学的証拠を欠く政策論議を、理にかなった冷静な対話に変える」必要を訴えるパウエルの主張(注1)に筆者も同意する。
例えば、①国内労働者の就業機会を減少させるおそれ、②労働生産性向上の取組を阻害するおそれ、③新たな社会保障負担を生じさせるおそれ―これらは、厚生労働省が単純労働者の受け入れに慎重であることの理由として挙げてきたものである。この「おそれ」が、将来の外国人の受け入れの拡大を躊躇するに足るほど大きなものではないことは、日本に限らず世界の研究で実証されている。つまり、移民が自国労働者の雇用や賃金に及ぼす影響はごく小さい(注2)。また、マクロ経済モデルを用いて日本の財政問題を分析したImrohorogluらの研究でも、移民の受け入れが消費税の上昇圧力を緩和する効果を予測している(注3)。
証拠を集める
今日までの研究の多くは、外国人労働者の流入によって、「国全体」の富が増加することを報告する。にもかかわらず、なぜ世界各国で移民反対・排斥運動が起こるのか。この理由の1つは、外国人の労働供給が増えた職種で働く自国民労働者など、経済的不利益を被るグループが生まれるからである。外国人労働者の増大に伴う恩恵は、あまねく行きわたるわけではない。恩恵に浴せなかった人々が、移民の抑制や保護主義を支持する構図は、今まさに欧米諸国で現出している。
外国人労働者の受け入れ拡大に踏み切った日本が、次に進むべき段階は、増加した外国人労働者の影響の正確な把握である。外国人労働者が急増した結果、雇用や社会生活の不均衡が生じれば、それを是正するための再分配政策も必要となるだろう。
だが、今のままでは外国人労働者の影響を正しく捉えることは難しい。多くの政府統計が、国籍や在留期間を調査項目に含まないからである。そのため、外国人は低廉な労働者なのか、日本人との賃金格差はどの程度かなど、基本的な事実も分からない。政府が推進するEBPM(エビデンスに基づく政策立案)の取り組みの過程において、こうした重要政策に関わる統計の調査項目の追加が検討され、実現することを強く要望する。