金融危機が実体経済に及ぼす長期的な影響は謎である。というのも、もともと危機とは短期的な出来事だからだ。Kozlowski, Veldkamp, and Venkateswaran (2016) が論じているように、既存の研究は、長期不況を引き起こすショックは継続的なものだと説明している。Kozlowski et al. は、たった1回の危機が、テールリスクに対する人々の予想を永久に変えてしまうと説明している。本稿では、短期的な金融危機によって実体経済に生じる別の長期的な変化、すなわち、企業や家計における巨額の過剰債務の蓄積に着目したい。以下では、我々の理論研究(Kobayashi and Shirai 2017)に基づき、一時的に過剰債務が累積すると、金融テクノロジーに変化がない場合でも、長期停滞につながる可能性があることを示す。
債務の蓄積が長期不況の原因となるかどうは、政策提言を評価する上で実質的な重要性がある。長期不況が外生的な技術的ショックによる場合(たとえば Gertler and Kiyotaki 2010, Christiano, Eichenbaum and Trabandt 2015)、あるいはテールリスクについての期待の確実な変化による場合 (Kozlowski et al. 2015)、不況を改善するために政策担当者ができることは、緩和的な金融財政政策をとること以外はない。というのも、外生的ショックやテールリスクについての期待を解消するために直接できることは何もないからである。反対に、不況が過剰債務の蓄積による場合、単に債務を削減するだけでよい。債務の削減といっても、過剰債務を抱えた債務者の清算処理に限らず、債務免除や債務の証券化による救済も含まれる。この場合でも、異次元の金融財政政策は深刻な不況を緩和するうえで有効かもしれないが、突き詰めれば、その役割は不況の解消ではなく、時間稼ぎに過ぎない。少なくとも、長期的停滞の背後にある問題が過剰債務であれば、政策担当者の選択肢を増やす必要があるのではないだろうか。金融緩和、財政政策、「事前的な」マクロ健全性監督という選択肢だけでは政策議論の枠組みとしては不十分で、これらを民間部門の債務削減促進という「事後的な」政策措置と明示的に比較すべきなのではないだろうか。
我々のモデルは、Jermann and Quadrini (2012)の理論と似ているが、倒産手続の再交渉を開始する前に、貸し手が一方的に、債務不履行に陥った借り手の生産物の一部を差し押さえられるという点で異なる。この場合、借り手の債務が最大限度に達している場合でも、貸し手は借り手に運転資金の融資を行う可能性がある。銀行は、多額の債務を抱えた企業に対して、小額でも、積極的に運転資金を融資する。こうした企業が債務不履行となった場合、無条件で生産物の一部を差し押さえることができ、融資が担保されているためである。Jermann and Quadriniのモデルでは、最大限の債務を抱えている借り手は、運転資金を借りられず、ただちに生産を停止し、市場から退場する。このように、彼らのモデルではデット・オーバーハングによる非効率は迅速に解消されるが、我々のモデルでは無期限に継続する可能性がある。これは債務が最大限度に達した企業であっても、小額の運転資金を借り、非効率ではあるが生産を続けられるからである。我々はこのような企業を「債務過剰(debt-ridden)」状態にあると呼ぶ。
Christiano, Lawrence J., Martin S. Eichenbaum, and Mathias Trabandt (2015) "Understanding the Great Recession." American Economic Journal: Macroeconomics, Vol. 7 (1): 110-167.
Gertler, Mark, and Nobuhiro Kiyotaki (2010) "Financial intermediation and credit policy in business cycle analysis." Handbook of Monetary Economics, 3(3): 547-599.
Jermann, Urban J., and Vincenzo Quadrini (2012) "Macroeconomic Effects of Financial Shocks," American Economic Review 102(1): 238-271.