日本の経常収支と直接投資の投資収益
日本企業の海外直接投資(残高)は歴史的な高水準に達している(注1)。この直接投資の活発化に伴い、海外子会社の利益も拡大していると推測できる。それでは、直接投資を通じて得た海外の利益は日本に還流しているのだろうか。
図は国際収支統計をもとに、1996年から2012年までの経常収支、貿易サービス収支、直接投資収益の推移をまとめたものである。ここで、貿易サービス収支とはモノとサービスの輸出から輸入を差し引いたものであり、経常収支は貿易サービス収支に所得収支(個人・法人の所得の流出と流入)などを加えたものである。経常収支の黒字は1996年の7.2兆円から2007年には24.9兆円へと拡大した後、2012年には4.8兆円まで縮小している。
貿易サービス収支も、経常収支と同様の変化を示している。すなわち、1996年の2.3兆円から2007年には9.8兆円まで拡大し、その後縮小した。2011年以降は資源価格の高騰や震災の影響もあり、貿易サービス収支は赤字に転落した。2012年には-8.3兆円を記録している。
その一方で、同じ期間に、直接投資収益は徐々に拡大している。直接投資収益は、1996年には1.2兆円だったが、2012年には4.2兆円まで拡大している。貿易サービス収支の赤字の半分を直接投資の収益が補っており、経常収支黒字の落ち込みを直接投資収益が下支えしているといえる。これらをまとめると、今日の日本経済において、直接投資収益の役割が無視できないことがわかる。
しかし、日本企業は海外に利益を留保する傾向にある、という指摘もある。たとえば、経済産業省は、毎年2~3兆円強が海外子会社に留保されており、2006年度には17兆円を超える利益が内部留保されていると報告している(注2)。つまり、企業が海外で得た利益は必ずしも国内に還流しているわけではない。
2009年の税制改正とその効果
海外からの利益還流を促すため、2009年、日本の国際課税制度は大きく変更された。具体的には、全世界所得課税方式と呼ばれる方式から国外所得免除方式と呼ばれる税制改正を行ったのである。全世界所得課税方式とは、海外で得た所得を日本国内に引き戻した時点で日本の法人税が課されるという制度であり、米国などで採用されている。一方、国外所得免除方式とは、海外で得た所得に対して自国の法人税を課さないという制度であり、米国を除く多くのOECD加盟国で採用されている。
この税制改正により、海外で得た所得を国内に引き戻す際に、企業は法人税を支払う必要がなくなった。このため、日本への利益の還流、すなわち配当の送金が促進されるのではないかという期待が高まった。この税制改正の効果を明らかにするため、田近・布袋・柴田(2012)は、税制改正前後の影響を親会社の資金需要という視点から分析した。分析の対象は、2008年と2009年の日本の親会社約400社(各年)である。
分析の結果、親会社の資金需要が高い企業は税制改正後に配当の送金が増加していること。そして、資金需要の低い企業は税制改正前後で配当の送金に変化がなかったことが明らかになった。これらの結果から、田近・布袋・柴田(2012)は、税制改正で本社の資金需要に応じて配当の送金が可能になり、海外子会社の利益が有効に使用されていると論じている。
ただし、彼らの分析では、投資受け入れ国の法人税の違いなどは明示的に考慮されていなかった。配当送金は、日本の税制以外にも、投資受け入れ国の税制や為替レートの変動などに影響を受ける可能性がある。そこで、Hasegawa and Kiyota (2013)は、この税制改正によって海外からの配当送金が促進されたかどうかを、海外子会社の視点から検証した。データには、2007年から2009年の日本の海外子会社の約8500社(各年)が利用されており、分析には税制改正以外のさまざまな要因が考慮されている。
分析の結果、内部留保の蓄積が進んでいる海外子会社は、税制改正前から配当を送金しており、税制改正後にその送金がさらに拡大していることを確認した。そして、この結果は、親会社の資金需要を考慮した上でも確認できることがわかった。これらの結果は、税制改正に海外子会社の配当送金を促進する効果があったことを示唆している。一方、内部留保の小さな海外子会社については、税制改正前後で配当の送金が拡大したという事実は確認できなかった。ただし、これらの分析は税改正後1年後の反応しか捉えられていないという点で課題を残している。このため、これらの結果は、あくまで暫定的なものとして理解すべきだろう。
海外子会社の送金パターンについては、データが整備されて間もないこともあり、まだまだわからないことが多い。たとえば、還流された利益が国内の投資に結びついているのかどうかということも、定量的には明らかにされていない。海外子会社の利益の還流を日本経済の成長に結びつけていくために、さらなる研究の蓄積に期待したい。