テレビやゲームが子どもの発達に有害なのか

乾 友彦
ファカルティフェロー

高まる幼小期の教育の重要性

幼少期における教育の効果に対する関心が高まるにつれて、経済学においても研究の蓄積が近年急速に進んできている。例えばAlmond and Currie (2011)は、特に5歳以下の幼児期における人的資本への投資がその後の子どもの教育達成のみならず、生産性や賃金にまで影響することを明らかにしている。筆者たちも出生時における体重の差異が、その後の成績、進学、賃金などに与える影響について、日本の一卵性双生児のデータをもちいた実証研究を行い、出生時体重の重い子どもの方が少なくとも15歳までの教育成果にプラスの影響を与えているとの結果を得た(Nakamuro, Uzuki, and Inui, 2013)。

このように幼少期における環境が、その後の子供の発達に長期的にも大きな影響を与える可能性が高いことから、幼小期教育や生活環境の与える効果への関心が高まっている。

テレビやゲームが子どもの発達に与える影響は有害なのか

テレビの視聴やゲームでの遊びが日常化している現代の生活において、多くの親は子どもにどれくらいの時間テレビを見せるか、ゲームで遊ばせるのか、またどのようなテレビ番組を見せたらよいのか、思い悩んだ経験があるだろう。そこで、筆者らは、前者の問題に応えるため、小児期―特に小学校低学年の―テレビやゲームに費やす時間が、その後の発達に与える影響についての実証研究を行った(Nakamuro, Inui, Senoh and Hiromatsu, 2013)。この研究で使用したデータは、厚生労働省による「21世紀出生児縦断調査(平成13年出生児)」である。この調査は2001年(1月または7月)に生まれた子どもたち約5万人を現在に至るまで継続的に追跡した調査である。このように継続的に調査されたデータを使用することにより、子どもの特性や家庭環境を考慮した上で、テレビやゲームに子どもが費やす時間が発育に与える影響を厳密に評価することが可能になる。本研究では分析期間を小学校1~3年生の間とし、この時期の発達指標として、(1)家庭内外で観察される子どもの問題行動、(2)学校への社会的適応の程度、(3)肥満の程度をとりあげることとした。

分析の結果、テレビの視聴時間が長くなると、就学期の(1)家庭内外での問題行動、(2)学校への適応度合い、(3)肥満の程度に好ましくない方向で影響を与えることが確認された。またゲームで遊ぶ時間が長くなると、就学期の(1)家庭内外の問題行動、(2)学校への適応度合いに好ましくない方向で影響を与えることが確認された。

ただし、そのマイナスの影響度は過度に敏感になるほどのものではなく、(毎日2時間以上などの)相当な長時間にわたってテレビやゲームに時間を費やさない限り、無視しても良い程度の影響である。過去の研究では、テレビやゲームに費やす時間の悪影響が大きく推計されている例も存在するが、これはそうした研究が子どもの特性や家庭環境の影響を十分に制御することができておらず、テレビやゲームによるマイナスの影響を過大に評価してしまったことによるものと推察される。

テレビやゲームが子ども学習時間を奪うのか

「21世紀出生児縦断調査」では子どもの学習時間についても調査されており、筆者の属するRIETIのプロジェクト「サービス産業に対する経済分析:生産性・経済厚生・政策評価」においては、テレビやゲームが学習時間に与える影響に関して現在研究を鋭意進めている。

これまでの教育経済学の研究では、学力の決定要因として、(おそらくもっとも重要であろうと考えられる)生徒の学習時間や努力の役割についてほとんど検討を行われてこなかった。しかし、近年の教育経済学の研究は、学習時間が学力にあたえる因果的な効果を明らかにしている(たとえば、Stinebrickner and Stinebrickner, 2008)。しかしその一方で学習時間の決定要因については十分な検討が行われるに至っていない。複数の研究で、テレビ・ゲームと子どもの学習時間の強い(負の)相関関係を指摘していることから、この研究では、子どもの特性や家庭環境を制御した上で、子どもがテレビやゲームをすることが学習時間の減少につながるかどうかを実証的に明らかにする。

この研究の特徴として、海外で行われた先行研究が10代あるいは大学生を対象にした研究であるのに対し、小学校低学年を対象にした分析を行う。日本では家計の教育投資の格差は、塾や習い事、読書習慣など親の教育戦略を反映して、子どもが小学校低学年のころから拡大し始める。このため、子どもの学習習慣の基礎は小学校低学年で形成されるとの見方があるほか、前述したとおり幼少期の人的資本への投資は、長期的な効果を持つ可能性が高いことから、幼少期の子どもの学習資本に影響を与える要因を明らかにすることの政策的重要性は高い。

以上のようにテレビやゲームが子どもの発達、学習時間に与える影響を幅広くかつ厳密に検証することを通じて、幼少期の生活環境、教育投資が与える影響についてより包括的な政策的議論が可能になることが期待される。

2013年10月8日
文献
  • Almond, D., and Currie, J. (2011). "Human capital development before age five," Card,D. and Ashenfelter O. eds. Handbook of Labor Economics, Volume 4, Part B, 1315-1486.
  • Stinebrickner, R. and Stinebrickner, T. R., (2008)"The Causal Effect of Studying on Academic Performance" The BE Journal of Economic Analysis & Policy, 8(1), 1-55
  • Nakamuro, M, Inui, T., Senoh W. and Hiromatsu, T. (2013) "Are Television and Video Games Really Harmful for Kids? Empirical Evidence from the Longitudinal Survey of Babies in the 21st Century," RIETI Discussion Paper, 13-E-046
  • Nakamuro, M, Uzuki, Y. and Inui, T. (2013) "The Effects of Birth Weight: Does Fetal Origin Really Matter for Long-run Outcomes?" Economics Letters, Vol. 121, Issue 1, 53-58

2013年10月8日掲載

この著者の記事