世界的な景気下振れリスクが高まる中、日中関係の悪化が経済に与える影響が懸念されている。中国に進出している日系企業は、大手自動車メーカーが当面3~5割の減産を決めるなど急激な生産調整に直面している。9月分貿易統計によると、対中輸出は前年同月比で-14.1%となり、アジア域内の中でもNIEs向け(-7.7%)やASEAN向け(-4.9%)と比べて突出した落ち込みとなった。とりわけ減少の寄与度が顕著であるのは自動車(-2.5)、原動機(-1.6)、自動車部分品(-1.0)、鉄鋼(-1.0)であり、自動車関連の品目が目立つ。こうした影響を受け、9月の鉱工業生産指数は前月比4.1%の減少となった他、7-9月期実質GDPは前年同期比-0.9%(年率-3.5%)となるなど実体経済への影響が危惧されている。
輸出急減のショックからの回復が緩やかになる可能性
リーマンショック以降、日本は輸出が急減する事態が続いている。2008年の世界金融危機による景気後退時には、わずか4カ月で輸出が半減し、その後実に14カ月間にわたって前年同月比マイナスが継続した。昨年は、東日本大震災がサプライチェーン寸断による生産停滞など著しい供給能力の低下を引き起こし、3月~7月にかけて前年同月比で輸出が減少し続けた。さらに、タイの洪水被害によって現地の日系企業の生産が停滞すると日本からの部材供給が落ち込み、10月~今年の2月まで前年同月比マイナスが続いた(注1)。
直近の輸出の減少は中国市場で日本車販売が半減しているなど、日本製品に対する需要が急激に冷え込んでいることが1つの要因である。急激な外国需要の低下が輸出減少をもたらすという点ではリーマンショック時の状況と似ている。こうした外需低下による輸出減少が回復するのは輸出仕向地の景気や生産動向次第となるので、震災やタイの洪水など供給能力の低下が起因した輸出減少と異なって回復のスピードが読みにくい。
また、日本の輸出鈍化の背景には、東アジアに張り巡らされた生産ネットワークによる構造的な要因もある。日本は部品や加工品といった中間財を中国・ASEANへ供給し、それらは主に中国内で最終財として完成され欧米市場などへ輸出されている。中国の最大の貿易相手国であるEU向け輸出は2011年に前年比で+14.4%であったが、欧州債務危機の影響で今年は10月末時点までの累計で-5.8%に減少に転じている(注2)。これに伴い、中国やASEANで中間財需要が低下し、日本のアジア向け中間財輸出が大きく減少しているのである。したがって、欧米の最終財需要が好転するまで、アジア域内の中間財貿易には下振れ圧力が続くと考えられる。
日系企業が進めてきた現地化が中国経済にも影響を与える
中国で操業する日系企業の減産の影響は日本企業だけでなく中国の地場企業にも及ぶ。これは多くの日系企業が現地化を進め、中国企業との間で部材供給や調達が活発化しているからである。海外現地法人の活動状況を調査している経済産業省「海外事業活動基本調査」によると、下図に示すように製造業・非製造業ともに現地販売比率と現地調達比率が上昇傾向にあり、特に2000年代後半にかけて日系企業の現地化が一段と進んでいることがわかる。たとえば製造業では、現地調達比率を2001年の43%から2010年には61%に増やしており、現地販売比率についても46%から68%へと増加している。
こうした調達・販売の取引相手には現地の日系企業も含まれるが、地場企業との取引の比重が最も高い。同調査によると2010年実績で、中国本土の日系の製造業企業による地場企業向け現地販売は売上高の約39%を占め、日系企業向け現地販売(28%)、日本向け輸出(20%)よりもシェアが大きい。調達に関しても同様に、地場企業からの調達が占める割合が最も高く43%、次いで日本からの輸入(28%)、現地の日系企業から(20%)となっている。日系企業の減産による部品などの供給減少は供給先の地場企業の生産を押し下げ(前方連関効果)、日系企業の調達減少は仕入れ先である地場企業の生産を押し下げる(後方連関効果)可能性がある。
日系企業との取引が減少すること以外にも、地場企業は経済的な影響を受ける可能性がある。外資企業の参入は国内企業に対して、競争の促進や技術知識の伝播などを通じた波及効果(技術的外部性)をもたらすことが指摘されている(注3)。筆者は若杉隆平氏と八代尚光氏らと、中国の内資企業を対象にその効果の有無と大きさについて実証分析を試みた(Ito et al., 2012)。その結果、外資企業から地場産業へ知識が伝播し、発明特許数が増加したことに加え、川下産業の地場企業に対して生産性の改善効果をもたらしたことが判明した。日系企業の減産や撤退は、こうした地場企業への市場を通じない波及効果を弱める可能性がある。
市場の多極化に対応した企業の国際化へ
影響の長期化が予想される中、輸出や現地販売・生産の落ち込みを他でカバーできる体制を考えておくべきであろう。度重なる輸出変動にさらされる中、市場の一極集中が持つリスクは世界金融危機の際に既に指摘されていた(注4)。他の先進国よりも突出した日本の輸出急減は、需要減退の影響を受けやすい高付加価値の製品を米国市場に集中的に輸出していたことが1つの要因であると考えられる(Wakasugi, 2009)。巨大な中国市場の獲得は確かに重要であるが、他の新興国など市場の多極化に対応して、輸出・投資の仕向地を多様化していくことがこうした急激なショックを和らげるための教訓である。しかしこれは難しい決断を企業に迫ることになるかもしれない。米国や中国のようにあまりに巨大な市場ゆえに、進出しないことによる逸失利益(他の新興国への進出することの機会費用)が大きく、その他の新興市場にはなかなか資源を向けられないからである。
企業が国際化(輸出や対外直接投資)するためには、市場調査やサプライチェーン・流通網の構築など最初に大きな固定費用が発生する。その固定費用を賄える生産性の高い企業だけが国際市場に参入できることが近年理論的にも実証的にも明らかにされてきた(注5)。市場の多極化に対応した企業の国際化を進めるためには、生産性を高めていくとともに、そうした固定費用を引き下げる努力も必要となる。大きな機会費用を所与として、中小規模の新興市場であっても生産の固定費用を節減できるような進出の仕方や、固定費用を引き下げるような情報提供など海外展開の政策支援と貿易・投資ルールの整備がこれまで以上に重要になるであろう。