キャリー・トレードとテイル・リスク

藤原 一平
上席研究員

「金利の高い国の通貨は増価しやすい」と考えられている。なんら疑いの余地のない説明に聞こえるが、もしも、これが正しいのであれば、日本のような低金利国で資金を調達し、これを、オーストラリア、ニュージーランドといった高金利国で運用すれば、金利差からの利益だけでなく、(日本円の減価という)為替差益をも享受でき、高い収益率を達成できるはずである。これは、いわゆる、キャリー・トレードと呼ばれるもので、近年、特に、日本の持続的な低金利環境を背景とした円キャリー・トレードは、世界的にも有名な金融取引となっている。こうした取引に積極的に関与しているプレーヤーとして、「ワタナベさん(Mrs Watanabe)」という仮想の日本の主婦が、固有名詞として、世界的に通用するほどにまでなっている。

一時期に比べ、ブームは去ったとはいえ、「米国の積極的な金融緩和姿勢が、円ドル相場の下落(円の増価)につながっている」といった説明は、引き続きよく聞かれる。この点に鑑みると、上記のようなキャリー・トレードからの収益は、まだまだ大きいように思えてくる。しかし、金融取引の裁定といった観点から考えなおすと、キャリー・トレードから常に利益を得られ続けられるはずはない。平均的に利益が得られているとするならば、何らかのリスクがその対価として存在するはずである。

カバー無し金利裁定

為替相場変動を説明する最も有名な考え方として、カバー無し金利裁定がある。カバー無し金利裁定は、「同じ通貨で評価した場合、異なる国での期待収益率は等しい」という簡単な考えに基づいている。具体的には、iを日本の金利、i*をオーストラリアの金利、Sを豪ドル/円相場とした場合に、

1+it=St+1/St(1+i*)

が成立するというものである。左辺は、日本への投資からの収益率、右辺はオーストラリアへの投資からの収益率を円換算したもの、となり、両者が等しいことを示している。キャリー・トレードからの(円換算)期待収益は、右辺マイナス左辺となるため、当然、ゼロとなるはずである。

テイル・リスク

しかし、多くの既存研究は、「事後的にみると、右辺マイナス左辺として計算されるキャリー・トレードからの収益はプラスになっている」と報告している。事後的な収益が平均的にみてプラスになっているということは、キャリー・トレードには、何らかのリスクが存在することを示唆している。すなわち、キャリー・トレードから得られる収益は、何らかのリスクへの対価でなくてはならない。そのリスクとはいったい何なのであろうか?

豪ドル/円相場といった高金利国と低金利国の為替相場の変化率をヒストグラムで表現してみると、変化率はゼロを中心に対称とはならず、高金利通貨が減価する方向で分布が歪んでいる。特に、非常に小さい確率ではあるが、高金利通貨が短期間に劇的に減価することが知られている。このようなリスクは、テイル・リスク、災害リスク、などと呼ばれ、金融取引から得られる正の利潤に対する対価として、近年注目されてきている。

キャリー・トレードからは、平均的にみて正の収益を得られるかもしれない。しかし、小さな確率ではあるが、高金利通貨が大きく減価する可能性がある、というリスクを同時に抱えこむことになる。すなわち、キャリー・トレードは、キャッシュを必要とするときに、大きな減価に直面するかもしれないというリスクを潜在的に内包している。やはり、金融取引には、フリー・ランチは存在しないのである。

図:テイル・リスクとは
図:テイル・リスクとは
2012年8月14日

2012年8月14日掲載

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