日本経済を支える消費市場のために

谷 みどり
コンサルティングフェロー

今後の日本経済を支えるべき需要として、消費は極めて重要だ。ここ20年ほどの日本経済を100兆円単位で見ると、経済規模500兆円のうち300兆円を個人消費が占める。この消費が誰の需要となるかが、経済の行方を大きく左右する。仮に消費の1%が問題のある取引だったとすると、その金額は3兆円だ。もしこの半分を善良な事業者に回すことができれば、2011年度の科学技術振興費1.3兆円以上の収入をもたらすことになる。

消費市場をきちんと機能させるには

私たちの消費を、よりよい技術や経営手法を生み出し、若者を社会に役立つ人材に育てる事業者に届けたい。そのために重要なのが、消費市場の機能である。

技術や経営手法の開発よりも巧みに消費者をだます話術の開発の方が利益につながるような市場では、人材は育たず経済発展は望めない。適切に機能する市場は事業者に、消費者に価値をもたらす方向で努力する動機を提供する。産業は、そんな市場があってこそ発展する。

消費市場を機能させるためには、幅広い視野で問題を考える必要がある。何らかの消費者問題を解決する方法について検討するとき、「政府が企業に法で強制するべきか否か」という議論が行われることがある。しかし、実際の市場で消費者と事業者の間の取引が適切に行われるために有効な方法は、これだけではない。

まず、前段の「政府が企業に」という部分について考えてみる。対策の主体と対象である。対策の主体には、政府のほかに地方自治体もある。いずれも行政組織だが、このほかに司法組織もある。司法組織には、民事関係の裁判所などの組織と、警察、検察を含む刑事関係の組織がある。事業者団体、消費者団体、専門家の団体など自主組織の活動も有益である。対策の対象としては、企業のほかに個人事業者もある。企業の経営者やそこで働く雇用者も、対策の対象であり得る。消費者や投資家も対策の対象である。

次に、後段の「法で強制する」部分について考えてみる。規範の作り方と守り方である。規範の作り方は、立法と立法以外に分類できる。規範の守り方は、強制、圧力、良心の3つに分類できる。行政執行、民事判決の執行、罰則の適用は、いずれも強制と考えられる。立法以外では、事業者間の商慣習が民事判決で強制される例も指摘されるが、消費者取引ではあまりみられない。圧力には、規範を守らなければそのことを公表するなどの不利益を与えるネガティブな圧力と、規範を守ったら利益を与えるポジティブな圧力がある。立法でも、罰則のない努力義務は、圧力によって守られることを期待する規定だと考えられる。このほか、心理学や社会学でいう「規範の内面化」を、ここでは「良心」と表してみた。

悪質商法を防ぐなら

このような考え方で、悪質商法を含む取引関係の問題の主な対策を分類したものが、表1と表2である。(注1)「政府が企業に法で強制する」以外の部分が、さまざまな形で市場の機能を支えている。

表1:取引に関する対策の主体と対象による分類
対策の主体
対策の対象
行政組織
司法組織
自主組織
民事組織刑事組織
事業者法人行政処分(長期・高額の契約規制、クレジット規制、広告メール規制、不招請勧誘規制)民事判決(通信販売の返品ルール、長期・高額の契約規制、クレジット規制等を含む)
消費生活センター等のあっせん(クーリング・オフを含む)
(特定商取引法等の罰則)消費者団体等のADR
企業行動憲章
消費者団体の働きかけ
事業者団体/自主規制団体の活動
経営者、雇用者特定商取引法の行政処分の一部民事判決刑法の詐欺罪、特定商取引法等の罰則情報提供、意思確認、事業者団体/専門家団体/学会の活動
消費者、投資家情報提供、消費者啓発、消費者教育情報提供情報提供情報提供、消費者啓発、消費者団体の活動
表2:取引に関する規範の作り方と守り方
作り方\守り方強制圧力良心
立法特定商取引法等に基づく行政処分、民事判決(長期・高額の契約規制、クレジット規制、広告メール規制、不招請勧誘規制等)、詐欺罪等の適用クーリング・オフ等の規定を活用したあっせん、法に規定された事業者団体の活動
消費者契約法、割賦販売法の事業者の努力義務規定
消費者契約法の消費者行動に関する規定
立法以外企業行動憲章、事業者団体/消費者団体の活動情報提供、消費者教育、事業者団体/学会/消費者団体の活動

対策を分類し一覧することは、個々の問題に適切な対策について考える上で役立つ。たとえば、極めて悪質な事業者に対する強制力の行使や、新しい市場で出てきた問題についての自主組織での情報共有などが考えられる。

消費市場が適切に機能することは、経済の根幹である。日本の消費市場の規範を作り、守るために役立つ活動は多い。多くの関係者が幅広い視点で問題を捉え、対策を行うことによって、消費が心ある事業者に届く市場の機能が確保されることを願う。

2012年6月19日

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脚注
  1. ^ 製品安全や取引関係の対策の分類、内容等については、谷みどり(2012)『消費者の信頼を築く』新曜社 で解説。

2012年6月19日掲載