特別コラム:東日本大震災ー経済復興に向けた課題と政策

「3.11」の後で海外アウトソーシングを考える

冨浦 英一
ファカルティフェロー

東日本大震災では、日本企業の部品調達・供給網、いわゆるサプライ・チェーンがグローバルに複雑に展開していたために被害の把握や復旧に手間取ったといった報道を耳にする。本稿では、この問題について、海外アウトソーシング調査に絡めて少し考えてみたい。

国境を越えるアウトソーシング

日本は「ものづくり」水準の高さを誇ってきたが、近年、円高や近隣諸国の発展を背景に、日本製造業の国際競争力はもはや東アジアから切り離しては存続しえなくなった。日本の大企業は古くから下請中小企業への国内アウトソーシングを活用してきたが、今や外注先は海外企業に広がっている。アウトソーシングについては、海外直接投資に比べ海外子会社を維持する費用がかからない身軽さが評価されているということもあろう。経済産業研究所が日本の製造業企業に行った調査によれば、海外アウトソーシングを実施している企業は大幅に増えている(注1)。

近年は、部品や素材などの中間財だけではなく、サービスについても国境を越えた取引が活発になっている。製造業の企業であっても、経理や情報処理など社内のサービス活動は多岐にわたる。日本企業では日本語が障壁または防波堤となってサービスの海外アウトソーシングは進みにくいと考えられてきたが、日本でも日本語手書き文書の電子入力をインターネット経由で中国に外注するケースなどが報じられている(注2)。終身雇用・年功賃金制の崩壊に続いて、人事・総務といった典型的な社内業務にアウトソーシングが今後本格的に及ぶと、伝統的な日本企業らしさを更に突き崩していくだろう。

震災、サプライ・チェーン、開かれた企業間ネットワーク

英国のEconomist誌(3月31日号 "Broken link")が、震災がサプライ・チェーンを通じて各企業に与える影響を辿るのはリーマン・ショックが高度な金融商品を通じて各金融機関に与えた影響を確定するのと同様に難しいと的確に指摘していたが、正に企業の取引ネットワークはグローバルかつ複雑に絡み合っている。先のRIETI調査によれば、海外に直接アウトソーシングしている企業は大企業・中堅企業でも5社に1社にとどまるが、より多数の日本企業が間接的に海外アウトソーシング企業に供給網の一端としてつながっているに違いない。

サプライ・チェーンがグローバルに延びきっていたから震災からの復旧に手間取ったとか、震災を区切りに空洞化が一気に進むとか決め付けることはできるのだろうか。海外の新たな調達先はかつての国内工場のどこかを必ず置換するものでもなく、海外ならではの強みを活かした新たな生産の可能性が拓けることもあろう。他方、海外との賃金差は日中間などで既に相当縮まっているし、違う国ならではの法制度や慣習に振り回されることもあろう。先のRIETI調査でも、コスト差以外にも実に多様な要因を考慮して企業は海外アウトソーシングを決めていることが確認できる。アウトソーシングの場合、直接投資と違って、国境のみならず企業の境界もまたぐので、契約に書き込み切れない想定外の事態が起こった場合の最終的な責任の所在も考えなくてはならなくなるが、他方で、競争的な複数の供給源が潜在的に確保されるかも知れない。本当に国内・社内の方が安定供給なのかなど、社内調達かアウトソーシングか、国内か海外かの選択にジレンマは尽きない。

「3.11」を境に日本でのムードは一変した。しかし、新興国の目覚しい発展に突き動かされたグローバル経済のsea changeは、東日本からの津波が到達しても進み続けている。既に構築されていたサプライ・チェーンへの損害は甚大であったであろうが、今後については、この高コスト構造の日本という国の国境の内側に、そして、古き良き「我が社」の中に旧来の企業活動を畳み込めば万事解決するというものでもない。震災から四か月ほどが経ったが、被災された方々のことを思うと今でも心が痛む。他方、日本列島は今後も当分地震活動が活発な状態にあるようだし、少子高齢化・人口減少の方向も変わっていない。このような時だからこそ、国境や企業の境界をまたいだ開かれた企業間ネットワークに将来の燭光が見出せるかも知れないということはないだろうか。国民個々人の震災後の気持ちにきめ細かく耳を傾ける努力と並行して、企業の取引実態に基づいた政策議論が期待される。

(参照)冨浦英一「日本企業の海外アウトソーシング―ミクロ・データによる分析―」(ポリシー・ディスカッション・ペーパーNo.10-P-020)、藤田昌久・若杉隆平 編『経済政策分析のフロンティア 第3巻 グローバル化と国際経済戦略』(日本評論社)第2章所収47-75頁(2011).

2011年7月14日
脚注
  1. 詳細については冨浦(2011)に譲るが、2006年度に一度限りで実施した調査であるので、直近時点で調べれば、更に多くの日本企業が海外アウトソーシングを活発化していることは確実であろう。
  2. 先にふれた調査では未だに日本企業の海外アウトソーシングは製造関連が大半であるが、この調査は製造業企業を対象としたものである。

2011年7月14日掲載

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