中国における適切なポリシー・ミックス

THORBECKE, Willem
上席研究員

アルベルト・アインシュタインはかつて次のように語った――「動物園の飼育係が手に鞭をとり、ライオンに無理矢理食事を摂らせようとすると、ライオンは食欲を失う」。米国の中国へのアプローチを見てみると、まさにこのような飼育係の動物への接し方に似ている。米国は、中国に対して国内消費の喚起を説き勧める。また、米国は、人民元の上昇が見られない場合には、報復をちらつかせる。しかし、これらが中国国民に資する方策であるという事実は、中国における政策論議の中ではたいてい忘れられている。

中国が直面している問題

これまでは、輸出企業の競争力を高める為替レートと輸出主導型の成長が中国に恩恵をもたらしてきた。いずれも、中国の高成長に寄与するとともに、何百万の国民を貧困状態から救い出し、都市部の人々の生活水準を向上させてきた。

しかしながら、人民元の上昇を拒むことにより生じる問題の兆候が、今表面化している。過小評価された為替レートは、輸出価格がそれだけ低く、ひいては中国人労働者が最終的に手にできる賃金が減ることを意味する。世界銀行によれば、中国において、労働者の低賃金と低い消費水準との間には密接な相関関係が認められるという。労働者の賃金が増加すれば、労働者は消費を増やすことができるようになる。また、インフレを招くことなく人民元安を維持するために、中国はこれまで、米国の低利回りの証券やその他の海外資産を積み増ししてこなければならず、その規模は何兆ドルにも及ぶ。このような海外資産への投資は、稀少資源の最適な配分を妨げている。代わりに地方の農村地域の教育・医療、環境浄化、そして都市の活性化のための投資へ充てれば、個人や社会が手にする利益は確実に高くなる。

資金を海外資産から国内投資へ振り当て直すには、中国は人民元の上昇を容認しなければならない。人民元が上昇するとなれば、確かに、玩具製品、繊維、その他のローテク製品に代表される中国の輸出は減少するだろう。しかしながら、中国企業は、より高機能の資本財を海外から購入することが可能になる。また、研究によると、受入国の労働力の教育水準が向上すれば、多国籍企業から開発途上国への技術移転が増えるという。中国が対米証券投資から外貨準備を引き揚げ、国内の教育分野へ投資するなら、これは、中国企業の新たな技術の吸収やバリューチェーンの向上に資するものになる。

また、人民元の上昇は、貿易財からサービスへの生産シフトを促す追い風にもなる。中国の生産は自国の消費者がその対象となり、輸出よりはむしろ国内市場が雇用創出の原動力となる。このようなアプローチは、世界経済の減速からアジア諸国が受ける影響を抑えるばかりでなく、国内の消費者が労働の成果を享受することを可能にするだろう。

一方、他国の企業に対しては、中国国民のニーズを充足することに照準を向ける大きなインセンティブを与えることになる。先進国の企業がこれまでに開発してきたものは、医療の提供、環境悪化対策、そしてその他優先課題への取り組みにあたり中国が活用できる高性能製品である。つまり、人民元の上昇には、外国企業と中国が互いに恩恵を与えることができる機会が存在するのである。

人民元上昇の方法

では、為替レートの上昇は、容認されるなら、どのような形をとるのだろうか。まず考えられるのは、事実上の米ドル・ペッグ制を放棄し、多通貨バスケットの価値を参照とする為替レート体制を採用することである。通貨バスケット制の利点は、中国-貿易相手国間の為替レートの変動を抑えることができる点にある。現行の米ドル・ペッグ制は、中国とその最大の輸出先市場(欧州)との間の為替レートの変動を前例のない水準へ押し上げる格好となっている。事実、人民元は、2002年3月から2008年3月にかけて、ユーロに対して45%下落したが、その後は一転して25%上昇している。ユーロを始めとする重要通貨から構成される通貨バスケットに人民元をペッグさせれば、このような為替レートの変動を抑えることが可能となる。

もう1つの選択肢は、中心レートを挟んで上下に設定している変動幅を拡大することである。こうした方法で中国が為替レートの柔軟性を高めるなら、対欧・対米黒字を背景に人民元はユーロや米ドルに対して上昇し、中国が抱える不均衡は縮小するだろう。

人民元が米ドルに対して上昇すれば、他のアジア諸国通貨も自動的に米ドルに対して上昇するだろう。これは、シンガポールやマレーシアなど他のアジア諸国の通貨バスケットにおいて、人民元が占める比重が大きいからである。したがって、アジアの為替レートは、域内では幾分ある程度の安定を維持しながら、米ドルに対しては同時に上昇する傾向を見せるだろう。

そのようなアジア通貨の上昇は、米国経済を脅かしているデフレ圧力を相殺することになる。もしアジア通貨が上昇せず、米国がデフレを経験することになれば、現在伸びが鈍化しているアジアの輸出は停滞するだろう。

推奨される政策措置

中国にとって適切なポリシー・ミックスは、人民元の上昇と国民のニーズ充足に照準を合わせた戦略の追求といえよう。中国がこうした戦略で成果を挙げるには、今後打ち出される財政刺激策が、汚職官吏の懐を肥やす活動(たとえば、贅沢で華美な建物や不必要な高速道路の建設など)ではなく、国民のためになる活動(農村地域の貧困層を対象とした教育や医療の提供など)を後押しするものである点を保証しなければならない。

先般北京で開催された戦略経済対話において中国は、米国からの要求にひるむ様子は見せなかったが、中国指導部は最近、米国からの圧力はさておき、人民元の下落を認めず、内需喚起に努めることが中国自身の国益に適うと判断を下した。これは、賢明かつ責任ある行動である。長い目で見て、中国は引き続き、比較優位の向上や市民の福利改善を目指す戦略の一環として、人民元の上昇を容認していくべきだろう。

柔軟性のある為替レートによって中国が繁栄すれば、中国国内の生活水準の向上をもたらすだけでなく、世界の他の地域の経済成長の大きな原動力にもなり、世界経済が現在見舞われている危機から抜け出すのに貢献するであろう。

本コラムの原文(英語:2008年11月25日掲載)を読む

2009年2月3日掲載

2009年2月3日掲載