アメリカのサブプライム危機に端を発した国際金融危機の影響が為替市場に及んでいる。9月中旬にリーマン・ブラザーズが連邦破産法(Chapter 11)に破綻を申請して以来、欧米の金融機関は流動性の確保が難しくなり、世界中の資産を売却、本国送金している。その結果、アジアの株などの資産価格は大きく下落、資本流出による通貨売りから、アジア通貨は対米ドルで大きく減価している。唯一の例外は日本円で、これは円のキャリートレード(円借り、高金利通貨への投資)をしていた内外の投資家が、ポジションをたたんで、円の返済を進めているためである。
鮮明になってきた国際金融危機後の為替レート
その結果、為替レートは、日本円が一番強く、次に米ドルと米ドルに明示的・暗黙裡にペッグしている国(香港、中国、中東諸国)、それに続いてユーロ、そして、中小国が続く、という構図が鮮明になってきた。金融危機の発端がアメリカであったにもかかわらず米ドルが(円を除く)他通貨に対して上昇しているのは皮肉なことである。これは、米ドルが国際基軸通貨としてさまざまな金融取引の契約通貨となっているために、金融機関の流動性確保は米ドルで行わざるを得ない、という事情があるからだ。
アジアの中のいくつかの国では、対米ドルのレートが下落することで、通貨危機につながるのではないか、との不安が生じている。しかし、重要なのは、通貨価値は実効レートでみるべきであり、アジア通貨全般が一緒に下落しているのであれば、それは、「ドル高」ということであり、特定のアジアの国の資金離れを起こしていることではないので、それほど心配することはない。もちろん下落率の大小はあるので、大きな下落を示している通貨の経済には注意が必要だ。
その意味で、今年(特に9月以降)のAMU乖離指数をみることは有益である(図 AMU乖離指標(名目))。多くの国は、対米ドルでみても、対AMUでみても、大きな減価をしている。アジア通貨の中で(AMUに対して)減価している通貨は、インドネシア・ルピア、韓国・ウォン、マレーシア・リンギット、フィリピン・ペソ、シンガポール・ドル、タイ・バーツであり、一方、日本円と中国元が大きな上昇を示している。
AMU乖離指標 (2008年11月20日) | 2007年7月31日から2008年11月20日への変化率(%) | 2008年1月1日から2008年11月20日への変化率(%) | 2008年9月12日から2008年11月20日への変化率(%) | ||||
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2000-2001年ベンチマークからの乖離指標 | 対ドル | 対AMU | 対ドル | 対AMU | 対ドル | 対AMU | |
日本円 | 8.37 | 20.5 | 18.3 | 15.7 | 16.2 | 12.8 | 13.4 |
中国元 | 8.17 | 9.7 | 7.3 | 6.4 | 7.0 | 0.2 | 0.9 |
韓国ウォン | -28.11 | -62.6 | -67.1 | -59.9 | -59.0 | -35.3 | -34.2 |
シンガポール・ドル | 2.54 | -1.0 | -3.8 | -6.2 | -5.6 | -6.7 | -5.9 |
マレーシア・リンギット | -6.36 | -4.8 | -7.7 | -9.5 | -8.9 | -4.9 | -4.1 |
タイ・バーツ | 7.20 | -18.3 | -21.5 | -18.4 | -17.7 | -1.3 | -0.5 |
インドネシア・ルピア | -31.28 | -29.7 | -33.2 | -27.2 | -26.5 | -26.7 | -25.8 |
フィリピン・ペソ | -15.37 | -9.5 | -12.5 | -20.9 | -20.2 | -6.9 | -6.1 |
ブルネイ・ドル | 2.56 | -0.9 | -3.6 | -6.3 | -5.7 | -7.1 | -6.3 |
カンボジア・レアル | -15.66 | -1.2 | -3.9 | -2.6 | -2.0 | 0.2 | 0.9 |
ミャンマー・キャット | -9.63 | -0.1 | -2.9 | -0.2 | 0.4 | -0.5 | 0.3 |
ラオス・キップ | -20.60 | 10.4 | 7.9 | 8.6 | 9.1 | 1.1 | 1.9 |
ベトナム・ドン | -23.83 | -5.2 | -8.0 | -6.0 | -5.4 | -2.3 | -1.5 |
最も大きく減価したのは韓国・ウォン。増価した円と人民元
最も大きく減価したのは、韓国・ウォンである。韓国・ウォンは、2004年後半から増価し始め、2006年2月から2007年11月初めまで、2000-2001年のベンチマークに比較して20%の過大評価をされていた。しかし、2007年11月以降、韓国・ウォンは急速に減価し続け、2008年10月末には、2000-2001年のベンチマークに比較して30%弱の過小評価をされるまでに減価した。この1年程の間に、韓国・ウォンは、アジア通貨の中で50%も減価したことになる。その他のアジア通貨も、韓国・ウォンほどではないが、タイ・バーツなども、サブプライム・ショックとリーマン・ブラザーズ・ショックを受けて、この1年間に減価している。
円と人民元は、前述した韓国・ウォンやタイ・バーツとは異なり、アジア通貨の中で増価している。円は、2007年7月においては、2000-2001年のベンチマークに比較して14%程過小評価されていたが、その後、増価傾向にあり、2008年11月末には7%の過大評価となっている。この1年ほどの間に円はアジア通貨の中で20%以上の増価となった。また、人民元は、2008年3月までは一貫して、2000-2001年のベンチマークに比較して過大評価もなく過小評価もなかったが、2008年3月以降、アジア通貨の中で増価に転じて、他のアジア通貨が減価するなか、2008年11月末には相対的に8%程の過大評価となっている。
各国通貨を実効レートで見ることが重要
これからも、アメリカ金融市場の混乱は、巨額の資金フローを引き起こし、ひいては、為替レートに大きな影響を与えるであろう。サブプライム危機の直接の影響は小さかったアジア地域においても、アメリカへの輸出の減退(輸出チャンネル)、株価の下落(資本移動チャンネル)、などから、国内経済が大きな影響を被るようになっている。金融危機に起因する資金フローの突然の変化により、為替レートは大きな影響を受ける。今後も、為替レートの変動からは目を離せないが、重要なことは対米ドルの名目値だけを注目することではなく、各国通貨を実効レートでみることである。そのうえで、アジア域内の相対的な価値を示すAMU乖離指標は重要な役割を果たす。