人民元相場上昇の中国貿易収支に及ぼす影響

THORBECKE, Willem
上席研究員

中国の全世界に対する経常黒字は2006年、GDPの8%に近づくと見られる。中国政府は2006~2010年の5カ年計画のなかで、経済の不均衡是正の必要性を認めている。人民元相場の上昇がこの目標の達成を促すという見方も多い。人民元相場上昇は中国の輸出入にどのような影響を及ぼすのだろうか。

IMF(2005年)が述べているように、為替レートの変動に対する中国の輸出入の感応度について報告した研究はほとんどない。本稿では、この問題について検討したいくつかの研究を考察し、その後政策インプリケーションについて検討する。

中国の対米貿易黒字

中国の対米貿易黒字は、全世界に対する貿易黒字よりも政治的非難の対象となっている。米連邦議会は、中国が人民元の対ドル相場上昇を容認しない場合、報復措置をとるよう提起している。

筆者は人民元の対ドル相場上昇が米中間の貿易収支に及ぼす影響について調査した。米中二国間の輸出入に関するデータを用いて、中国の対米輸出入、実質為替レート、および実質所得との間に長期安定的な関係(共和分関係)があることを突き止めた。この調査において筆者はASEAN諸国と米国との貿易について実質為替レート指標を加味し、米国市場における中国・ASEAN間の競争を考慮している。

輸出入双方に対する長期的な人民元為替レート係数は、ほぼ1に等しい。この係数推定値は、2005年に人民元の相場が10%上昇していたとすれば、名目輸出額と名目輸入額との差が中国のGDPの11%から10%に下がっていたであろうということを意味する。

人民元相場上昇の影響は少ないと結論づける前に留意すべきことは、筆者の論文に記載されている輸出額と輸入額が、二国間貿易価格を欠いているために、米国の消費者物価指数(CPI)によって引き下げられているということである。また、これは実際の需要の価格弾力性がこの為替レート係数の推定値より大きいことを意味する。こうしたことから、筆者は人民元相場の上昇が米中間の貿易不均衡の是正を促すと結論づけている。

中国の対世界貿易黒字

政治家が二国間の為替レートや貿易収支に重点を置く一方、エコノミストは世界の貿易収支と多国間為替レートにより大きな関心を寄せている。Marquez and Schindler(2006)は、人民元の多国間での実質為替レートの変動が中国の輸出入総額に及ぼす影響を検証した。両エコノミストは時系列分析を用いて、人民元相場が実質10%上昇すると、世界貿易に占める中国の輸出の割合は1ポイント、輸入の割合は0.2ポイント低下することを明らかにした。

同論文には数多くの長所がある。Marquez and Schindlerは中国の貿易を世界貿易に占める割合からとらえ、貿易価格にCPIなどの代用指標を使っていない。また、季節要因や中国の旧正月の影響も考慮し、パラメータの安定性を示す計量経済学的説明、ホワイトノイズ(撹乱項)の残差、回帰の最小標準誤差(SER)に重点を置くよう配慮している。

同論文は、人民元の実効為替レートの上昇が中国の貿易黒字削減を促すと結論づけている。

為替レートと三角貿易構造

しかし、もし人民元相場の上昇がアジア通貨全体の上昇につながれば、中国の貿易収支に及ぼす影響はさらに大きくなる。中国が世界の貿易ネットワークの中で独自の役割を担っているのがその理由である。中国は大量の中間財を他の東アジア諸国から輸入し、大量の最終製品を世界中に輸出している。表1はこの三角貿易構造における中国の役割を明らかにしている。

このデータは、加工貿易関連の輸出入と通常の輸出入とを区別した中国の通関統計に基づいている。加工用輸入品は加工およびその後の再輸出を前提に中国に持ち込まれる物品を指し、加工輸出品は――中国の税関当局の分類によれば――この流れで生産された物品を指す。加工用輸入品は主に中間財だが、一次産品や最終製品も一部含まれる。これらは免税で輸入されるが、これらの輸入品もこれらの輸入品を用いて生産された最終製品も、通常中国の国内市場には出回らない。一方、通常の輸入品は国内市場向けの物品を指し、通常の輸出品は国内の原材料を用いて生産された物品を指す。

表1によると、2005年の中国の輸入の42%が加工用であり、このうちの7割が他の東アジア諸国から輸入されたものであった。一方、米国およびEUからの輸入品はいずれも5%に満たなかった。これは米国とEUが、中国が加工用に必要としている中間財をそれほど生産していないことを表している。

またこの表によれば、2005年の中国の輸出品の55%が加工輸出品であり、このうち、米国向けと東アジア(香港を除く)向けの輸出品がそれぞれ4分の1、香港向け(大部分が中継貿易)と欧州向けがそれぞれ2割を占めていた。

こうした貿易の仕組みから、加工輸出品に中国で加えられる付加価値は約20~30%で、それ以外は他のアジア諸国から輸入した中間財のコストとなっている。したがって、人民元相場のみが上昇しても、アジア通貨全体が上昇した場合と比較して、輸入国通貨建てで測った加工最終製品のコストや中国の貿易黒字にはそれほど影響を及ぼさない。

Rahman氏との最近の共同研究で、アジア通貨全体の上昇は、人民元相場のみの上昇と比べて、中国の輸出により大きな影響を及ぼすことを明らかにした。こうしたことから、もし中国をはじめとする東アジア諸国が経済の不均衡是正を目指すならば、東アジア通貨全体の上昇の実現がより効果的な手段となるだろう。

東アジア通貨全体の上昇の実現

東アジア通貨全体の上昇を実現するために、為替レートの柔軟性を欠く中国をはじめとする東アジア諸国は、より柔軟な為替制度を採用すべきである。この柔軟な為替制度には(1)対ドル中心レートではなく、複数通貨バスケットに基づく参照レートの採用、(2)参照レートを中心としたより広い変動幅の設定、といった2つの要素を特徴とするものが考えられる。

これら2つの要素を取り入れれば、政策当局は必要な通貨調整のスピードや規模をより柔軟に管理し、同時に自国の経済状況を考慮に入れることもできるようになる。

完全フロート制を導入すれば、市場のファンダメンタルズがより正確に為替レートに反映されるようになる。しかし、一部の東アジア諸国では国内資本市場に厚みがなく規模も小さいことから、完全フロート制をとることで為替レートの過度な変動を招き、国際貿易の変動の影響を受けやすい東アジア諸国経済に悪影響を及ぼす恐れがある。

したがって、複数通貨バスケットに基づく参照レートに一定の変動幅を設定する形でのより柔軟な為替制度のほうが、完全フロート制よりも中国をはじめとする新興アジア諸国には適していると思われる。これによって、加工貿易から生じる地域の貿易黒字が地域全体の通貨価値上昇につながり、世界経済の秩序立った不均衡是正に貢献することが期待できる。さらに、中国の国内市場向けの生産促進という目標の達成を促し、中国の消費者が自らの労働の成果を享受できるようになる。

本コラムの原文(英語:2007年1月12日掲載)を読む

2007年1月30日掲載
文献
  • IMF, 2005, Asia-Pacific Economic Outlook (International Monetary Fund, Washington, DC).
  • Marquez, J., and Schindler, J., 2006, "Exchange Rate Effects on China's Trade: An Interim Report," Federal Reserve International Finance Discussion Paper No. 861 (Federal Reserve Board, Washington).
  • Rahman, M., and Thorbecke, W., 2006, "Estimating the Effects of Unilateral and Joint Appreciations on China's Exports," unpublished working paper, (RIETI, Tokyo).
  • Thorbecke, W., 2006, "How Would an Appreciation of the Renminbi Affect the U.S. Trade Deficit with China?," The B.E. Journal in Macroeconomics: 6, 2006: No. 3, Article 3.

2007年1月30日掲載