新人口推計を契機に建設的な年金論議を(II)
-「日本の将来推計人口(平成18年12月推計)」発表後の年金財政予測

中田 大悟
研究員

合計特殊出生率1.26

2006年12月20日、国立社会保障・人口問題研究所(社人研)から「日本の将来推計人口(平成18年12月推計)」が発表された。将来の合計特殊出生率(TFR)は概ね2002年推計の低位推計と中位推計の中間となり、2055年時点のTFRは1.264と発表された(下図参照)。今回の推計の下方改訂は大方の予想通りの改訂であり、筆者も昨年末にRIETIウェブサイトに掲載したコラムで将来TFRを1.245と当たらずも遠からじの数値を仮定しての年金財政推計を行ったため、特に予想外の感はなかった。しかし、発表された推計や資料を少し眺めてみると相当にインパクトのある推計であることが分かった。そこで、ここにコラムの追加情報として、新人口推計に基づく年金財政予測を紹介しよう。

将来人口推計における合計特殊出生率の推移

少子化だけではなく長寿化も進む

昨年末のコラムでは、TFRを1.245と仮定して、少々粗い方法で仮の将来人口推計を計算し、それを基に年金財政の将来推計を行ったが、一点、生命表(生存率・死亡率に関する推計表)については2002年推計のものを使用するという留保を付しておいた。筆者としては、わが国の長寿化はもう十分に進展しており、もう大幅な生命表の上方改訂は無いのではないかという印象を持っていたが、今回の2006年新人口推計では更なる長寿化が予測されている。

平均余命予測の推移 2002年推移と新人口推移の比較

平均寿命は男女共に上昇すると予測されるが、前回の2002年推計における予想平均寿命に比して、今回の新推計における平均寿命の改善度合いは男性において著しい。2002年推計における2050年時点の平均寿命は男性: 80.95歳、女性89.22歳で男女差8.27歳であったものが、新推計では同じく2050年時点の平均寿命が男性:83.37歳、女性:90.07歳、男女差6.69歳(2055年時点では男性: 83.67歳,女性: 90.34歳,男女差6.67歳)と男性の寿命が大きく伸び、男女差も縮まることが予測されている。これまで社人研の人口推計における平均寿命は国連推計に比べて低く出る傾向があったが、今回の推計で結果的に国連推計に近づいたといえる。

前回の低位推計よりも進む高齢化

このような長寿化の結果、わが国の年齢構造はTFRの値から想像するよりも遥かに高齢化が進展することとなる。今回発表された新推計の数値の中から、年齢3区分(0~14歳,15~64歳,65歳以上)別人口を使って前回推計と比較してみよう。次に示すのは、65歳以上人口と15~64歳人口の比率を取ったものの比較であり、公的年金の扶養比率(の逆数)の近似的な値といえる。

65歳以上人口/15~64歳人口 2002年推移と新人口推移の比較

おどろくべきことに、今回の新しい人口推計(TFR1.26)を基に計算した値は、前回推計の低位推計(TFR1.10)よりも人口構造がさらに高齢化することを示している。これは出生率の低下と平均寿命の高齢化の混合効果の結果である。

新人口推計で年金はどうなる?:再論

人口構造の高齢化は当然ながら年金財政には負の要因である。そこで,昨年末のコラムと同様に、筆者らが開発した年金財政シミュレーションモデル(RIETIモデル)を用いて、新人口推計の下での年金財政の推計を行おう。

ただし、ここで再び一点留意を付さねばならない。社人研が新しい人口推計を発表する際、まず当該推計期間(今回は2055年まで)の数値を中心に発表があり、その後若干間をおいて参考推計期間(今回は2056年から2105年まで)も含めた詳細な結果表が発表されるのが常である。昨年12月20日の新人口推計発表においては、従来に比べてより詳細な結果表が数多く公表されたものの、年金財政の推計に絶対必要な参考推計期間(2056年~2105年)における男女別各歳別人口数がまだ発表されていない。そこで今回は、既に発表されている2055年までの男女別各歳別人口、2105年までの総人口・年齢3区分・4区分別人口、入国超過数などの数値を手がかりに、2056年から2105年までの総人口・年齢3区分・4区分と可能な限り矛盾しない各歳別人口を計算し、これを用いて年金財政の将来推計を行うものとした。従って、幾分の人口の誤差が入り込む可能性があることには留意いただきたい。

さて、新人口推計(但し参考推計期間については筆者が仮に計算したもの)を用いて年金財政の将来推計を行う。ここでは昨年末のコラムと同様に年金財政の持続可能性を示す1つの指標として厚生年金の積立残高の推移をみることとする。また経済想定なども昨年末のコラム同様、2004年財政再計算の基準ケースに合わせるものとし(名目賃金上昇率2.1%、名目運用利回り3.2%、物価上昇率1.0%)、計算期間も2100年までとした。

厚生年金積立残高推移

上図において新しい人口推計(出生中位・死亡中位)を用いて計算した結果は緑線で示されている。緑実線は年金財政均衡達成のためにマクロ経済スライドの適用期間を延長したケースであり、緑破線は2004年改正の見通しに従って2023年でマクロ経済スライドの適用を停止した場合の推計である。

まず、推計期間の前半から2004年改正の基準ケース(青実線2002年中位推計を用いた場合)よりも厚生年金の積立金が低く推移することが分かる。これは、長寿化による給付額の増大が原因と思われる。また、2023年でマクロ経済スライドを停止した場合、厚生年金の積立金は2060年頃に底をついてしまう。それを避け、2100年時点の(積立金が給付何年分にあたるかを示す)積立度合1を達成しようとすると,筆者の試算では2039年までマクロ経済スライドを適用し続ける必要がある、との結果が出た。2039年までというのはかなりシビアな結果である。2039年までマクロ経済スライドを適用するということは、2039年以降のモデル世帯(夫40年加入・妻40年専業主婦世帯)新規裁定者(新規受給者)の所得代替率が41.6%になるということであり、2023年まででマクロ経済スライドの適用を停止した場合の50.1%と比べても大きな低下となる。2002年低位推計を用いた場合(赤実線)では2032年までマクロ経済スライドを適用すれば良く、所得代替率も46.0%で収まることを考えてもその影響は大きいといえる(但し、厚労省年金局の財政再計算によれば2002年低位推計を用いた場合のマクロ経済スライド期間は2031年までであり所得代替率46.4%であることを考えれば筆者のRIETIモデルによる推計は若干厳しめに出ている可能性はある)。

以上の結果からはかなりシビアな印象を受けるが、これらの結果は経済想定を2004年改正基準ケースに合わせたものであることには十分に注意せねばならない。年金財政再計算に用いられる経済想定は、刻々と変化する経済情勢を合理的・大局的に判断しながら決定されるものであり、2004年財政再計算で用いられた経済想定は当然それまでの経済のパフォーマンスを基に推定されたものである。現時点で財政再計算を行うならば,当然経済想定の改訂も同時に行われるべきであろう。とはいえ、ここでその改訂のあり方に議論している紙幅はない為、ここでは想定される運用利回りが高めに推移するとして、仮に2009年以降の名目運用利回りが何%であったならば2023年でマクロ経済スライドを停止できるのか(所得代替率50.1%を確保できるのか)という試算を行うものとする。その結果は上図の青点線で示されている。我々の推計では,2009年以降の利回りが4.9%であったならば2023年でマクロ経済スライドを停止しても2100年時点の積立度合1を確保できるとの結果が出た。

ここで筆者が必要運用利回りに関する試算を行ったのは、経済想定の中でも運用利回りの変動が最も公的年金財政に影響を与えうるからである。日本の公的年金制度の特徴の1つは賦課方式でありながら巨額の積立金を保有している点にある。その額が実に大きく、また有限均衡方式の下で少なくとも2050年ごろまで更に積み上がり続けることから、わずかな変動でも推計に大きな影響を及ぼす(ちなみに賃金率の上昇は保険料収入を増大させるが将来の給付も増加させるので財政バランスに対する影響は運用利回りほど大きくない)。

ただし、積立金の運用に関しては注意すべき点がある。わが国のメディアでは公的年金積立金の運用実績が悪化すると国の運用能力を問題視し、近年のように運用実績が好調だと淡々と事実を報道する傾向があるが、公的年金の積立金の運用にはその額があまりにも巨大であるという特殊な事情がある。この巨大なファンドが株式・債券市場の価格変動を巧みに利用して、日々変動する市場を睨みながら次から次へとポートフォリオの中身を入れ替えて、市場の他の参加者を出し抜きながら鮮やかな運用実績を上げ続けるというのは原理的に不可能である。従って、その巨額さを利用して、安全性の高い国債などの資産に重点を置きつつ、可能な限りのさまざまな投資対象によるポートフォリオを組んで分散投資を徹底することが公的年金運用の基本であり、これにより、市場の平均的な運用利回りを獲得していくことができるというのが、年金の専門家における共通の理解であろう。この場合、市場全体の調子が悪いときには運用利回りも平均的に悪化し、市場全体が好調であれば運用実績も平均的に改善するのが公的年金積立金運用の常であるといえる。従って、ここで推計した必要運用利回りが何%であれ、それをもって国・厚生労働省が達成すべき運用実績目標である、という理解は正しくない。あくまで過去の実績や現在の市場の状況を鑑みて想定される利回りを用いるのが正当な方法であることを明記しておかねばならない。

筆者註:上記での計算結果は全て中田個人の責任の下に行ったものであり、経済産業研究所ならびに経済産業省、さらには厚生労働省の見解・推計とは無関係であることをお断りしておきます。

2007年1月17日

2007年1月17日掲載

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